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先走りの恋電話
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「来週から、新しい店長が異動してくるんだって」
いつもの仕事場。
朝の開店準備をしている時に、ふと夏木さんが思い出したようにあたしに言った。
夏木さんはあたしの3つ年上の先輩で、このおもちゃ屋さんでは現場のリーダーを務めている。
「え、店長変わっちゃうんですか」
「そ。何かね、噂によると、その新しい店長まだ若いらしいよ。24歳の男の人だって。超出世コースじゃん」
「へ~」
「しかも大卒。てことはさ、まだ入社2年目よ。凄くない?」
「なんか住む世界が違いますね~」
あたしはそう相槌を打ちながら、雑巾で店内の窓を拭く。
するとそんな夏木さんの話を聴いていた、アルバイトの吉河さんが言った。
「24歳で男性で大卒でエリートってあなた達、チャンスじゃない!」
「え、チャンスって何がですか?」
吉河さんは50代前半の主婦で、仕事は出来る人だけれど、基本休むこととサボることしか頭にない。
あたしの問いかけを聞くと、吉河さんが言葉を続けた。
「何がって、そんな出世コースまっしぐらのエリートを旦那様にするチャンスよ!」
「!」
「若いって良いわね~。ね、鏡子ちゃん!」
「え、あ、あたしは全然そんなっ…」
広喜くんがいるし!
しかしあたしが否定しようとしたら、その前に夏木さんが言った。
「あ、そう言えば昨日エリナちゃんが鏡子ちゃんのために合コンを開いてほしいって言われたの思い出した。
新しい店長が来たら、それが良い出会いになるといいね、鏡子ちゃん」
「!」
そう言って、からかうように笑うから。
思わず恥ずかしくなって、あたしは両手をブンブンと横に振って否定する。
だってあたし、昨日の夜広喜くんからのプロポーズ受けてるし!
それに、話を聴いただけでもそんなに凄い人、そもそもあたしなんかと釣り合うわけがない。
しかし、その新しい店長の話題は、その後もしばらく続いた…。
*****
あたしが働く場所はおもちゃ屋さんだけれど、実はあたしは滅多に売り場には出ず、基本事務室で事務仕事をしていたり、バックヤードで在庫管理をしていたりする。
そして今日もパソコンと向き合っていたら、その時ふいに事務室の電話が鳴り響いた。
「…はい。お電話ありがとうございます。トイランド〇〇支店でございます」
ちなみに「トイランド」とはこのチェーン店の名前だ。
あたしがそう言って電話に出ると、受話器の向こうでまだ若い男の人の声がした。
「お疲れ様です。トイランド本社の柳瀬です」
「あ、お疲れ様です」
…凄く優しい声。
ところで、柳瀬って……?
誰だろ、
「すみません、崎田店長をお願いしたいんですけど、いらっしゃいますか?」
「え、っとー…」
崎田店長は、今のこの店の店長だ。
だけどさっき銀行に行くとか言って出て行ったばかりで、今は不在。
あたしはそれを思い出すと、申し訳ない声で受話器の向こうの柳瀬さんに言った。
「…すみません。いま出かけてまして…」
「あ、そうなんですね。そしたらー…」
「よかったら、後で折り返し電話するようにお伝えしておきましょうか?」
あたしはそう聞いたけど、柳瀬さんが「いえ、直接かけなおします」と言ったから、それなら最初から崎田店長本人にかければいいのに。
そして電話を切ろうとした時、ふいに電話の向こうで柳瀬さんがあたしに問いかけてきた。
「…あの、失礼ですけど、貴方の名前は?」
「え、」
…ん?何で名前聞くの?
何かあたし、もしかして電話応対のしかた、間違ってたかな…。
あたしは柳瀬さんの急な問いかけに内心そう思ってビクビクしながらも、自分の名前を口にした。
「事務の、五十嵐です」
もしかしてコレ、怒られちゃう感じ?
え、何かそれ、やめてほしい。
だけどあたしが名前を言うと、柳瀬さんは…
「…五十嵐さん、ね。はい。ありがとう」
変わらずの優しい声のまま、それだけを言って、やがて電話を切った。
「…?」
*****
それからしばらく時間が経って、崎田店長が銀行から戻ってきた。
「店長、本社の柳瀬さんて方から電話ありましたけど、」
「あ、掛け直してくださいって?」
「いえ。直接かけますって言ってましたけど、その後連絡は…」
「…?」
どうやら崎田店長によると柳瀬さんから電話はかかってきていないようで、あたしがそう言うと、早速崎田店長は事務室内で柳瀬さんに連絡をした。
「………あ、もしもし柳瀬くん?どうし……ああ、その件ね。ハイ…ハイ…よろしくお願いします」
そして、電話は意外にも即終了。
あたしがなんとなく気になって柳瀬さんのことを聞くと、崎田店長が言った。
「ああ、柳瀬くんて、来週異動してくる予定の新しい店長だよ」
「えっ!!じゃあその電話もっ…!」
「そう、次期店長の柳瀬くん。まぁ今の電話は全然大した用事じゃなかったみたいだけど、どうだった?ちょっとでも電話で話した感じは」
「…、」
崎田店長はあたしにそう問いかけると、自身のデスクの椅子に座りながらあたしの返事を待つ。
「…あたしのこと怒ってませんでした?」
いきなり名前を聞かれたのが変に気になってあたしがそう問いかけるけど、崎田店長は「何で?そんなわけないでしょ」と笑った。
柳瀬さんて……ちょっと、謎。
いつもの仕事場。
朝の開店準備をしている時に、ふと夏木さんが思い出したようにあたしに言った。
夏木さんはあたしの3つ年上の先輩で、このおもちゃ屋さんでは現場のリーダーを務めている。
「え、店長変わっちゃうんですか」
「そ。何かね、噂によると、その新しい店長まだ若いらしいよ。24歳の男の人だって。超出世コースじゃん」
「へ~」
「しかも大卒。てことはさ、まだ入社2年目よ。凄くない?」
「なんか住む世界が違いますね~」
あたしはそう相槌を打ちながら、雑巾で店内の窓を拭く。
するとそんな夏木さんの話を聴いていた、アルバイトの吉河さんが言った。
「24歳で男性で大卒でエリートってあなた達、チャンスじゃない!」
「え、チャンスって何がですか?」
吉河さんは50代前半の主婦で、仕事は出来る人だけれど、基本休むこととサボることしか頭にない。
あたしの問いかけを聞くと、吉河さんが言葉を続けた。
「何がって、そんな出世コースまっしぐらのエリートを旦那様にするチャンスよ!」
「!」
「若いって良いわね~。ね、鏡子ちゃん!」
「え、あ、あたしは全然そんなっ…」
広喜くんがいるし!
