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第5話「からだのこと」

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ウォルトレーン領と聞いて付き合ってくれる商会はなかなか見つからない。

デューハースト王国の内外にあるおよそ100の商会に招待状を送ったが返事が返ってきたのは5通だけ。

レンリ様は頭を抱える。

「みんなウォルトレーン領のこと魔界か何かと思っているのか?」

めずらしく弱気だ。

「大変申し上げにくいのですが⋯⋯」

「そうなのか!」

「母親が言うこと聞かない子供を叱りつける決まり文句として『次、悪いことしたらウォルトレーンに捨てるよ』と、言うのが定番化しています。
最後に『魔王に食べられちゃいなさい』って怖がらせるんです」

「俺は魔王だったのか」

レンリ様はさらに頭を抱える。

「だけどウォルトレーンがここまで敬遠されているとは⋯⋯」

パオロ様もため息を吐く。

「魔王はどちらかといえば姉さんの方だろ」

「レンリ、どさくさに紛れてなんか言いました?」

「いえ」

「とにかく来てくださる商会があるのですから、気をたしかに持ちましょう」

3日後ーー

はじめにやって来たのはティム商会とゴダス商会だった。

男性がそれぞれひとりづつ。

採れたての野菜や果物を差し出したけど商人たちは興味を示さなかった。

彼らの興味は別にあったようだ。

「大昔のドラゴンの遺体が硬化してできた結晶があるって噂があったからきたけど、一面畑ばかりで何もなさそうだな」

「うちの商会も鉱物をあてにして来たけど空振りだったな」

ほどなくして2人の商人が帰って行った。

「畑で採れた物には目もくれてなかったな」

「このりんごなんかは形や色、大きさどれをとっても商人が唸りそうな自慢の逸品だったのですが」

パオロ様はとても残念そうに手に取ったりんごを見つめる。

実は商人の男たちがヒソヒソと話しているのを私は聞いていた。

「ウォルトレーンの作物なんて怖くて食べれないわ」

「万が一毒が入っている物を流通させたら、俺たち首を刎ねられるな」

ウォルトレーンに対する負のイメージは相当根深く人々に刻まれている。

それでもウォルトレーンの作物に手を伸ばしてもらえる方法はないものだろうか。

「何か工夫を凝らさないと」

うーん⋯⋯

思い出してみれば毒を警戒していたはずの私がどうして“フライドポテト”を無意識に食べれたんだろう⋯⋯

“⁉︎”

匂い⋯⋯

そうか匂いか!

1週間後ーー

残りの3組にあたるトラト商会、クロギ商会、ゴルベール商会がやって来た。

商人の数は3つ合わせて15人。

期待していた人数より多い。

とくにゴルベール商会は空の荷馬車を3台も帯同させて来ている。

それだけ向こうの期待値も大きいという表れだ。

こちらの期待も上がる。

まずは私ひとりで領門の前で出迎えて、商人たちを中心部まで案内をする。

「いやいやはじめて来ましたがここまでのどかな場所とは思ってもおりませんでした」

「ご興味いただけて光栄です」

ゴルベール商会の会長には今のところ好感を抱いていただけたようだ。

「ゴルベールさん、私どももですよ」

今度はクロギ商会の商人が口を開いた。

「私どもの古い地方に伝わる伝承ではこの辺りの土地は3体の大型ドラゴンが円陣を組むようにして固まり、
長い年月をかけてひとつの険しい岩山を形成したって聞いていたので、岩石がゴロゴロしているものとばかり」

