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「・・・・・・一話」
しおりを挟むバレンタインの奇跡
二十一世紀より教科書に載ったこの言葉を、皆はどう解釈するだろうか。
───曰く『恋人どうしの~いちゃつき?』
───曰く『滅びし時』
───曰く『バレンタインとはローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日だと、主に西方教会の広がる地域において伝えられていたものであって決して……(自主規制)……』
偏ったアンケート集計によりマイナス要素の塊となってしまったが全て否。
しかし、
「バレンタインは滅んだ」
それだけは伝えよう。
閑話休題
では、バレンタインの奇跡とは何のことか。正解は世界に異能が生まれた日、だ。
二月十四日
日本領全土を埋め尽くす大津波がよし押せた。
恋人との別れの言葉、それを目から血を流して地面に四つん這いになる奇行を起こす者共と場は本物のカオスとなった。
しかし、その波は日本を覆った。そう、覆っただけで被害はゼロ。寧ろ日本全体が水族館状態に……いや、メディアの中継時にとあるお偉いさんが「じにだぐない゛いぃぃ~!」と全世界に発信され、後に社会的に死亡したという例外があるが、被害はマイナス要素とならなかった。
話を戻そう。
話の大前提である大津波による被害がなかったその原因とは。
それは異能である。
本来、人に宿らない異なる能力。自然と異能を受け入れた世界は世界初の異能者による奇跡として正体不明の異能者ゼロとして事を済ませた。
後に待つのは報告書の作成。
異能は日本に留まらず、世界各国に浸透していった。勿論、兵器として異能者を扱う国も出現したが、直ちに調印まで持っていった福岡条約により、未だに異能が中心となる戦争は起こっていない。
異能が当たり前となる。
勿論、異能を持たない人もいるわけで、東京の秋葉原では非異能者が集まり、創作活動を活性化させている。もうやけくその現場だが、本人達は楽しそうにしてる。
けれども、異能者による完全犯罪が行われていないことはない。特殊異能集団という警察組織が完成するのだが、事件の内容はピンからキリまで。
経費の殆どを胃薬が占める特殊異能集団に頼る異能者を含めた一般人だが、僅かな者は個人に依頼をしていた。
何でも屋
いくつかの郡に別れているが、路地裏にひっそりと佇む何でも屋が存在した。
物語というものは、大抵そのような場所で起こるものだと言わんばかりに、今日も今日とて店員兼店長である青年の元に、依頼は訪れる。
──────────
───────
────
「…………物語、か」
シャッターの隙間から僅かに射し込む光により辛うじて文字を表した古びた日記を荒々しく閉じた音が響いた。
わびのある立派なデスクの上に適当に積まれた紙の山とは違って、引き出しの中に角を丸めることなく収納された日記が見えなくなると、一人の青年がこれまた立派な椅子から立ち上がった。
狭い部屋、と薄暗い故に思い込みをしてしまいそうになるが、デスク四台に長めのソファ。奥には冷蔵庫や流し台といった設備が揃っているため不自由はない空間だった。
そんな様子の部屋を見回しながら、おぼつかない足取りでソファに倒れ込む青年は、フード付きパーカーにジーパンとラフな格好をしていた。
呻き声を押し殺しても出てきてしまう。
それ程の疲労を裏付ける根拠がフードの中より確認できた。
眼の下の大きな隈を隠そうとする眼鏡から覗く死んだ魚の目。顔立ちより高校生に見える青年からは社畜なサラリーマンである父を見た子供が寄せる感想を漂わせる。
室内は完備されたエアコンにより寒いくらい冷えている。故に青年から夏真っ盛りのこの時期に「暑い」という文句はでないものの、それ以外の何かを感じとった。
「…………平和な空間に侵入者あり」
「にゃ~………」
青年の目に映ったのは寝そべっている自分の横にちょこんと座った黒猫だった。
撫でようと行動を試みた青年だったが、ソファからだらけ落ちた手はピクリとも反応しない。同じ気だるげな空気を求めるもの同士として、ペットではないが住み着いた猫を追い払うのを即やめた。
「………僕は夏が嫌いだ」
「にゃあ~ん?」
「………いきなりって言われても、このセミの鳴き声がねぇ」
「にゃにゃん?」
「………だいじょーぶ。猫は癒し」
「にゃ~!」
「………住み着いても餌は……どうせ与えるか」
部屋の中だと言うのに聞こえる雄雌を求める行為に溜まっていく憎悪。
少しの休息により動いた手を使ってひんやりとする毛並みを堪能しつつ、青年は口元を緩める。
崩れないギリギリのラインの高さを保ったままの書類の束の芸術性を生み出そうという無駄な考えを繰り返していた時だった。
────……め……おかさ、ない………やめ……。
書類の山にあるのは芸術性ではなく労働地獄だと悟った。そして玄関の外から声が聞こえたと同時に崩れ、散らばる紙はソファの下に潜り込んで、取り出すのが厄介な間に数枚入り込んだ。
「………厄介事の匂い。黒猫、君は主人公になりたい?」
「にゃぃ~」
「………はっきり発音した、よね」
自分は猫ですんで、そんなん知りませんので
明後日の方向を向いて微笑む黒猫の姿に青年は情けなく猫にジト目を送った。
ため息を吐くが、そもそも動物に役を与えようとしたのが間違いだったと更に隈の濃さが深くなりながらも、青年は立ち上がった。
とてとて歩く道に散らばった紙はなかった。それどころかまたしても無意味な芸術がデスクの上に完成していた。
玄関までの距離はそう遠くない。
近づく度に大きくなる女性の泣き声にあーあーあーと察した光景を脳に誤魔化していた青年だったが、意を決して重々しく感じる扉を開けた。
「………あの、こんな路地裏でも住人いるんで考えてほしいのと無理矢理は犯罪だから」
「「「カア?」」」
「………カア?」
しどろもどろに目を下に向けてボソボソと申したはずだが、返ってきたのは複数の聞き慣れた鳴き声。
顔を声の方に向けた青年は理解した。カラスだと。
そして───
「うぅ………いくら運が悪くてもカラスに犯されるなんて………カラスと人間の赤ちゃんって天狗?」
「………何、この状況」
「へ?」
カラスの群衆が囲んでいたのは女の子であった。
青年がたまに近くで見かける地元の高校の制服は何故か所々破れていた。
意味不明な言葉を発したとは思えない程にルックスは高かった。
サラサラの首元まで綺麗に切りそろえられた銀髪から覗かれる大きな赤い瞳。小顔、そしてペタンと座っている状態であるが身長が低いとわかるのだが、それに似合わない胸部の凸に、年齢が近いであろう大人しい第一印象である彼女に、青年は特に後半の場所を凝視してしまう。
しかし、彼女の次の言葉に彼はそれをする余裕がなくなった。
「は!まさかカラスの飼い主?そして私の霰もない姿を投稿してペットに」
「………しないから。そもそも飼い主違う」
「でもさっき胸見てたし………えっち」
「………恥じらいながら器用に電話操作しないで」
110番の番号を見た彼は自身のペースは崩さないものの、少し焦りを孕んだ声で願った。
彼女が冗談です、といって携帯をポケットに入れたのを確認して、カラスに帰るよう促した。
故に残ったのは青年と女子高生のみ。
それも路地裏であるというこれ以上にない無罪なはずだが豚箱にいる自分を想像できた青年は、
「………何、この状況」
録りなおしを要求した。
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