しかしあたしが否定しようとしたら、その前に夏木さんが言った。
「あ、そう言えば昨日エリナちゃんが鏡子ちゃんのために合コンを開いてほしいって言われたの思い出した。
新しい店長が来たら、それが良い出会いになるといいね、鏡子ちゃん」
「!」
そう言って、からかうように笑うから。
思わず恥ずかしくなって、あたしは両手をブンブンと横に振って否定する。
だってあたし、昨日の夜広喜くんからのプロポーズ受けてるし!
それに、話を聴いただけでもそんなに凄い人、そもそもあたしなんかと釣り合うわけがない。
しかし、その新しい店長の話題は、その後もしばらく続いた…。
*****
あたしが働く場所はおもちゃ屋さんだけれど、実はあたしは滅多に売り場には出ず、基本事務室で事務仕事をしていたり、バックヤードで在庫管理をしていたりする。
そして今日もパソコンと向き合っていたら、その時ふいに事務室の電話が鳴り響いた。
「…はい。お電話ありがとうございます。トイランド〇〇支店でございます」
ちなみに「トイランド」とはこのチェーン店の名前だ。
あたしがそう言って電話に出ると、受話器の向こうでまだ若い男の人の声がした。
「お疲れ様です。トイランド本社の柳瀬です」
「あ、お疲れ様です」
…凄く優しい声。
ところで、柳瀬って……?
誰だろ、
「すみません、崎田店長をお願いしたいんですけど、いらっしゃいますか?」
「え、っとー…」
崎田店長は、今のこの店の店長だ。
だけどさっき銀行に行くとか言って出て行ったばかりで、今は不在。
あたしはそれを思い出すと、申し訳ない声で受話器の向こうの柳瀬さんに言った。
「…すみません。いま出かけてまして…」
「あ、そうなんですね。そしたらー…」
「よかったら、後で折り返し電話するようにお伝えしておきましょうか?」
あたしはそう聞いたけど、柳瀬さんが「いえ、直接かけなおします」と言ったから、それなら最初から崎田店長本人にかければいいのに。
そして電話を切ろうとした時、ふいに電話の向こうで柳瀬さんがあたしに問いかけてきた。
「…あの、失礼ですけど、貴方の名前は?」
「え、」
…ん?何で名前聞くの?
何かあたし、もしかして電話応対のしかた、間違ってたかな…。
あたしは柳瀬さんの急な問いかけに内心そう思ってビクビクしながらも、自分の名前を口にした。
「事務の、五十嵐です」
もしかしてコレ、怒られちゃう感じ?
え、何かそれ、やめてほしい。
だけどあたしが名前を言うと、柳瀬さんは…
「…五十嵐さん、ね。はい。ありがとう」
変わらずの優しい声のまま、それだけを言って、やがて電話を切った。
「…?」
*****
それからしばらく時間が経って、崎田店長が銀行から戻ってきた。
「店長、本社の柳瀬さんて方から電話ありましたけど、」
「あ、掛け直してくださいって?」
「いえ。直接かけますって言ってましたけど、その後連絡は…」
「…?」
どうやら崎田店長によると柳瀬さんから電話はかかってきていないようで、あたしがそう言うと、早速崎田店長は事務室内で柳瀬さんに連絡をした。
「………あ、もしもし柳瀬くん?どうし……ああ、その件ね。ハイ…ハイ…よろしくお願いします」
そして、電話は意外にも即終了。
あたしがなんとなく気になって柳瀬さんのことを聞くと、崎田店長が言った。
「ああ、柳瀬くんて、来週異動してくる予定の新しい店長だよ」
「えっ!!じゃあその電話もっ…!」
「そう、次期店長の柳瀬くん。まぁ今の電話は全然大した用事じゃなかったみたいだけど、どうだった?ちょっとでも電話で話した感じは」
「…、」
崎田店長はあたしにそう問いかけると、自身のデスクの椅子に座りながらあたしの返事を待つ。
「…あたしのこと怒ってませんでした?」
いきなり名前を聞かれたのが変に気になってあたしがそう問いかけるけど、崎田店長は「何で?そんなわけないでしょ」と笑った。
柳瀬さんて……ちょっと、謎。
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