女鍛治師のライナ わけあり勇者様と魔女の箱庭でスローライフ

悠木真帆

文字の大きさ
上 下
8 / 8

第8話 「その一振りは聖女へのざまぁ」

しおりを挟む
聖女様はグレイルの言葉に不敵な表情を浮かべる。

「勇者様の提案とはどのようなものにございましょう」

グレイルは聖剣の切先を私に向けながらこちらへ近づいてくる。

「魔女の生き血を聖剣に注ぐというのですね。素晴らしいです。ひとおもいに殺してあげなさい。その娘はまごうことなき魔女。
おぞましい鮮血のようなマナの色がそれを証明しています!」

聖女様の言葉にもグレイルは表情ひとつ変えずジッと前を見据えたままその歩みは止まらない。

本当にその剣で私を?

グレイルの目は本気(マジ)だ。

殺されるーー

思わず瞼を固く閉じる。

“⁉︎”

もう斬られていてもおかしくないタイミングなのになにも起きない。

おそるおそる瞼を開く。

“アレ?”

目の前にグレイルがいない⋯⋯

ハッと振り向くとグレイルは私を横切って聖女様の銅像の前に立っていた。

「なんのつもりにございましょう、勇者様」

「本当にこの剣がドラゴンと渡り合えるものなのか試させてもらう」

「はて、仰っている意味がよくわかりません。聖剣なのですよ。それを試す?などとーー」

グレイルは聖剣を天高く掲げて、銅像に向かって一気に振り下ろす。

たった一振りで凄まじい突風が吹き抜ける。

周囲にいた信徒たちのローブが激しくはためき、私も腕を上げて目を守った。

突風がおさまると聖女様の銅像は腰から上が地面に落ちてめり込んでいる。

「聖女様。この剣はダメだ。青銅を斬っただけでもう使えなくなった」

切先からグリップに向かって亀裂が走っていく。

そして聖剣は砕け散る。

「あああッー!」

聖女様は両手で顔を覆いながらうずくまり彼女の体内から青白い光が次々と飛び出していく。

そして聖女様の艶のある手の甲がみるみるうちに水分が抜けてシワシワになる。

身体もひとまわり小さくなったように感じる。

「違う⋯⋯違う⋯⋯こんなのワタクシではない」

そう言って聖女様が顔を上げるとその姿は弱々しい老婆だった。

聖剣が砕けたことで聖女様の若さを維持していたマナが解き放たれたのだ。

「やはり聖剣なんてものよりグランツ・ファクトリー製の剣の方がよく斬れるな」

グレイルはニコッと私の顔を見やる。

だから私は「ありがとうグレイル」と、ドヤ顔で返してやった。

信徒と聖騎士たちはグレイルのいうことに素直に従い、勇者パーティー一行の5人を解放する。

私はベリンダたちの手当てを急いだ。

お湯に浸けた布を傷口にあてると悲鳴をあげるベリンダ。

「我慢してもう少しだから。グレイル、そこから糸を取って。縫合するわ」

「ぎゃああ」

途中、ゴドルとトーレが合流して治療を手伝ってくれたおかげで予定よりはやく5人の治療が終わった。

「こやつらは冒険者としてもう一度、武器を手に取ることができるのか?」

ゴドルが心配そうな表情で寝ている5人の顔を見つめる。

ゴドルが言っていたこと、武器を手にできなくなることは冒険者としての廃業を意味する。
彼らにとってそれは死よりもつらいこと。

「大丈夫です。1ヶ月もすればちゃんと武器を握れるようになります。もう1ヶ月経てば完全に復帰できますよ」

「それではグレイルを待たせてしまわないか?」

「気にするな」と、グレイルはゴドルの肩の上に手を置く。

「ドラゴンは逃げたりしない。ゆっくりとケガを治して万全な状態でドラゴンに挑もう」

グレイルの言葉にゴドルは涙を流して深く頷く。

そして、ゴドルを含めたパーティーメンバーも治療のためしばらく魔女の箱庭で暮らすことになった。

だがーー

それから2週間後ーー

ドラゴンの方は待ってくれなかった。

ドラゴンが火口から飛び立ち山脈の麓の森林を焼き払ったという情報が私たちの街にも飛び込んできた。

しかもこっちに向かって来ているという噂で、街には不安が広がっている。

荷馬車に家財道具を積めて遠方に避難する住民もではじめた。

買い占めに走る人たちで市場はごった返している。

領主様も先の一件で体調を崩されて寝込んでいる。

パーラック聖教も寿命が尽きた聖女様を天に返すお祈りとかで大聖堂に籠ってていて治安維持の協力をしない。

なんだか街の中がものものしく、どんよりしている。

そんな状況にグレイルはゴドルとパーティーメンバーが安静にしている部屋に入ってきて神妙そうな顔で語る。

「聞いてくれみんな。俺はひとりでドラゴンと戦うと決めた」

違を唱えるものはひとりもいなかったーー

翌朝、グレイルは私がつくった対ドラゴン戦の武器を全て持って箱庭の門を出る。

「それじゃあ行ってくる」

「帰って来たらどうこうとか⋯⋯そういう約束はしないから、そいうのいやだから」

グレイルはそっと私の頭の上に手を置いた。

「だけど⋯⋯“おかえり“って⋯⋯グレイルにいうくらい願っても平気だよね」

グレイルはニコッとして私が母親の見よう見まねで展開した転移魔法陣を潜っていく。

それから1ヶ月が経過。

ドラゴンが叩きつけてくる尻尾をカットラスの刃を盾にして火花を散らしながらしのぎ、
高くジャンプして、ドラゴンの目玉目掛けてクナイを投げる。

目を潰されて怯んだ隙に、メイスをドラゴンの頭蓋に叩きつける。

もがくドラゴンはひっかいてこようとするから、斧を指と指の間に尽き立ててダメージを与える。

痛みで首を高くまっすぐ伸ばしたところで、脊椎目掛け、マナを注入したツーハンデットソードを振り下ろす。

