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狭間 長門

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「……………………(五話)」

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 自分が描いた道筋とは大きく変わった現状に、社長は思わずといった絶叫をあげる。


「ったくぅ、黙れよぉ、三下ぁ。お前なんかぁ、刑事ドラマで初っ端に掴まるってるぅ、イタいモブなんだよぉ。こっちはぁ、夫のお仕置きでぇ、忙しいのにぃ」
「………………(ぷるぷる)」
「………白鳥夫可愛そう。やめたげて」
「あぁ?んなもんなぁ、火炙り(物理)をするよりぃ、優しいだろぉ?」
「………貴女が優しいなんて知らないんだけど」
「めっちゃぁ、優しいじゃねぇかぁ。アタシの直感でぇ、何人の信者がぁ、いると思うぅ?」
「………それ、もう優しいじゃない別の表現に変えた方がいい」


 自身より頭一つ以上に大きな巨大にアイアンクローを行う女性に待ったをかける悠乃。しかし、その目はすぐに同情へと変換された。


「………今度、居酒屋行きましょう。お酌します」
「……………(きらきら)」
「ダメだねぇ。うちはぁ、金ないからぁ、余所でのぉ、酒はぁ、禁止だぁ」
「………鬼ですか。いや、鬼を泣かせる貴女は何ですか」
「ったくぅ、泣くんじゃないよぉ。アンタがぁ、娘の服にぃ、財布の口を緩めるぅ、からだろぉ?」
「………自業自得だった」
「………………(ぐっ!)」
「………今度アルバム持ってきて下さいね」
「テメェらの家族話なんてこっちは聞きたくーーー」
「しゃら~っぷぅ、だぜぇ?」


────パンッ


 空気を読めない社長にほのぼの空間に亀裂が入った。
 一歩、脚を前に踏み込んで拳を握ったちょうどその時、やる気のない声と何が重なった音が社長に向けて放たれた。

 特大の音量でもない拍手だった。
 ニヤリとした笑を浮かべた女性は急に押し黙った社長を見た。


「ほぉいぃ。任務かんりょ~ぉ」
「ギィャアあぁぁぁあぁぁぁーッ!!み、耳がァッ!」


 喚き事が口からでるより先に、女性がいる方の耳から血が少量、飛び散った。
 不意の自分の身体の変化に先程より大音量の叫びが漏れる。


「うちの子よりぃ、煩いねぇ。こっちの鼓膜もぉ、敗れるわぁ」
「………………(ぴと)」
「おおぅ、耳当てさんきゅー」


 広い空間であるが草原のごとく開放されているわけでもない閉じ込められた空間で、中年男性の叫びはくるものがある。
 それにしても耳当ては言い過ぎだろう。しかし、彼女の態度が理由を語っていた。


「………あそこまでのドSでよく結婚できたね」
「なんだぁ?耳塞がってるからぁ、聞こえねぇがぁ、悪口言ったろぉ」


 鋭い眼差しで睨みつける女性からそっと悠乃は目を逸らす。
 強化ガラスにいくらかかったのかというどうでもいいことを考えながら、自然と向いた視線の先には優奈がじっと見ていた。


「………さっきぶり」
「何で悠乃さんが此処にいるの?」
「………僕は”何でも屋”。依頼をあの夫婦捜査官に任された」
「捜査官……ホントにあの二人ってTISの人なの?」
「………片方は知ってるはず」
「確かに女の人は私を悠乃さんの所に案内してくれた人。でも、普通の女性警察官って言ってた」
「………自分を低く見積もる人」
「低く見すぎじゃない?」


 実際に、TISに属する捜査官は警察官として、更に異能者として優秀でなければならない。まさにエリート中のエリートなのだ。


「………見てればわかる」


 見てくれだけでは相手の実力はわからない。現に、倒れている社長と秘書の二人がそれを証明していた。
 しかし、悠乃は忘れていた。


「おいおい悠坊ぉ。なぁんでぇ、お前さん連れてきたとぉ、思ってんのぉ?ピッチピチなお姉さんのぉ、恥を見せるのかぁ?」
「………ピチピチ?」
「んあぁ、胸とケツじゃねぇぞぉ」
「………わかってる。歳がもうピチピチって言う単語を付けなければ通じない歳だって」
「…………………(あきれ)」
「んだよぉ、男共揃ってぇ。アタシまだぁ、じぇーけーで通じんぞぉ?酒の席でぇ」
「………やっぱりお酌しますから今晩にでも居酒屋行きましょう」
「そうですね。出来ればピエロも参加してみたい所存です」


