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とみぃの日常

76話。指輪

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 市場を後にした俺たちは、最早通い慣れたボッター商会へとやってきた。

「いらっしゃいませ……これはトミー様にアイリス様、本日はどのようなご要件で?」

 店に入ると、この売場を担当している店員に迎え入れられた。
 普段ならここでボッター氏が居るのかを確認し、居るのであれば案内してもらうのだが、今日はボッター氏には特に用がないのでそれは割愛する。

「実は欲しいものがあって……」
「それはどのような品でしょうか? よろしければ支配人のお部屋にご案内致しますが」

 支配人とはもちろんボッター氏のことである。
 現ボッター商会当主、ボッター氏のチャンピオン父親を指す場合は総支配人と呼ぶらしい。

「いや、今はいいよ。今回は普通に客として買い物に来ただけだから」
「お客様としてですか、かしこまりました」

 店員も納得してくれたようなので、早速用件を伝えることにする。

「実は……指輪が欲しいんです」
「指輪……ですか?」
「うん。魔道具じゃなくても構わないんだけど、婚約指輪を買いに来たんだ」

 婚約指輪という言葉に反応したのか、俺の手を握るアイリスの力がキュッと強まった。
 いちいち反応が可愛い。

「なるほど、婚約指輪ですか……おめでとうございます」

 店員の目が繋がれた俺たちの手を捉え、納得したように頷いてから祝福の言葉をかけてきた。

「ありがとう。俺たちはあまりチューブには詳しくなくて……それでボッター商会なら間違いないと思って来てみたんだけど、大丈夫かな?」
「もちろんでございます。それでは応接室にご案内致します」
「良かった、お願いします」

 店員に案内され、応接室へと入る。

 勧められたソファにアイリスと二人並んで座ると、すぐにお茶とお菓子が目の前に並べられた。

「それではすぐにお持ち致しますので、少々お待ちください」

 店員は一度深く頭を下げ、売り場へと戻って行った。

「さて……アイリスはどんな指輪がいい?」

 今更ながらどのような指輪がいいのかと確認してみると、アイリスは少し困ったような表情を浮かべた。

「正直、考えたこともありませんでしたわ。今日もこ、恋人同士が嵌めるペアリングを買いに来たのかと……」

 ありゃ、早とちりだったか……

「えっと……ごめんね?」
「いえ、怒ってなどいませんわ。むしろ……嬉しく思っていますわ」

 それなら良かった……

「でも……欲を言えば、婚約指輪はトミーに選んでもらって、さぷらいずをしてもらいと思っていましたの」

 サプライズか……

 これは夜景の見えるレストランで食事をして、「君の瞳に乾杯」とか言ってから指輪を差し出すべきだったか……

 他にも「綺麗な夜景」と言うアイリスに対して「夜景より君の方が何倍も綺麗だ」なんかも言わないとだな……
 あー、馬車の前に飛び出して「僕は死にません!」も外せないな。
 仮に撥ねられたとしても、普通に弾き返しちゃいそうだけど……

 ってダメだ、想像しただけで全身に鳥肌が……

「アイリスはサプライズがお望みだったんだね。それもよかったけど、俺はアイリスと一緒に選びたかったんだよね」
「もう構いませんわ。それによくよく考えると、トミーにサプライズは似合いませんもの」

 よくご存知で。

 そんな話をしていると、扉がノックされ、一人の若い男性が笑顔を浮かべて入室してきた。

「ようこそおいでくださいましたトミー様、アイリス様」
「あれ、ボッター氏……どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも……本日は婚約指輪を購入したいとのお話でしたので、それならば是非私がご対応をと思いやって参りました」

