上 下
11 / 58

誠実な男は危険な男①

しおりを挟む
「はい。水飲む?」
「あ。ありがとうございますっ」

柳瀬さんが住むマンションに到着して、めちゃくちゃ座り心地がいいソファーに座らせてもらう。
用意がいい柳瀬さんはあたしがそうしている間に、コップに水をいれてくれていたようで、あたしにそれを差し出した。

「…お風呂も沸かしたげよっか?入りたいでしょ」
「そうですねぇ」
「洗面室に洗濯機あるから、好きに使っていいよ。乾燥機付きだし、少しの量だったら多分すぐ終わると思う」

急だからどーせ着替えとか持ってないでしょ。
柳瀬さんはあたしが座るソファーの隣でそう言ってくれるけど、まだまだ酔いが覚めていないあたしは、その言葉に上機嫌で「はぁい」と返事をする。
通勤はいつもスーツだから、これは洗えないけど。

「…下のコンビニで何か買って来ようかな。何か要る?」
「……」
「…五十嵐さん?」

…柳瀬さんの言葉があまり耳に入ってこない。
黙り込むあたしに柳瀬さんが顔を覗き込んでくるけど、あたしはこの部屋にある時計を見遣って言った。

「……21時過ぎ」
「!」

そして柳瀬さんの方に視線を移すと、言葉を続ける。

「さっきも自分のスマホ見て思いましたけど、時間が狂ってますよ」
「…あっ、それはホラ、」
「この部屋の時計が!」
「へ、」
「それに、あたしのスマホの時計も!」

だって居酒屋で、柳瀬さんが0時回ってるって言ったから~。
あたしは自身のスマホを柳瀬さんに渡すと、言った。

「狂った時間、どうやったら直るんですか?」
「…」

そう言って、あわよくば直してもらおうと。
あたしはそう言うけれど、柳瀬さんはあたしからふっと目を逸らすと、スマホを受け取らずにソファーから立ち上がった。

「…さあ?設定とかで直すんじゃない?」
「ええー」
「それより、俺コンビニ行くけど、五十嵐さん何か要る?」
「…、」

その問いかけに、回らない頭で必死に考える。
だけどこれといったものが思いつかなくて、本当はいっぱいあるのに、あたしはその辺にあるクッションを抱えて言った。

「…テキトーにお願いします」
「テキトーて」
「何ならまだもう少し飲みたいです」
「…」

だって、明日はお店は定休日だし、あたしも柳瀬さんも休みだから。
それにさっきの居酒屋じゃ柳瀬さんほとんど飲まなかったんだもん。一緒にいっぱい飲みたい。
だけどあたしがお酒をお願いすると、柳瀬さんがちょっと笑って言った。

「お酒はだーめ」
「いやー」
「これ以上飲んだら体に毒でしょ。…じゃあお酒以外に必要そうなもの買ってくるから」
「ありがとうございますっ」
「バスタオルは洗面室にあるし、シャンプーとかもテキトーに使っていいから、五十嵐さんはお風呂でも入っててよ」

そう言って、柳瀬さんは「じゃあね」とリビングを後にする。
言葉通りお風呂を沸かしてから出て行ったから、あたしはお風呂が沸くまでソファーの上に寝転がった。
…あ、なんか寝ちゃいそう。

…………

「いらっしゃいませー」

部屋を出たあと、マンションの下にあるコンビニに入る。
入口付近に置いてあるカゴをとると、とりあえず必要そうな日用品コーナーの前に立った。
女のコだから、多分、クレンジングとかのスキンケアは必須だよな。でもあの泥酔してる感じだったらそういうのするかな?
…ちょっと考えた末、テキトーにクレンジングシートをカゴにいれて、それと化粧水とかのお泊りセットも同時に入れる。

だけど。
選んでいる最中に、またふいに頭に過ぎる。
さっき、リビングで五十嵐さんに言われた言葉が。

“時間が狂ってますよ”

「~っ、」

…まさか五十嵐さんが、自分のスマホの時計よりも、俺が居酒屋で何気なく言った言葉の方を信じてくれるなんて思ってもみなくて。
純粋に可愛すぎて、さっきは本当に危なかった。
これ俺一晩耐えられるかなー。
別に、今日は五十嵐さんを襲いたいとか、そういうつもりで自分家に入れたわけじゃないんだけど。
ただ本当に、初回である今回は、何があっても紳士的に振る舞って、朝まで指一本触れない男でいたい。

だってそうした方が、五十嵐さんから見て俺の信頼度が増すだろ?なんて。
五十嵐さんの彼氏があんな様子だと、尚更。

…だけど。

「!」

歯ブラシを手に取って、他にないか見ていると、その時にたまたま視界に入ったのは、“性行為用のゴム”。
…あれ?そういえば俺ここに越してきて、ゴムどこにしまったっけ。
考えても思い出せなくて、思わず、手を伸ばした。

でも…いや、今日はマジで襲いはしない。
襲ったら、誠実な男に見せたいと思っている俺の計画が台無しだし。
俺はゴムの前をそのまま通り過ぎると、次は飲み物のコーナーに立って、500mlの烏龍茶のペットボトルもカゴの中に入れた。

そして、最後に手を伸ばしたのは…クセの少ない焼酎。

…やっぱりもうちょっと楽しませてもらおうかな。
時間はまだまだたっぷりあるから。
俺はそう思って独りほくそ笑むと、やがてレジに向かった。

その途中で。

「…、」

やっぱり、とゴムの購入も決めて。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」 挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。 まさか、その地に降り立った途端、 「オレ、この人と結婚するから!」 と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。 ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、 親切な日本人男性が声をかけてくれた。 彼は私の事情を聞き、 私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。 最後の夜。 別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。 日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。 ハワイの彼の子を身籠もりました。 初見李依(27) 寝具メーカー事務 頑張り屋の努力家 人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある 自分より人の幸せを願うような人 × 和家悠将(36) ハイシェラントホテルグループ オーナー 押しが強くて俺様というより帝王 しかし気遣い上手で相手のことをよく考える 狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味 身籠もったから愛されるのは、ありですか……?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。  ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。  冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。  「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」  それから気づくと色の家庭教師になることに!?  期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、  俺様社長に翻弄される日々がスタートした。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...