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第5話 「魔女の契約」
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グレイルが寝息を立てている隣でシーツについた血の痕を眺めながら私は重い気分でいる。
先ほどまでの全身が熱くなるような高揚が嘘のようだ。
「これで私も魔女か⋯⋯」
私の上に身体を重ねていたグレイルが果てた直後、物憂げにドラゴンと戦ったときのことを語りはじめた。
ドラゴンーー
それは人間たちが築き上げてきた文明や営みを一瞬にして破壊する魔獣(モンスター)。
背中の大きな翼を羽ばたかせて天から舞い降り、教会の大聖堂を凌ぐその大きさで人間たちを見下ろす。
紅く硬い鱗に覆われた全身によっていとも簡単に砦の壁は破壊され、人間たちを建物ごと踏み潰けにしていく。
そして口から吐く炎によって街は焼き払われ、その圧倒的な暴力に神の怒りの化身とまで称した人物もいた。
勇敢にもドラゴンと剣を交えた勇者グレイルは本来2本あるはずのドラゴンのツノが一本しかなかったことを記憶していた。
それは勇者グレイルより前にドラゴンに挑んだ人物がいたことを示す。
その答えは20年前に遡るーー
王家に連なる名家シュレール公爵家はとある問題を抱えていた。
4歳になる公爵家の嫡男が高熱にうなされ1ヶ月以上も床に伏せていたのだ。
父親である公爵は直轄領の内外を問わず医師をかき集めた。どれも王族や貴族たちから信頼される優秀な医師ばかりだ。
だが、そんな医師たちがどんなに手を尽くしても我が子の病状は一向に回復しない。
日に日に衰弱する我が子に公爵夫婦は不安な毎日送った。
憔悴しきった公爵夫婦をみかねた医師のひとりがこぼす。
「この世界にはどんな病も治すことができる薬をつくる最高位の薬師が存在しますーー」
周りの医師たちが『よせ!』と、顔色を変えて制止する。
藁にも縋る思いの公爵はその言葉にすぐさま反応する。
「なぜそのような者がいるとはやく教えてくれなかった!」
言わんこっちゃない⋯⋯
医師たちが顔を背ける。
「口にするのも憚れる存在だからですよ。できれば言いたくなかった⋯⋯」
「頼むから教えてくれッ! そのものはいったい何者なのだ?」
『魔女です』
瞳孔が開いた表情で公爵はゴクリと息を呑む。
ーー満月の夜
その魔女は箒に乗って公爵夫妻の目の前に現れた。
「そなたたちじゃな。妾(わらわ)の力を必要としている貴族というのは」
「私たちだ。はやく息子を見てくれ」
バルコニーの手すりから乗り出すようにして懇願する公爵夫妻を見て魔女は深いため息を吐く。
「そなたたちは魔女との契約がどんなものかわかっていないようじゃの」
「金ならいくらでも出す。はやく息子をッ!」
「安く見られたものじゃの。ではやや子のところに案内せよ」
「こっちだ」
公爵ははやる気持ちを抑えられずそわそわとした様子で息子が眠る寝室に魔女を通す。
「なるほどの。わかったぞ」
今までたくさんの医師たちが全身くまなく見ても辿り着けなかった息子の病状を
魔女はほんの一瞬、一目見ただけで見抜いた。
「このやや子のマナ(魔力)の総量が通常の人間より大きいのじゃ。これは魔王にも匹敵するのう。
じゃが、膨大すぎるがゆえに、この小さい器ではコントロールが効かず耐えられないのじゃ。
このままではやや子が必死になって押さえつけているマナが一気に放出して、街ひとつが吹き飛ぶほどの爆発を引き起こすのう」
“マナ”
それはこの世界に住むすべての生物が持つ生命の根源的な力。
一般的な人間はマナの力がすべて体内の生命エネルギーに活用されているため、マナそのものを実感することはないが、
マナの量が通常より多い人間の場合はその余ったマナが異能力となって体外に放出される。
獣の場合は魔獣(モンスター)となって人々の生活を脅かすため、そういった者の多くは魔術師や戦士、冒険者となって貴族や王宮、冒険者ギルドに雇われ重宝される。
「どうしたらいいのだ」と、公爵は膝をついて魔女のローブにしがみつく。
「触るな! 身体中のリンパに溜まっているマナをうまく全身に流してやらねばならん。そのためにはちーとばかし厄介な薬が必要じゃのう」
「ほしいものはなんでもくれてやる!魔女よ。はやくその薬を息子に」
