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上書きされた頬
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広喜くんに殴られて、赤くなってしまった左頬が痛い。
今朝ファンデ で隠そうと頑張ってみたけど消えなくて、仕方ないから今日は一日マスクでいることにした。
どうせ元々売り場には出ないし。
しかも…貸していたはずの100万ほどのお金は返ってこないことになっちゃったし、あの感じだと別れを告げたら何をされるかわからないから余計しんどい。
広喜くん…愛してくれたらそれだけでいいのにな。
そう思いながら、今朝からそのことだけを頭に仕事をしていると、そのうちに崎田店長が言った。
「五十嵐さん、そろそろ休憩行っていいよ」
「…あ、ハイ」
崎田店長のその言葉に、あたしは早速事務室を後にして食堂に向かう。
中に入ると、そこには柳瀬さんが…居て。
そっか…柳瀬さんもさっき休憩行ってたんだっけ。
……マズイな。
お昼ご飯食べるから、マスク、外さなきゃいけないじゃん…。
そう思いながら、とりあえず「お疲れ様です」と挨拶をして、先に食堂内にある自販機の前に立つ。
…どうしよ。
今日は更衣室で食べようかな。
赤くなったほっぺ、見られたくない…。
そう思って、お茶を買っていると…
「ね、ご飯いつ食べに行く?」
「え、」
ちょっと離れた後ろから、柳瀬さんがあたしにそう問いかけてきた。
その言葉に、あたしは「いつでも大丈夫ですよ」と返事をする。
一応、行先のお店は決まったしね。
しかし、あたしの返事を聞くと、柳瀬さんが言った。
「あ、ほんと?じゃあ今日なんかどう?」
「!?」
俺今日早番だし、確か五十嵐さんも同じでしょ、と。
そんなことを言うから、まさか今日だと言われると思わなくて、あたしは柳瀬さんの方を振り向いて、言った。
「あ、きょ、今日はマズイですっ…!」
「え、何で?」
「何でって…あの、先約が、あるので」
「…ふーん?」
…先約ねぇ。
あたしの咄嗟に出た言葉に、柳瀬さんがそう呟く。
何だかこのまま居たら、全てがバレそうな気がして、あたしは誤魔化すようにその場を後にしようとした。
しかし、後にしようとした瞬間に、柳瀬さんがそれを引き留めるように言った。
「ね、五十嵐さん」
「!」
「ちょっと来てよ」
「…?」
柳瀬さんは、何を思っているのかあたしに突然そう言うと手招きをする。
…何だろ。まだ何かあるの?
そう思いながら柳瀬さんに近づくと、柳瀬さんは「もっと」「もうちょっとこっち」とあたしに手招きをした。
や、ちょ、さすがに近いって!
しかし、あたしがそう思って、それを口にしようとすると…
「…!?」
ふいに、柳瀬さんの右手が、あたしの左頬付近に伸びてきて…思わず反射的にあたしがきゅっと目を瞑ったその直後。
柳瀬さんの優しい手が、何故かあたしの髪を耳にかけてきて、言った。
「……あ、やっぱりそうだ」
「…え?」
「マスクしてても、仕事中チラチラ見えてて気になってたんだよね。どうしたの?コレ」
「…!」
…柳瀬さんが言っているのは、昨夜、広喜くんに殴られた赤い頬だ。
マスクしてるし、まさか柳瀬さんにバレてたなんて思わなかったあたしは、慌てて柳瀬さんから離れると、言った。
「っ…こ、これはっ…」
「…」
「…ち、チークです!今日、ちょっと、つけすぎちゃって…」
「え、いやコレは化粧品っていうより、あきらかにアザみたいな…」
「い、イマドキの化粧品は、内側から赤くなってるような感じでつけられるものも、たくさんあるんです!柳瀬さんが知らないだけで!」
あたしはそう言うと、「傷とかじゃないですから」と、柳瀬さんから目を逸らす。
…やましいから、直視できない…。
そう思っていると…柳瀬さんが言った。
「…五十嵐さんが、言いたくないなら仕方ないけど…」
「…」
「もし、もしも、それが本当は傷で、誰かに殴られた、とかだったら…独りで抱え込まないで」
「…え」
「あなたには俺がいるから」
「!!」
そう言って今度は、柳瀬さんがあたしの左頬をマスク越しにあまりにも優しく撫でるから。
その愛いっぱいの言動と、何より柳瀬さんの整った優しい顔に、思わずあたしはその瞬間にドキッとしてしまった。
それはあきらかに、あたしが今まで欲しくてたまらなかった“愛”。
…何で、この人が。
こんなに素敵で、あたしとは住む世界が違うような人が、こういうことを、言ってくれるんだろう。
あたしはドキドキしてしまっている心を柳瀬さんに知られたくなくて、思わず柳瀬さんから離れ、素直になれずに言った。
「っ、そ、そういうのダメです!」
「…え?ダメって?」
「せ、セクハラ!セクハラです!」
「…エ、」
そう言って、「失礼します」と。
柳瀬さんから離れて、あたしは食堂を後にする。
だけど、食堂を出た直後、ドアの前であたしは思わず自身の左頬に手を添えて、顔を赤くした。
…あまりにも優しく触られるから、一瞬でも、安心してしまった…。
