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「二話です」
しおりを挟む「………どうぞ」
「ありがたい。不幸に見舞われる私になんて優しく……!」
「………あの状態で追い返した方が危険」
女子高生が敗れた服を庇いながら家に向けてダッシュ。奇妙な光景に唖然とする街住民だが、すぐに視線は彼女が居たと思われる場所に行き着き、弁解の余儀なく豚箱行き……。
それが済むならいくらでも冷たい麦茶を用意しようと彼は思った。
「………後で服貸す」
「そ、そこまでしなくても………」
「………今の状態が危険。お古で悪いけど捨てていい」
「自分の臭いが付いた服を女子高生にくれるの?」
「………はっ倒すぞ」
覇気の”は”の字もないツッコミだった。いや、脅迫だった。
独特の目元で睨みをきかせる青年に対して部が悪いと踏んだ彼女は手にした麦茶が注がれたコップから口を離して軽く頭を下げた。
青年は彼女の反応に物珍しい物を見たかのように彼女の顔を凝視した。
「やらしい視線を向けてどうしたの?」
「………僕の視線がやらしい、だと…?」
「違くの?じゃあ………発情した視線?」
「………両方違う」
「その割には私の顔を凝視してた」
「………珍しくて」
彼の言葉に彼女は足をもじもじさせるのをやめて首を傾げた。
お茶菓子を片手に、目線を自分の目に合わせる彼女に彼は自身の目を指して
「………この目」
「目?そういえば独特、特に隈が」
「………普通、やらしい目っていう前に泣かれる」
「だから驚いて、」
「………それで僕も隈が増す」
「嫌な悪循環」
向かいに座るためにキャスター機能のある椅子を引っ張ってきてそこに座る。茶菓子に手を伸ばして幸せそうに頬張る彼女を見て、彼は二度、爪先に力を入れて開いたプルタブに目を細め、音を立てずに中コーヒーの量を減らした。
訪れた二人の静寂。外はまだセミが煩く鳴いているが、此処では菓子の袋が破れる音しかないため微かな静寂だった。
そんな中、先に声を出したのは彼だった。
「………お菓子、美味しい?」
「もぐぅ?……はい、久しぶりに甘い物を食べられたから」
「………一応、まだ自己紹介していない間柄の相手から渡された物なのに」
「むぐ?まさか睡眠薬を」
「………それはないから」
何故、睡眠薬がでたのかは聞かないことにした。理由は彼以外でもすぐに検討がつくから。
無警戒に次々に糖分を補給している彼女を見て、彼は何かを思ったのか、財布を取り出した。
そして何を勘違いしたのだろう。
「私、お金で動くほど軽くないんで」
「………違うから」
「違うの?……あ、やっぱりさっきのなし。私軽い女。最近まともに食べてないから」
「………そっちの軽いの定義は任せる。そして後者が重い」
「まぁ、胸は重いけど……」
「………内容が、ね」
無表情で自分の胸を持ち上げた彼女をチラリと見た後に、彼は本命の物を取り出した。
「これは……ハートのホテルの連絡場所?」
「……………………」
「ごめんなさい。無言はやめて。やり直して、これは名刺?」
「………そう」
「”何でも屋”オーナー:ゆの ゆの?」
「………それゲーム名。夢望 悠乃。これが名前」
「年齢は十五で私と同年代。高校は?」
「………察して」
眼の下の隈が濃くなったようだった。
先程までの会話から推理して察した彼女は何も言えなくなる。
「えっと………私の制服いる?」
「………その倫理に至ったまでを述べて」
「女子高生と触れ合う機会がないなら制服だけでも、と」
「………僕をどれだけマニアックな変態にしたいの?」
「冗談。貴方は、悠乃さんはそんな事しない」
いきなりの名前呼びにピクリと動きを止めた彼、悠乃だがすぐに缶コーヒーを喉に入れる。
「………君、名前は」
「霧海 優奈。悠乃さんと名前似ている。だから優奈でいい」
「………だからに繋がらないと思うんだけど」
「それはこじつけだから。ホントは霧海って苗字が苦手なだけ」
籠の中のお菓子を空にしてやっと手が止まったところで下を向く優奈。
悠乃は彼女の口が開くのをじっと待っていた。
「”むかい”って無害に言い方が似ている。でも、私の人生害だらけ………」
「………あのカラスも?」
「いえす。時には猫の集団に攫われてぺろぺろされる。オス猫に」
「………種族的に安心していい。人間の雄なら不味いけど」
「攫われたけど?小さい頃」
「………そう」
ぶっきらぼうに返した悠乃はそのまま缶をゴミ箱に捨てに行った。
突然、冷めたような態度に変わった悠乃に優奈は疑問を持つが口にしなかった。いや、それ以上に重要なものが目に入ったのだった。
「黒猫………」
「………住み着いてるだけ。ペットじゃない」