「よくぞ言った。ならば用意してやろう。ドラゴンのツノの粉末を」
窓からのぞく満月を背に魔女は大見栄をきった。
とは言ったものの⋯⋯
魔女の箱には戻った魔女はロッキングチェアに腰をかけてしばし考え込む。
「さて、どのようにしてあの硬くてすばしっこいドラゴンからツノを頂戴しようかのう」
魔女にはアテがあった。東の方にある山脈の火口付近に1匹のドラゴンが棲んでいる。
「よりによって炎龍タイプじゃ。妾の攻撃魔法でもあの硬い鱗は砕けんじゃろな。
ほんのわずかの間、気を失っててくれれば好都合なんじゃがな」
『たのもー』
入り口の門の方から若い男性の声が聞こえてくる。まさかのことに魔女は思わずドキッとした。
「結界がはってあるこの箱庭に人じゃと?」
魔女が門を開けると大きめの皮袋を肩に背負った青年が立っていた。
「そなた何者じゃ?」
「俺はダッド・グランツっていいます。鍛治師をしています。
こんな夜分にすみません」
「ほう、その鍛治師とやらがなぜこの箱庭に」
「あの岩山目指して山道を歩いていたらこの場所に辿り着いただけですけど⋯⋯」
「そなた! 妾の結界をいとも簡単に破ってきたのけ? いったい何者じゃ」
「だから鍛治師です。あの岩山に玉鋼を採取したくて、できれば近道となりそうなこの庭を横切らせていただけないでしょうか」
「そなた、他人から図々しいと言われんか?」
「ま、まぁ⋯⋯」
めんどくさく感じた魔女は青年の頼みを断ろうと扉を閉じようとする。
ふと、ドアノブを握る魔女の手が止まる。
“鍛治師”
ひょっとすると、コヤツは使えるかもしれない。
魔女は瞳に魔法陣を展開して青年を鑑定する。
(これはたまげた。こやつのマナ、アイテムを錬成する力に長けておる。
あのやや子を見たあとだから感覚が麻痺しておったがこやつのマナの量も相当じゃ。
こやつならドラゴンもイチコロの魔剣が作れるのう。それにこやつのマナ、妾のからだと相性ピッタリじゃ)
魔女はマナに恋をするーー
「あの、さっきからよだれ垂れていますが大丈夫でしょうか?」
「かまうな、かまうな。好きなだけこの箱庭を通るがよい」
「ありがとうございます」
「ところでダーリン」
「ダ、ダーリン?」
街イチ図太い神経と評判のダッドも魔女の反応に困惑する。
「魔女に願いを聞いてもらうというのはどういうことかわかるかや?」
そう言って不敵な表情を浮かべて魔女は青年を抱きしめそして口づけをする。
「⁉︎」
「どうした? そんなに驚いた顔をして。代償にダーリンの命を預からせてもらったのじゃ」
魔女の右手には光り輝く球体が握られている。
「い、いったいあなたは何者⋯⋯」
「本当にダーリンは鈍いのう。これでそなたは妾のもの。岩山の玉鋼はいくらでも使ってよい。
だから妾のために魔剣をつくるのじゃ」
「その魔剣をつくれば俺の命は返してもらえるのか?」
「もちろん。だが今宵はもう遅い。妾の屋敷に泊まって愛を語らおうぞ」
3ヶ月後ーー
魔女はダッドをうしろに乗せ箒で空を飛び、ドラゴンが眠る火口にやってくる。
「おった。おった。すやすやと寝息を立てておる」
「マーラ、仕留めるなら今がチャンスじゃないか」
「そうしたいとこじゃが、妾たちのマナが近づいてしまったらアヤツもすぐ目覚める。ほら」
ドラゴンは目を開き、その巨体をゆっくりと起こす。
「ダーリンはここに隠れておれ」
「マーラ!」
魔女は器用にも箒の上に立ってみせる。
そして自分の身長よりも長いロングソードを両手で握りしめて構える。
「ダーリン、約束通りそなたの命じゃ。大事にするのじゃ」
魔女はダッドから奪った輝く命の球体を戻す。
「マーラ、まさか死ぬ気じゃないだろうな」
「そんなつもりは毛頭ない。じゃがアヤツと戦うには命を賭さないと渡り合えん」
眠りを邪魔されたドラゴンが激しく興奮している。
ドラゴンは突進してくる魔女に向かって炎を吐く。
「なんて熱さじゃ。間一髪避けたのに避けたのに妾の美しい顔から右半身が焼け爛れおった。
この代償は大きいぞトカゲ野郎」
魔女はドラゴンを挑発するように鼻っ面を横切り、真上に飛ぶ。
目で追っていたドラゴンは真上を見上げると太陽の光に目を眩ませる。
その隙をついた魔女はツノめがけてロングソードを薙いだ。
一筋の斬撃の光がツノをドラゴンの頭から切り離す。