「それ私も知っています」

トラト商会の商人も食いついて来た。

「王都の図書館にある古い書物で読みました。 ドラゴンが眠る山と」

「だから300年近くこのあたりの山脈は魔王が棲む世界と恐れられてきました。
祟りを恐れ、歴代の王は手をつけて来なかった」

「ゴルベールさん詳しいですね」

「無駄に長く生きとりはしませんよ」

そんなやり取りを聞いていて、父がウォルトレーンの人たちにした仕打ちは相当なものだった思い知った。

古い人たちからしたら魔界送りという印象ではないか。

「おや、なんだか芳ばしい匂いがしてきましたな」

「本当だ」

「食欲がそそられますね」

『ようこそお越しくださいました』

ここからはドーラ様にバトンタッチだ。

「どうぞこちらに。ウォルトレーンの畑で採れた野菜をふんだんに使ったスープです」

炊き出しだ。

畑の畦道に釜戸と鍋を5つ用意してその場で調理をしている。

「おおこれは美味しそうだ」

レンリ様が昨日から仕込みを行なっていた特製スープ。

領主様自らスープをよそって商人の人たちに手渡している。

だけど⋯⋯

「どぞ」

ぶっきらぼうなのは相変わらずだ。

どうしてそこで恐い目つきになってしまうのか。

どうやらレンリ様は人見知りのようだ。

だけど、炊き出しによる試食会は成功だ。

作物をアピールするなら見せるんじゃなくて食べさせる。

私がここへやってとき収穫祭が行われていたからこのあたり一帯に食欲をそそる匂いを醸し出されていた。

だから私はあのとき無意識に与えられた物を口にすることができたんだ。

「まさかこんなに美味しい野菜を食べられるとは」

「今度は炊き立てのライスです。召し上がってください」

子供たちも協力して食べ物を配ってくれている。

「果物もあります。召し上がってください」

りんごをカットしてその場で食べられるようにした。

美味しいと口にして貰えてパオロさんも嬉しそうだ。

「ほんと美味しい。だれだここを魔界なんて言ったヤツは」

「まったくですね」

「辺境伯様」と、ゴルベール商会の会長がレンリ様の手をとる。

「この領地は可能性を秘めています」

「あ⋯⋯ありがとうございます」

「街道が整備されればこの自然の眺めが美しい景色を見に人がどっと押し寄せるでしょう。
さすればおのずと宿場町ができて観光地として観光地として栄えることができます」

「そうなれるよう励んでいます。だけどその⋯⋯なんていうか⋯⋯野菜が売れてお金にならないとどうにも⋯⋯」

「わかっておりますともぜひ契約させてください。我々ゴルベール商会もウォルトレーン領の発展に寄与させてください」

ゴルベール会長の心がこもった言葉にレンリ様の顔が綻んだ。

レンリ様の笑顔を拝見したのはこれがはじめて。

「ありがとうございます!」

「辺境伯様。我々クロギ商会も」

「トラト商会もよろしくお願いします」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

用意した作物はゴルベール商会の馬車にトラト商会、クロギ商会の分と合わせてすべてが積み込まれた。

「今日はいい取引ができました。今後もご贔屓に」

「こちらこそよろしくお願いします」

私たちはゴルベール会長の言葉に期待を寄せ去って行く馬車を見送る。

「ゴルベール会長、上機嫌でしたね」

「ああ。これでやっと第一歩だ」

そして陽が落ちたその日の夜ーー

私は与えられた寝室で机に向かってこの先のことを練っていた。

「観光地か⋯⋯怖がられているドラゴンの伝承を利用するというのはどうだ? 逆に良いアピールになるのでは?

“コンコン”と、ドアのノックと同時にレンリ様の声がする。

「シャルロット、まだ起きているか?」

「はい⋯⋯」

「入ってもいいか?」

「どうぞ⋯⋯」

入ってきたレンリ様はなぜか緊張気味だ。

「こんな遅くに悪いな」

「お気になさらず。レンリ様の方こそはやくお休みになられては」

「俺のことはいい。今日のことを含めて、ワインのこととか、シャルロットには世話になったからな。お礼がしたくて」

「お礼⋯⋯ですか?」

「なにか欲しいものとかあるか? 服とかでもいいぞ」

「服⋯⋯」

服と聞くと顔がどうしても曇ってしまう。

「わ、悪かった⋯⋯」

「⋯⋯」

口をつぐんで無言で首を横に振る。
まただ⋯⋯どうしてこんな感情になるんだろう。

「気に触ったか?」

「いえ⋯⋯」

レンリ様は悪くない。

「腕のことは触れないように気をつける⋯⋯」

「かまいません⋯⋯」

そういつまでも黙ってちゃダメだ。

「だけどレンリ様にはわかってもらいたいんです」

私はシャツの胸のボタンをはずしはじめる。

「おい、急になにをしているんだ」

レンリ様は顔を赤くして目のやり場に困っている。

当然だ⋯⋯

私はシャツの右袖から腕を抜いて素肌をあらわにした。

「子供のころ、ある人を庇っておったやけどです」

「⋯⋯」

「レンリ様、この腕、醜くて恐くありませんか」

「それは⋯⋯」

「このやけど痕は背中と胸につづいています。友達だった子たちには不気味がられ、
婚約者だった殿方にはベッドの中で悲鳴をあげられました」

私から話しはじめたことなのに涙が込み上げてくる。

「これは予防線です。これ以上傷つきたくないですから。だからレンリ様には見せておこうって⋯⋯今度はちゃんと⋯⋯」

「シャルロット!」

レンリ様は突然、私を抱きしめる。

「俺はそんなやけどの痕くらいでお前のことをきみ悪がったり化け物のように扱ったりしない。
お前が俺たちにそうしてくれたように」

「レンリ様⋯⋯」

するとレンリ様は私の唇の上にご自身の唇を重ねてる。

「俺なんて魔王だぞ」

「そうでした」

額を重ねて2人で照れ笑いを浮かべる。

そしてレンリ様は、私をそっとベッドの上に仰向けにするとそのまま覆い被さる。

レンリ様の指が私の指の間に絡みついてくる。

レンリ様の瞳を見つめて問う⋯⋯

「レンリ様⋯⋯今度は私を試食なさいますか?」

レンリ様は真剣な眼差しで答える。

「こっちは魔王だぞ。当然だ」

それから1週間後、事件は起きたーー

トラト商会、クロギ商会から契約のお断りの知らせが届いた。
そしてゴルベール会長が私たちに頭を下げた。

「本当に申し訳ない。私が迂闊だった」

「頭をあげてください。ゴルベールさん」

「申し訳ない」

「何があったのですか?」

「ダルザス侯爵家です」

「ダルザス家⁉︎」

なぜだか急に私のやけどの痕が疼きはじめた。

「はい。ダルザス侯爵は王都の交易を管理しているお方。
ウォルトレーン産の物を取り扱えば王都での商売をできなくすると脅しがありました。
おそらくコルネロス商会が泣きついたのでしょう」

まさかあの方が⋯⋯

ピンク髪縦ロールを揺らし、三白眼の瞳のルイーザ・ダルザス侯爵令嬢の不敵な笑みが私の脳裏をよぎる。

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