「可愛い」
先程、雄猫に囲まれたという体験談を話していたが恐怖対象にはなっていないようだった。現に、眠っている黒猫にキラキラした目を向けている。
起こさないようそーっと手を近づけーーー
────がぶり
「痛い。かぷっ、じゃなくてがぶりって言った」
「………の割には痛がってない」
「痛みには慣れたので。あ、でもMだからじゃない」
「………知ってるから」
「な、なんで私の性癖が………!。ホントはMなのも知ってるの?」
「………初めて知った。そんなことより、おいで黒猫」
ガジガジと優奈の手を噛み始めた黒猫を掴んで某モンスター如く悠乃自身の肩に乗せるとすんなり座った。
───痛みには慣れたので
無表情の中に諦めが五分、惨めさ五分を残した優奈に何も言葉をかけることなく、彼は射し込む光を完全に閉ざすためにカーテンを閉めた。
「………話をまとめる。君は不運にもあの場所でカラスに襲われた。訂正は?」
「その通り。でも、付け加えが」
ピンと指を上に指し示し、
「同年代の家に連れ込まれた」
「………此処、家じゃない。”何でも屋”」
「何でも屋?それってーーー」
「………家事の手伝い、庭掃除、犬の散歩から異能事件まで幅広く」
「……私があそこにいたのが何か用があると思って入れたの?」
「………肯定する」
暫く黙った後、優奈は顔を下げて何か決心したのだろうか。
体調を聞こうとしたタイミングで、顔を起こし、無理に口元を釣り上げて、彼女は苦笑いをした。
「悠乃さん、私、笑えてる?」
「………僕の目が可愛いって冗談言う人みたいに笑えてない」
「例えが悲しすぎる」
「………これからの内容はもっと悲しいと思うけど?」
彼女は自分の足元に設置されたゴミ箱の中を覗きながら呟くように語った。
「……私の高校は昨日から夏休み。でも、私は家に帰らなかった。つまり家出」
「………理由は?」
「端直に言うと私の不運。異能でも何でもない、ただの運の悪さ」
悠乃は彼女の目を見続けたまま話を聞く。何かに仕切られた曇りきった眼差しに、悠乃は吸い込まれたように見ている。
「物を失くすのは当たり前、野球ボールが当たるのは当たり前。偶に事故に巻き込まれて強盗事件に出くわすのも多々経験あり。終いにはさっき言ったみたいに攫われたし、今日だって怖い人に絡まれた」
「………それで?」
「昔から言われてた”疫病神”。これを実の父親から初めて言われた」
涙が出る事はなかった。
霧海 優奈が強い精神を持つ反面、そうでなければ壊れる経験をしてきたと語っていた。
「家出して、何処にも寝る場所ないからずっとふらふら歩いてて、そしたら女の警察の人に職務質問されて、此処を教えて貰った」
「………女の……アイツか。じゃなくて、事情はわかった」
「……それだけ?」
「………何が」
「私に『出ていけ!』とか『脱ぎたて靴下渡せ!』とか言わないの?」
「………両方言わない。特に後者」
一気にシリアスなムードが壊れたと悠乃はコーヒーを口に含んだ。当の本人は納得いかない顔をしているが。
「仕事、だから?」
「………それもある。けど、第一、僕は君の不運な現場をカラスのことしか知らない」
「猫ちゃんに噛まれたのは?」
「………コイツが君を嫌ってるからノーカン」
「にゃーん」
「地味にショック」
落ち込む様子だがすぐに元に戻る。
そして、そう言えば、と何かを思い出したかのように優奈は呟く。
「此処に来て何も不運なことが起こってない」
「………でしょ」
「部屋の中でも、教室だったら男子生徒が倒れて私の胸を────────揉む前に別に倒れた男子生徒と甘く唇が交じりあって新たな恋が生まれるのに」
「………それ、不運?」
「男同士でイチャイチャする現場の第一人者になるんです。精神的に来るものがあります」
「………BLは好みじゃないと?」
「私はノーマルなので」
「………さっきMって言ってた」
「MかSか選ぶならMなだけ。それに、私は処じ………諸事情により処女なので」
「………言っちゃってるよ」
日を知らないような優奈の真っ白な肌に初めて赤みが見えた。
悠乃は何も聞いてないという雰囲気を醸し出しつつ、紳士の真似と丸わかりの態度で待った。
「ごほん。すみません、話を戻しましょう」
「………何処から?」
「私が処女な件について」
「………そのままじゃん」
「私にとっては重要なこと。乙女としても、そしてその乙女が憧れる王子様が関わるから」
「………………」
優奈の目の奥から、黒猫を見た時とは違い、本物の輝かしい目をしたのを、悠乃はバツが悪そうに新たな缶コーヒーを開けるのだった。
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