ツノはダッドのすぐ脇に落ちてきてその巨大さゆえ、ダッドは吹き飛ばされ近くの岩に背中を強く打つ。
「うっ!」
見上げると魔女の右腕を宙を舞い目の前に転がってくる。
「マーラッ!」
「妾は大丈夫じゃ。その腕も火傷もマナがあればすぐ治る。
その前にアヤツをもう一度眠らせないとな」
「トドメを刺さないのか?」
「妾の目的は達した。それにこのドラゴンを倒すのは妾の役目ではないからのう」
ドラゴンの目の前に魔法陣が発現。
ドラゴンは眠たそうに瞼を閉じて、その巨体を地面に倒した。
「このドラゴンなかなかやりおる。ダーリンがせっかく打ってくれた魔剣がもう刃こぼれしておる。
では、ダーリン、転移魔法で公爵のところに参るぞ」
魔女とダッドが魔法陣を潜ると、シュレール公爵家の屋敷の中へと出てくる。
突然のことに腰を抜かす公爵夫妻。
「なんじゃその化け物を見るような目は。まぁこんな格好では致し方ないか。
ほれ、約束通り薬を持ってきたぞ」
「ありがとうございます。魔女様」
尊大な態度だった公爵が泣きながら床に手をついて頭を下げる。
「報酬として金はもちろん頂くが、これだけの大けがしたのじゃ。
そなたたちからマナを頂かなくては割に合わん」
土下座する公爵の下から魔法陣が発現し彼を飲み込む。
すると魔女の右腕がくっつき再生する。
だが、魔法陣に飲み込まれた公爵の身体は30歳から一気に90歳へと老け込んだ。
「うむ。シュレール公爵ひとりでは火傷までは治らんか。ではーー」
魔法陣は公爵夫人やメイド、護衛の騎士に至るまで、屋敷に居た若い人間たちの前に発現してその若さを吸収していった。
「これで美しい妾の姿に戻れた」
「魔女様⋯⋯なぜこのような」
「魔女と契約するとはこういうことじゃ」
「そ、そんな⋯⋯」
「それにそなたはほしいものはなんでもくれると妾に言うたな。ではそなたの息子を頂いていく」
公爵の嫡男が魔法陣に乗せられて廊下の向こうから飛んでくる。
魔女の薬が効いたようで症状が落ち着きぐっすりと眠っている。
「その子だけはお返しくださいませ魔女様」
「そなたはグレイルというのか。よい名じゃ。グレイル、そなたの運命は妾が頂いた。
これからどこぞの貴族家に売り払い、そなたはそこで自分の運命に抗い剣の腕を磨いて勇者となるのじゃ」
公爵夫妻の悲痛な悲鳴を聞きながら、魔女は4歳の男の子を連れダッドと一緒にシュレール公爵家の屋敷をあとにした。
魔女の箱には戻った魔女はお気に入りのロッキングチェアに腰をかけて羽を伸ばす。
「これでひと段落じゃ。やっぱここに座っているときが一番落ち着くのう」
「マーラ! あれはやりすぎだやりすぎじゃないのか!」
ダッドは怒りを堪えながら魔女に詰めよる。
「これが魔女という生き物じゃ⋯⋯」
魔女は物憂げな表情でダッドから顔を背ける。
「ダーリンはここを去るつもりかや?」
「依頼された魔剣は作った。これでマーラからの依頼はここまでのはずだ」
魔女はそっと自分のお腹に手を乗せてさすりだす。
「妾たちを置いていかないでほしい⋯⋯」
「まさかーー」
「妾のお腹にはそなたのやや子がおる」
ダッドは魔女に誘われるまま、魔女のお腹に耳をあてる。
妾たちの子は100年に一度の逸材じゃ。
妾にはわかる。
この子は必ず世界中の人間たちが畏怖する“厄災の魔女”となることをーー
先ほどまでの全身が熱くなるような高揚が嘘のようだ。
「これで私も魔女か⋯⋯」
私の上に身体を重ねていたグレイルが果てた直後、物憂げにドラゴンと戦ったときのことを語りはじめた。
ドラゴンーー
それは人間たちが築き上げてきた文明や営みを一瞬にして破壊する魔獣(モンスター)。
背中の大きな翼を羽ばたかせて天から舞い降り、教会の大聖堂を凌ぐその大きさで人間たちを見下ろす。
紅く硬い鱗に覆われた全身によっていとも簡単に砦の壁は破壊され、人間たちを建物ごと踏み潰けにしていく。
そして口から吐く炎によって街は焼き払われ、その圧倒的な暴力に神の怒りの化身とまで称した人物もいた。
勇敢にもドラゴンと剣を交えた勇者グレイルは本来2本あるはずのドラゴンのツノが一本しかなかったことを記憶していた。
それは勇者グレイルより前にドラゴンに挑んだ人物がいたことを示す。
その答えは20年前に遡るーー
王家に連なる名家シュレール公爵家はとある問題を抱えていた。
4歳になる公爵家の嫡男が高熱にうなされ1ヶ月以上も床に伏せていたのだ。