“あなたには俺がいるから”
それって、どういう意味なんだろ………。
今朝ファンデ で隠そうと頑張ってみたけど消えなくて、仕方ないから今日は一日マスクでいることにした。
どうせ元々売り場には出ないし。
しかも…貸していたはずの100万ほどのお金は返ってこないことになっちゃったし、あの感じだと別れを告げたら何をされるかわからないから余計しんどい。
広喜くん…愛してくれたらそれだけでいいのにな。
そう思いながら、今朝からそのことだけを頭に仕事をしていると、そのうちに崎田店長が言った。
「五十嵐さん、そろそろ休憩行っていいよ」
「…あ、ハイ」
崎田店長のその言葉に、あたしは早速事務室を後にして食堂に向かう。
中に入ると、そこには柳瀬さんが…居て。
そっか…柳瀬さんもさっき休憩行ってたんだっけ。
……マズイな。
お昼ご飯食べるから、マスク、外さなきゃいけないじゃん…。
そう思いながら、とりあえず「お疲れ様です」と挨拶をして、先に食堂内にある自販機の前に立つ。
…どうしよ。
今日は更衣室で食べようかな。
赤くなったほっぺ、見られたくない…。
そう思って、お茶を買っていると…
「ね、ご飯いつ食べに行く?」
「え、」
ちょっと離れた後ろから、柳瀬さんがあたしにそう問いかけてきた。
その言葉に、あたしは「いつでも大丈夫ですよ」と返事をする。
一応、行先のお店は決まったしね。
しかし、あたしの返事を聞くと、柳瀬さんが言った。
「あ、ほんと?じゃあ今日なんかどう?」
「!?」
俺今日早番だし、確か五十嵐さんも同じでしょ、と。
そんなことを言うから、まさか今日だと言われると思わなくて、あたしは柳瀬さんの方を振り向いて、言った。
「あ、きょ、今日はマズイですっ…!」
「え、何で?」
「何でって…あの、先約が、あるので」
「…ふーん?」
…先約ねぇ。
あたしの咄嗟に出た言葉に、柳瀬さんがそう呟く。
何だかこのまま居たら、全てがバレそうな気がして、あたしは誤魔化すようにその場を後にしようとした。
しかし、後にしようとした瞬間に、柳瀬さんがそれを引き留めるように言った。
「ね、五十嵐さん」
「!」
「ちょっと来てよ」
「…?」
柳瀬さんは、何を思っているのかあたしに突然そう言うと手招きをする。
…何だろ。まだ何かあるの?
そう思いながら柳瀬さんに近づくと、柳瀬さんは「もっと」「もうちょっとこっち」とあたしに手招きをした。
や、ちょ、さすがに近いって!
しかし、あたしがそう思って、それを口にしようとすると…
「…!?」
ふいに、柳瀬さんの右手が、あたしの左頬付近に伸びてきて…思わず反射的にあたしがきゅっと目を瞑ったその直後。
柳瀬さんの優しい手が、何故かあたしの髪を耳にかけてきて、言った。
「……あ、やっぱりそうだ」
「…え?」
「マスクしてても、仕事中チラチラ見えてて気になってたんだよね。どうしたの?コレ」
「…!」
…柳瀬さんが言っているのは、昨夜、広喜くんに殴られた赤い頬だ。
マスクしてるし、まさか柳瀬さんにバレてたなんて思わなかったあたしは、慌てて柳瀬さんから離れると、言った。
「っ…こ、これはっ…」
「…」
「…ち、チークです!今日、ちょっと、つけすぎちゃって…」
「え、いやコレは化粧品っていうより、あきらかにアザみたいな…」
「い、イマドキの化粧品は、内側から赤くなってるような感じでつけられるものも、たくさんあるんです!柳瀬さんが知らないだけで!」
あたしはそう言うと、「傷とかじゃないですから」と、柳瀬さんから目を逸らす。
…やましいから、直視できない…。
そう思っていると…柳瀬さんが言った。
「…五十嵐さんが、言いたくないなら仕方ないけど…」
「…」
「もし、もしも、それが本当は傷で、誰かに殴られた、とかだったら…独りで抱え込まないで」
「…え」
「あなたには俺がいるから」
「!!」
そう言って今度は、柳瀬さんがあたしの左頬をマスク越しにあまりにも優しく撫でるから。
その愛いっぱいの言動と、何より柳瀬さんの整った優しい顔に、思わずあたしはその瞬間にドキッとしてしまった。
それはあきらかに、あたしが今まで欲しくてたまらなかった“愛”。
…何で、この人が。
こんなに素敵で、あたしとは住む世界が違うような人が、こういうことを、言ってくれるんだろう。
あたしはドキドキしてしまっている心を柳瀬さんに知られたくなくて、思わず柳瀬さんから離れ、素直になれずに言った。
「っ、そ、そういうのダメです!」
「…え?ダメって?」
「せ、セクハラ!セクハラです!」
「…エ、」
そう言って、「失礼します」と。
柳瀬さんから離れて、あたしは食堂を後にする。
だけど、食堂を出た直後、ドアの前であたしは思わず自身の左頬に手を添えて、顔を赤くした。
…あまりにも優しく触られるから、一瞬でも、安心してしまった…。
“あなたには俺がいるから”
それって、どういう意味なんだろ………。
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