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最愛の彼女

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「修史くーん」

あれはまだ俺が高校生だった頃。
校長室への呼び出しをくらったその帰りに、同じクラスの女子生徒数人に声をかけられた。

「なに」
「うわ、なにそれ頬っぺた赤くなってるよ!」
「もしかして校長に殴られたとか!」

呼び出しをくらったあとでただでさえ怠いのに、そうやって声をかけてくる上にその頬を触られる。
だけど俺は不機嫌なのを隠して彼女たちに言った。

「違うよ、これ親。さっき呼び出しくらったあと親に殴られたんだよ」
「え、校長室に親も呼び出しくらってたの!」
「なにしでかしたの、修史くん」

女子生徒たちはそう言うと、また、俺の頬をつんつんと指で軽くつつく。
うるせぇな、ほっとけよ。
だけど俺が何をしたのか答える前に、その女子生徒の友達が言った。

「知らないの?修史くん数学の先生殴ったんだって」
「いや俺殴ってないし。殴ってこいって冗談で言たら、」
「え、保健室の先生に手出した方の呼び出しじゃなくて?」
「三年の先輩妊娠させたって」
「集団で万引きした方の呼び出しでしょ!」
「いつもの授業荒らしだって」

「…」

…答えようとしたら色んな憶測が飛び交うから、俺はその口を静かに閉じた。
なんか俺、色々やらかしてるみたいになってんな。いや、実際やらかしてんだけど。
その会話に俺がそのまま逃げるように教室に戻ろうとしたら、女子たちが追いかけて来た。

「あ、待ってよ修史くん!」
「結局どれが原因での呼び出しだったの?」
「ってか修史くんやらかしすぎっ」

みんなはそう言って、勝手に俺の腕をんだりして密着してくる。

「だーめー。修史くんはあたしのなのー」
「あたしなんか昨日修史くんからキスされたし」
「あたしいつも“愛してるよ”って言ってくれるよ、修史くんから」

その言葉に、ふいに女子たちから一斉に視線を送られる。
やべ、またこの展開きた。

「誰が本命なの修史くん!」
「あたしだよね!?」
「あたしだって言ってー」
「…」

だけど俺は当時こういう展開になる度、みんなに笑顔で言っていた。

「あ、ごめん」
「?」
「俺、誰かと付き合うとかしないから」


******


「やっぱり景色がきれいだね」

そして、現在の新しいマンション。
今は引っ越し当日の夜。
だいたいのものを運び終わって、なんとなく片付け終わった時に鏡子が窓辺に立ってそう言った。
この部屋は駅から徒歩20分で少し遠かったけれど、景色の良さに二人で即決した。
二人の寝室もあって、それぞれの部屋も設けられるくらいの広いマンション。
どうせだったら、長く暮らしたくて。

広喜くんとのことがあってからしばらく元気がなかった鏡子だけど、あれから少しずつだけど笑顔を見せてくれることが多くなった。
ただ、広喜くんの行方はわからないままだし、結局俺は何もしてあげられていないのが痛いけど。
俺は窓の外の景色を眺める鏡子のそばに歩み寄って、隣に立つと言った。

「夜景は初めて見たね」
「うん。でも思った通り綺麗」
「今日からは毎日この景色が見られるよ」
「そうだね。すっごい幸せ」

俺は景色じゃなくて、そう言う鏡子の横顔を静かに見つめる。
高校の時、誰とも付き合うことをしなかったのは、俺はあの頃既に夢の中で鏡子の存在を知っていたから。
俺はどうしても夢の中の鏡子に現実で出会いたかった。
だけど高校生だった当時は鏡子がどこにいるコかも知らず、そもそも出会えるところに存在しているかどうかも知らず、出会えなかったらと不安になる日もあった。
でも鏡子は今、俺の隣にいる。この前、広喜くんに鏡子を奪われそうになった日、体は守れなかったけど鏡子の心は俺のところに留めておくことができているだけでも救いだ。
それに、今日無事に引っ越しができて本当によかった。これで安心して北海道に出張が行ける。

「修史さん」
「うん?」

…なんてことを考えていたら、ふいに鏡子が俺の方を向いて、俺の名前を呼んだ。
そしてその声にまた俺が鏡子を見ると、鏡子が言う。

「今日からもずっと一緒ね」
「うん。っつかそれ俺が言うセリフ」
「ね、せっかくだからキスして?」
「…いいよ」

鏡子のその言葉に、俺は新居で初めて鏡子にキスをしようとする。
でも、顔を近づけると鏡子は何故かふいに口を開いて、言った。

「…ごめんね」
「?」
「あたし…修史さんのことだけ、愛してるから」

…鏡子が言っているのは、鏡子が今考えてるのは、この前の広喜くんとのことだろうか。
直接そう言っているわけじゃないけど、未だに引きずっているんだろう。
でもそれは俺も同じ。大きな不安も、消えない。

「俺も鏡子愛してるよ」

だけど俺は鏡子の言葉だけにそう返事をすると、不安を打ち消すように彼女にキスをした。

…欲しいものは、一番簡単に手に出来ればいいのに、なんで一番難しいんだろう。
キスをしたあと鏡子は珍しく自分から俺に抱き着いてきて、少しだけ、戸惑った。

「…鏡子?」
「ん…ちょっと疲れただけ」
「平気?ベッド行く?」
「…もう少しこのままいさせて」

そんな鏡子の肩に、俺は優しく手を置く。
俺はその時気づかなかった。
俺に抱き着いた鏡子が、俺の胸で泣いていたことに…。




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