毎晩、眠る前にグレイルがドラゴン相手に優位に戦っている姿を何度も、何度も繰り返し想像することが日課となっていた。

とある日、トーレが冒険者が山林で拾ってきたと焦げが残るグレイルの防具の一部を手渡す。

それを見て目の奥から熱いものが溢れ出してもまだ”おかえり“とは言えなかった。

それから3日後ーー

庭で薬草を摘んでいると、ふと、懐かしい気配を感じた。

思わず立ち上がって周りを見渡してもそこに誰もいない⋯⋯

門の向こうから吹いてきた微風に私はクスッと笑う。

「グレイル。おーー」

その言葉を言いかけたときだった。

「ライナ」

振り向くとそこには煌びやかなマントと黒光りした鎧を纏ったグレイルが立っていた。

「ライナ、今俺が死んだと思っただろ」

「ちがっ! そうじゃなくてもういじわるッ!変な格好!」

「すまない。ドラゴンを倒して先に国王のところに行ってたんだ。貰うもんは貰っとかないとって思って。
金はたんまり貰ったし、この似合わない鎧もなんだか押し付けられたし。辺境伯の爵位も貰った」

「? シュレール家は公爵家じゃなかったの? そんな田舎の大将みたいな爵位でいいの」

「俺にはこの箱庭の領主で充分だって気付いたんだ。男爵ってわけにもいかないみたいだから国王も困惑してなんか近しい爵位をくれた」

「ちょっと待って! いい話風に言っているけどなんで勝手に私有地の領主になるわけ! 困るんですけど国王でも許さないよ」

「ライナ。だから俺と結婚してくれ」

グレイルはひざまづいて私に小さな箱を差し出す。

「王都で一番高いダイヤの指輪だ」

箱がカパっと開くとそこにダイヤがひときわ目を惹く指輪。

その輝きに心が引き込まれる。

「グレイルーー」

ここに至るまでいろいろあったけど、グレイルと過ごした日々は特別だった。

それはこれからも⋯⋯ 

いや、待て。それどころじゃないだろ。

「ちょっとあっちに行って話し合おうや。聞きたいことが山ほどある」

「真剣にお願いしたんだぞ。そんな返答ってあるか!」

「じゃかーしぃ!こっちは土地が奪われたんだぞ!一大事よ。プロポーズがどうこうの問題じゃないわ」

「ライナは相変わらずだな」

やれやれと立ち上がるグレイル。

私は背を向けて屋敷の方へと歩き出す。

”おっと“

私もひとつ忘れていた。

立ち止まってグレイルの方へ振り向く。

「グレイル、おかえり!」

***

満月の夜

窓辺に座って星の輝き眺めていると、近づいてくる黒点がひとつ。

「やっぱり生きていたのね」

「なんじゃせっかくの親子の再会がそれかや?」

それは箒に腰をかけて空中を浮遊する魔女だ。

「メレティスごときに背中を斬られたくらいで死にはせん」

「すべてあなたの思い描いた通りになりましたね」

「せっかくのいい機会になると思ったのじゃ。100年に一度の逸材がいつまでもパピィの真似事をしていたのが悩みの種じゃったからな。パピィを埋葬して、このまま妾も行方をくらませば
ライナも少しは成長すると期待したのじゃ」

「それでドラゴンを目覚めさせたんですか」

「もちろん。期待通りの展開となったわ」

「森を彷徨っていたグレイルがこの箱庭に現れたのも偶然というには不自然だった」

「感づいておったか。そなたと逞しくなったやや子がちちくりあってくれたおかげでそなたはようやく妾と同じ魔女になることができた。
それにしてもそなた意外と激しいのう。毎晩見てるこっちまで熱くなってきたのだぞ」

「ちょっと! どこかで観察しているとは思ったけどそんなところまで見ていたの⁉︎」

「娘の成長を見守るのは親として当然じゃ」

「行き過ぎなのよ」

「妾は嬉しいぞ。この世界に終末をもたらす”厄災の魔女“が誕生したのだから」

その言葉に私の瞳は再び赤く変化する。

魔女は不敵な表情で私を見下ろして「さらばじゃ」と、再び月に向かって飛び立つ。

私は無言のまま去っていく魔女を見つめる。

すると魔女はなにか思い出したかのように旋回して戻ってくる。

「ひとつ言い忘れた。ライナ、結婚おめでとう」

そのときの魔女の表情は母親のそれだった。

“ありがとう。お母さん”

言葉にはしなかったけど、魔女の背中にそう返答した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

喋ることができなくなった行き遅れ令嬢ですが、幸せです。

加藤ラスク
恋愛
セシル = マクラグレンは昔とある事件のせいで喋ることができなくなっていた。今は王室内事務局で働いており、真面目で誠実だと評判だ。しかし後輩のラーラからは、行き遅れ令嬢などと嫌味を言われる日々。 そんなセシルの密かな喜びは、今大人気のイケメン騎士団長クレイグ = エヴェレストに会えること。クレイグはなぜか毎日事務局に顔を出し、要件がある時は必ずセシルを指名していた。そんなある日、重要な書類が紛失する事件が起きて……

王子の呪術を解除したら婚約破棄されましたが、また呪われた話。聞く?

十条沙良
恋愛
呪いを解いた途端に用済みだと婚約破棄されたんだって。ヒドクない?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

悪役令嬢に転生したので、人生楽しみます。

下菊みこと
恋愛
病弱だった主人公が健康な悪役令嬢に転生したお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

処理中です...