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妖しい計画②

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居酒屋に入って、どれだけの時間が経ったのかな。
緊張して、お酒を飲むペースがいつもより早かったせいか。
気がつけばあたしは、完全に酔っ払って柳瀬さんに広喜くんのことを愚痴っていた。

「で、あたしその時ちゃんと言ったんです!財布からお金を抜き取るのもやめてほしいって!」
「うん。したら彼氏くん何て?」
「やってないってハッキリ言われて。でも、あたしは広喜くんで間違いないと思ってます。
だって、広喜くんに会ったあとっていっつも財布の中にあったはずのお札が無くなってるんです!」

酷い彼氏だと思いませんか!?と。
あたしはここ最近溜まっていた広喜くんへの愚痴を、お酒が入っているせいか隠すことなく曝け出す。
でも、柳瀬さんが聞き上手なのもあるんだと思う。
柳瀬さんはあたしが酔っ払って散々愚痴っても、嫌な顔を一つせずにちゃんと聞いてくれるから。
すると、そう言ってまた一口チューハイを口に含むあたしに、ふと柳瀬さんが問いかけてきた。

「え、てことはちょっと待って。もしかして、この前赤くなってた頬って、その彼氏くんに殴られたの?」
「そーそー!そうなんです!あの時のアザも、実はその時に殴られたあとで。っ…しかも、今まで貸したお金、返ってこないことになっちゃって…」
「え、何で!」
「あたしもよくわかりません。何か、女は男に従うべきだ、みたいな。まぁ、また殴られるの怖くて、あたしが“従うから”って言ったのが悪いんですけど、」
「…、」

…柳瀬さんにそう話しながら、あたしの中で、今までの100万円を超える額が返ってこないショックがまた蘇る。
だけど、蘇るけど、話を続けた。

「…正直、結婚もやめとこうかなって思ってます。別れる勇気はないですけど」
「何で?また殴られる?」
「まぁ、それもありますけど…」
「?」
「怖いんです。独りになるのが。社会人になってから広喜くんに出会うまで、ずーっと独りぼっちだったんで」

だから、別れたらまた独りになっちゃいます。
あたしはそう言うと、もう空になってしまった3杯目くらいのカシスオレンジに気がつく。
…あ、何だ。もう一杯頼もうかな。
そう思っていたら、それに気がついたらしい柳瀬さんが、あたしに気をつかって同じものを注文してくれた。

「…なんか、ありがとうございます。あたしが柳瀬さんを連れてきてるのに」
「ううん。誘ったのは俺だから。でも大丈夫?五十嵐さん結構飲むんだね」
「んんー…いつもはそんなに飲まないんですよ。ってか、柳瀬さんももっと飲んで下さいよー。まだビール一杯目じゃないですか!」

だけどあたしがそう言うと、柳瀬さんは「2人で酔い潰れちゃったらマズイでしょ」と笑う。
…あ、それもそうか。
柳瀬さんはそれを考えて飲むペースが最初から遅かったんだ。やっぱり全てがイケメン。凄いなこの人。

あたしがそう思いながら、一旦落ち着いて料理に箸を伸ばしていると…目の前の柳瀬さんがふいに口を開いて、呟くように言った。
自身が身につけている、腕時計に目を遣って。

「…あ。もう0時回ってる」
「えっ!?」

………

「最終バスある?五十嵐さん」
「んん~…多分ないですね~」

居酒屋を出て、少し歩いたところで。
外のベンチに座って、スマホでバスの時間を調べている…つもりのあたし。
だけど酔っ払っているせいで何が何だかわからなくて、そのうち調べるのを諦めた。

「も、いいです。今日はタクシーで帰ります」

しかしあたしがそう言うと、柳瀬さんが言う。

「え、それはちょっと反対だな。五十嵐さんみたいな若くて可愛い子が一人でタクシーに乗るのって危ないと思う。やめときなって」
「ええ、何でですか。大丈夫ですよ~」

だって今までも、エリナや夏木さんとの飲み会で、普通にタクシー使ったことあったし。
あたしは柳瀬さんの言葉に笑っていたけれど、でも、ふいに良いことを思いついて言った。

「…柳瀬さんは、最終バスあるんですか?」
「俺?俺はここから歩いてすぐだから」
「え、ズルイです!じゃー鏡子もそこ行きます!」
「!」

…普段だったら口が裂けてもそんなことは言わないのに、本当にお酒の力って恐ろしい。
あたしがそう言うと柳瀬さんは目をぱちくりさせていたけれど、でもその後ちょっと笑って言った。

「すっげぇ酔ってるね。なんか、仕事してる時の五十嵐さんからじゃ想像できないな」
「らってもう歩けない~」
「…、」

あたしはそう言うと、ベンチから立ち上がる気力もなく、背もたれに体を預ける。
ああ…きっとこんなに飲んだのは生まれて初めてだな。
そう思っていると…

「ん、」
「?」

ふいに柳瀬さんが、あたしの前で背中を向けてしゃがむから。
どうしたのかとあたしが首を傾げたら、柳瀬さんがその態勢のまま言った。

「歩けないんでしょ?いいよ、俺の背中に乗っても」
「…え、でも、あたし重たいかも…」
「大丈夫だよ五十嵐さん一人くらい。遠慮なく乗ってよ」
「…、」

酔っていても、一瞬躊躇ったけど。
でも、実際は本当に歩く気力がないわけだし。
あたしはやがて「失礼します」と呟くと、その広い背中に身体を預けた。
…なんか、後ろから柳瀬さんのことを抱きしめているみたいで、照れちゃうな。

「…じゃあ、本当に俺ん家行くよ?」
「はぁい」

柳瀬さんのその言葉に、あたしは片手を上げて上機嫌に返事をする。
柳瀬さんが住む家、見てみたい!
…だけど、あたしがそう思っている一方で。

「…」

柳瀬さんが、独り妖しい笑みを浮かべていることに、あたしは気づかない。
公園通りの時計台。
今の本当の時間は…

「…まだ21時だっつーの」
「…ん、何か言いました?」
「ううん、何でもないよ」
「?」

0時なんて全っ然、回ってない。
最終バスはまだまだ先だって。
…泥酔バンザイ。

俺は五十嵐さんをしっかりと抱え直すと、すぐそこにある自分のマンションに向かった……。





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