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車の中の悲劇

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“残業でちょっと遅くなる”

一応、鏡子にそう連絡をして、を待つ。
いま俺がいる場所は、久しぶりに来たアユミのアパート。
外から見てもまだ電気がついてないから、仕事中か何かだろう。
そう思いながら車で待つこと1時間。
たばこをポケットから取り出したら、その時アユミがアパートに向かって歩いてくるのが見えた。

「!」

俺はアユミに気が付くと、すぐにたばこをポケットの中に戻して、待っていた車から降りる。
だけどもしかするとアユミは俺を見つけるなり逃げるかもしれないし、なるべく気づかれないように、アユミが近くに来るまで木の陰に身を潜めた。

「…」

そしてアユミがすぐそばまでやって来ると、俺はアユミの名前を呼んだ。

「アユミ、」
「!」

俺がアユミを呼ぶと、その声に気が付いたアユミが、俺の方を向く。
そして俺に気が付くと案の定逃げ出そうとするから、俺はその腕を瞬時に掴んで、自身の車の後部席に連れ込んだ。

「ちょ、何すんの!」

アユミは俺の行動にだいぶ抵抗していたけれど、でも男の力に敵うはずなんかない。
後部席の隅に追いやったアユミの隣に俺も入ると、ドアを閉めて、バン、と左手でアユミの顔の横に手をやった。
やって、俺は低い声でアユミに言った。

「…何で俺が来たかわかるよね?」

俺がそう言うと、アユミは怯えた表情で俺に言う。

「ご、ごめん、なさっ…だってあの、鏡子ちゃんが、本当に何も知らないのかなって…」
「鏡子に何言った?」
「こ、高校の時の、ことを言っただけ。でも修のことだとは言ってないっ…」
「俺言ったよね?鏡子には金輪際近づくなって」
「…っ…」

俺はそう言いながら、少しずつ潤んでいくアユミの目を見つめる。
だけどアユミの右手は後ろ手で反対側のドアを開けようとしているようで、俺は即座にそれを左手で阻止した。

「!…っ、あ、あのコに内緒で会ったのは謝るから、お願い許してっ…」
「許せないな。見逃すとお前また鏡子に何吹き込みに行くかわかんねぇし」
「もう何も言わない!この前のことは謝る。鏡子ちゃんにも何も手を出さない!だからっ…」

だけど俺はそんなアユミの言葉を遮ると、言った。

「何で鏡子に会った?」
「!」
「言え、理由を教えろ。他にも理由があんだろ」
「…」
「今まで俺にされてきたことに恨みを持ってるからか?だったら鏡子じゃなく俺に来い」

…しかし、俺がそう言うと、一方のアユミが力なく首を横に振る。
すると、消え入りそうな声で、俺に言った。

「だ、だって…」
「…」
「だって修は…絶対に誰とも付き合わなかったのに。なのに修と付き合えるコが、どんなコなのかなって、思って…」
「…」
「あ、あたしは今まで散々修の言う通りにしてきた!修と一緒にいたかったからだよ。
なのに修は全然振り向いてくれないじゃない」

アユミはそう言うと、俺の左頬に手を添える。
添えて、言葉を続けた。

「…どうしてあたしじゃないの」
「…」
「あたしの方が、修のこと愛してるよ。今まで通りなんでも言うこと聞いてあげる」

アユミはそう言って、俺に顔を近づける。
しかし俺は自身の頬に添えられたアユミの手を振り払うと、言った。

「誰が俺を愛してるかじゃない」
「…?」
「俺が世界で唯一愛してんのが鏡子だから、一緒にいるだけ」
「!」
「…もしも鏡子に嫌われても、俺は鏡子を離さない」

俺はそう言うと、言葉を失くすアユミから離れる。
とりあえず今日は解放してやろうとしたら、その前にアユミが口を開いて言った。

「…さいあく」
「?」
「やっぱ、アンタ悪魔みたい」
「…」
「近寄ってくる女のコにあれだけ片っ端から手出しといて、それなのに鏡子ちゃん一人しか愛してません、なんて」

アユミはそう言うと、俺から目を逸らしてその場で泣き出す。
しかし俺はその姿を見ると、ため息交じりに言った。

「…アユミ」
「?」
「めんどくせーから早く出てって」

俺が一言そう言うと、次の瞬間アユミからの張り手が飛んでくる。
…ってぇな。
だけどこういうのも別に珍しいことじゃない。
アユミは俺の車のドアを開けると、車から出て言った。

「っ…別に、アンタのことなんて誰も好きじゃないし!嘘に決まってんでしょバカ!クズ!」
「…どうでもいいから鏡子に会わないことだけ約束してくんない」
「知らない!アンタなんか鏡子ちゃんに振られろ!×ね!!」

アユミはそう言うと、バタン、と車のドアを大きく閉めて、怒った様子でその場を後にする。
一方、また張り手をくらった俺はアユミに殴られた頬を添えた。

「ってー…」

思いっきり殴りやがって…。
俺はため息を吐くと、「仕方ない」と今度はある作戦に出た。


…………


「…遅いな」

夜の23時。残業で帰って来ない修史さんの帰りを、リビングで待つ。
そろそろ眠くなってきて、でも寝るのを我慢して待っていたら、その時ようやく修史さんが帰ってきた。

「ただいまー」
「!」

玄関から聞こえてくるその声と音に、あたしはソファーから立ち上がって、すぐに玄関に向かう。
玄関には疲れた表情の修史さんがいて、あたしが「おかえり」と出迎えると、修史さんがあたしを見るなり、言った。

「待っててくれたの?」
「うん。修史さんごはんできてるよ。あ、お風呂先にはいる?」
「んー…っつか、それよりさ」
「?」

修史さんは靴を脱ぎながら、突然、本当に突然あたしに言った。

「ちょっとここ引っ越さない?」
「えっ」





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