 いつの間にか気絶していた社長を尻目に、立っている三人は何も行動を起こそうとしなかった。
 
 意識ある中で現状故に一番警戒心を保ちつつ会話を聞いていた優奈が、違和感に敏感に反応した。


「──!逃げて!」


 柄にもないと、叫んだ彼女は思うだろう。
 しかし、目の前にはいつの間にか自身を誘拐し、いつの間にか現れた道化と呼べないピエロが居るのだから。


「ピエロも話し相手が欲しいのでございますよ。例えば、

貴方がたの首、などですかね?」


 目を閉じる暇すらなく、優奈の目に鮮明に写ったのは───女性の首が切れて落ちた



 だった。


「直感どぉりぃ~────殺れ」
「…………………了解」


 首が落ちた鈍い音の代わりに聞こえたのはカチッという何かのスイッチを入れた音だった。

 優奈の目には女性どころか、ピエロしか視界に入っていない。しかし、何が起こったのかは察することが出来た。


「っ!?まさーーー」
「お喋りの暇はぁ、アタシらしかぁ、ないぜぇ?」


 強化ガラスに直撃したことにより、真っ赤に染まった血が、一部を中心に広がって出来た傷を通って下に浸っていくことから始まった。
 
 
「”自動連続機関銃”ぅ、そのままぁ、続けろぉ」
「………………(こくり)」


 ピエロを囲うように、数多の銃声が響き渡り、ピエロを貫通すべくいくつもの弾丸が空を切った。


「チッ。銃如きでワタクシは死にませんよッ!」
「楽にぃ、捕まえさせろよぉ。白刃 行成ぃ、いやぁ、”ハーメルンの笛吹”」


 ハーメルンの笛吹
 聞き覚えのある童話に、優奈は疑問を浮かべるが、最初に確認すべきことはそれについてじゃない。
 ピエロの行方だ。


「【空間制御】発動」


 ほんの僅か、仮面の奥の本物の口元が笑うと、怪我を負った右手とは反対の左手の親指と人差し指で輪をつくる。
 するとどうだろうか。見えない弾丸の標的であるピエロ自身のまわりに靄が覆う。

 連続で聞こえた銃声も数十秒続いた。
 何がなんなのかわからない優奈だったが、ひとつ、女性の捜査官の行動で、拳銃を懐から取り出したことからわかることがあった。


「残念。ピエロはまだ生きーーー」
「じゃあぁ、死ねぇ」


 徒労の息と共に女性の真横に発射された弾丸は、またしてもいつの間にか出現したピエロの眉間にまで迫っていた。

 瞬き一つ許さない時間のさなか、当たるはずの弾丸は眉間を通らず、


「お返しします。”魔女”」


 黒い靄を通過して、女性が拳銃を向けた方向とは真逆の位置にて運動を開始した。

 振り返る前に反応できる速度ではない。迎撃できない状況下であったその弾丸は、


「やっぱぁ、くそげーだったなぁ?」

────ガキィンッ!


 見えない何かにより防がれ、無惨に弾丸は床に転がった。


「ど、どういうこと……?」


 クソゲーだと女性は言った。しかし、数秒にも満たない命のやり取りに優奈は自然と声を漏らしていた。


「アタシがいる限りぃ、永遠と根性でぇ
耐えられるぜぇ?」
「……面倒なこと限りない。流石はTISの”魔女”。その直感は危険ですねぇ」


 何もないことを確認すべく一度周りを見渡したピエロが後に下がった場所に陣取る。
 悠々としているよう演じているが、余裕はないらしい。


「”ハーメルンの笛吹”ぃ。いくら【空間制御】っつうチートをぉ、持ってたってぇ、強キャラにはぁ、勝てねぇぞぉ?」 
「【超直感】、でしたよね。”魔女”に加えて”幽霊”の【幻覚】ですか。あと幾つ武器が用意を?」
「教えねぇよぉ?」


 白鳥妻の異能は【超直感】
 名前の通り人が無自覚に感じる直感を意識的に、尚且つ正確に先がわかる異能。

 白鳥夫の異能は【幻覚】
 相手に幻覚を見せることで変装、不可視化、幻惑を見せることができる。


「TISのエースがやって来るとは。ワタクシも運がいい」
「それはぁ、強キャラとぉ、戦えるからかぁ?」
「確かにそうですね。戦闘狂ではないと自覚しているワタクシですが、一度手合わせをしてみたいと思っておりました。それに




今ならその首、貰えますからね」


 ダラりと下がった右手を気にせずに両手を広げると、黒い靄が両手に纏わりついた。
 それに対し、白鳥夫婦は拳銃すら向けない。


「どうしましたァ?自身の死でも直感しましたかァ?」
「口調をぉ、ぱくってんじゃぁ、ないぞぉ。ついでにぃ、著作権でぇ、捕まえるぞぉ?」
「おやおや?魔女ですらわかりませんか?ワタクシが今から行うショーを」
「アタシらの首がぁ、位置する空間をぉ、移動させることかぁ?」
「そう!それはつまり貴女がたの頭と身体が離れる、つまり死を意味する!あぁ、早くその頭をワタクシのコレクションにしたい!」
「とんだ道化だなぁ。因みにアタシは怠惰だぁ。今日の料理当番任したよぉ?」
「………………(溜息)」


 【空間制御】は、文字通り空間を操る。今現在、優奈を拘束したり、弾丸を回避させたこの靄を使用することでその空間を操れる。つまり、身体の何処かに掠めでもしたらその部分が消えるということだ。

 最悪な敵の異能相手に、白鳥夫婦は夫の立場の弱さを存分に見せびらかせていた。流石、なのか知る由もないが、ピエロ、いや、ハーメルンの笛吹も怒りが頂点に達したらしい。


「早くワタクシのコレクションと化しなさい!」


 尚も動こうとしない二人に、黒い靄は銃より遅いが、常任では目で追えないスピードで向かい、人の身体を蝕もうとする。しかし、


「………報告書用の体験は出来た?」
「おおぅ、ばっちりだぁ。んじゃあぁ、後はぁ、以来よろしくぅ~」
「───は?」


 例えば、突如、目の前の猛獣が姿を消したら、狙われた草食動物は何を思うだろうか。

 答えは単純。
 自分は無傷だが、更なる化物が現れた、と。

 草食動物には見えない様子な白鳥夫婦だが、残り一つの化物は変わりない。
 雇われし化物は猛獣のみを狩るべく、動き出そうとしていた。
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