 別に忙しいボッター氏じゃなくてもと思っていたが、いらぬ考えだったのかもしれない。

「それに、この慶事に私を除け者にするなんて、水臭いですよ?」
「それはまぁ……」
「ということでして……このような品をお持ちしました」

 ボッター氏は共に入室してきた店員から箱を受け取り、俺たちの前に置いてその箱を開けて中を見せてきた。

「当店取っておきの指輪でございます」

 箱の中には、小さなダイヤモンドのような石が嵌められた指輪が二つ並んで入れられていた。

 二つ?
 婚約指輪って男性が女性に贈るものであって、ペアリングでは無かったと記憶しているのだけれど……

「ボッター氏、今回は結婚指輪では無くて婚約指輪なんですけど……」
「ええ、ですのでこちらをおすすめに参りました」
「えっと……婚約指輪って男性から女性に贈るものでは?」

 なんだか話が噛み合わないので、ストレートに聞いてみると、この世界では婚約指輪もペアで身に付けるものだと教えてもらった。

 この世界、特に貴族階級だと婚約期間が数年に及ぶことも珍しくないらしく、そのためお互いに相手がいるのだとアピールするために男性も婚約指輪を身に付けるのだそうだ。

「そうなんだ……」
「トミー様の居らした世界では女性のみが身に付けるものなのですか?」
「そう……だったと思います」

 知識としては知っているけど、実際に贈ったことは無いから少し自信が無い。

 ボッター氏は一度「なるほど」と頷いてから再び話を始めた。

「それでしたらトミー様の疑問もごもっともですね。これは文化の違いとしか言えませんな」
「そうですね。でも郷に入っては郷に従えという言葉もありますし、こちらの文化に合わせようと思います」
「ありがとうございます。それではこちらの指輪の説明に入らせて頂きます」

 この指輪は魔道具であり、効果は「お互いの位置と健康状態が把握できる」というものらしい。
 指輪を介して離れていても会話ができるらしく、愛し合う二人にとってこれ以上のアイテムは存在しないとボッター氏は断言する。

「愛し合う……」
「二人……」

 少し気恥ずかしくなり、アイリスの方へ顔を向けると、アイリスもこちらを見ていたようでバッチリ目が合った。

 恥ずかしかったのか、アイリスは慌てて顔を背けてしまったが、その反応からこの指輪が気に入ったことを察することが出来た。
 それなら買うしかないでしょう。

「ボッター氏、これ、いくらですか?」
「トミー様方には大変お世話になっていますので、無料でも構いませんが……」
「いえ、こういうのは頂くわけには……」

 無料提供と言われてしまったが、こればかりは受け取る訳にはいかない。
 ここは俺の甲斐性を見せる場面なのだから。

「定価で売ってください」
「定価ですか……お値引は?」
「ほかの物ならともかく、アイリスに贈るものなら定価で買いたいです」

 好きな人に物を贈るのに値切ったりするとその分愛情が減る気がする。
 実際減りはしないだろうが、気分の問題だ。

「そこまで言われるのでしたら……こちらの指輪、販売価格は金貨7枚となります」

 金貨7枚……たしか前に魔石を売った時に色々計算してたけど、たしか金貨1枚ひゃっくまんえーん計算だったような……
 ってことは700万円?

「買いましょう!」
「と、トミー? 大丈夫ですの?」
「大丈夫!」

 魔石売却益をアイリスと等分した分で十分賄える。
 金版7枚なら買えなかったけど、金貨なら余裕余裕。

 日本にいた頃は年収670万円くらいだったのに、出世したものである。

 カバンから金貨を取り出してボッター氏の前に並べる。

「確かに。それではこちらの指輪をお受け取りください」
「サイズ調整とかは?」
「こちら魔道具ですので、装着すれば最適なサイズへと自動調整されます」

 なんて便利な機能!

「分かりました。アイリス……」

 指輪を受け取りアイリスに渡そうとすると、アイリスは恥ずかしそうに頬を赤らめながら左手を俺へと差し出してきた。

 すぐにどういう意味かを察し、その手を取って薬指へと指輪を嵌める。

 少し大きかった指輪だが、指を通せば本当にちょうどいいサイズへと変化して、しっかりとアイリスのその白魚のような指にジャストフィットしてくれた。
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