父親である公爵は直轄領の内外を問わず医師をかき集めた。どれも王族や貴族たちから信頼される優秀な医師ばかりだ。
だが、そんな医師たちがどんなに手を尽くしても我が子の病状は一向に回復しない。
日に日に衰弱する我が子に公爵夫婦は不安な毎日送った。
憔悴しきった公爵夫婦をみかねた医師のひとりがこぼす。
「この世界にはどんな病も治すことができる薬をつくる最高位の薬師が存在しますーー」
周りの医師たちが『よせ!』と、顔色を変えて制止する。
藁にも縋る思いの公爵はその言葉にすぐさま反応する。
「なぜそのような者がいるとはやく教えてくれなかった!」
言わんこっちゃない⋯⋯
医師たちが顔を背ける。
「口にするのも憚れる存在だからですよ。できれば言いたくなかった⋯⋯」
「頼むから教えてくれッ! そのものはいったい何者なのだ?」
『魔女です』
瞳孔が開いた表情で公爵はゴクリと息を呑む。
ーー満月の夜
その魔女は箒に乗って公爵夫妻の目の前に現れた。
「そなたたちじゃな。妾(わらわ)の力を必要としている貴族というのは」
「私たちだ。はやく息子を見てくれ」
バルコニーの手すりから乗り出すようにして懇願する公爵夫妻を見て魔女は深いため息を吐く。
「そなたたちは魔女との契約がどんなものかわかっていないようじゃの」
「金ならいくらでも出す。はやく息子をッ!」
「安く見られたものじゃの。ではやや子のところに案内せよ」
「こっちだ」
公爵ははやる気持ちを抑えられずそわそわとした様子で息子が眠る寝室に魔女を通す。
「なるほどの。わかったぞ」
今までたくさんの医師たちが全身くまなく見ても辿り着けなかった息子の病状を
魔女はほんの一瞬、一目見ただけで見抜いた。
「このやや子のマナ(魔力)の総量が通常の人間より大きいのじゃ。これは魔王にも匹敵するのう。
じゃが、膨大すぎるがゆえに、この小さい器ではコントロールが効かず耐えられないのじゃ。
このままではやや子が必死になって押さえつけているマナが一気に放出して、街ひとつが吹き飛ぶほどの爆発を引き起こすのう」
“マナ”
それはこの世界に住むすべての生物が持つ生命の根源的な力。
一般的な人間はマナの力がすべて体内の生命エネルギーに活用されているため、マナそのものを実感することはないが、
マナの量が通常より多い人間の場合はその余ったマナが異能力となって体外に放出される。
獣の場合は魔獣(モンスター)となって人々の生活を脅かすため、そういった者の多くは魔術師や戦士、冒険者となって貴族や王宮、冒険者ギルドに雇われ重宝される。
「どうしたらいいのだ」と、公爵は膝をついて魔女のローブにしがみつく。
「触るな! 身体中のリンパに溜まっているマナをうまく全身に流してやらねばならん。そのためにはちーとばかし厄介な薬が必要じゃのう」
「ほしいものはなんでもくれてやる!魔女よ。はやくその薬を息子に」
「よくぞ言った。ならば用意してやろう。ドラゴンのツノの粉末を」
窓からのぞく満月を背に魔女は大見栄をきった。
とは言ったものの⋯⋯
魔女の箱には戻った魔女はロッキングチェアに腰をかけてしばし考え込む。
「さて、どのようにしてあの硬くてすばしっこいドラゴンからツノを頂戴しようかのう」
魔女にはアテがあった。東の方にある山脈の火口付近に1匹のドラゴンが棲んでいる。
「よりによって炎龍タイプじゃ。妾の攻撃魔法でもあの硬い鱗は砕けんじゃろな。
ほんのわずかの間、気を失っててくれれば好都合なんじゃがな」
『たのもー』
入り口の門の方から若い男性の声が聞こえてくる。まさかのことに魔女は思わずドキッとした。
「結界がはってあるこの箱庭に人じゃと?」
魔女が門を開けると大きめの皮袋を肩に背負った青年が立っていた。
「そなた何者じゃ?」
「俺はダッド・グランツっていいます。鍛治師をしています。
こんな夜分にすみません」
「ほう、その鍛治師とやらがなぜこの箱庭に」
「あの岩山目指して山道を歩いていたらこの場所に辿り着いただけですけど⋯⋯」
「そなた! 妾の結界をいとも簡単に破ってきたのけ? いったい何者じゃ」
「だから鍛治師です。あの岩山に玉鋼を採取したくて、できれば近道となりそうなこの庭を横切らせていただけないでしょうか」
「そなた、他人から図々しいと言われんか?」
「ま、まぁ⋯⋯」
めんどくさく感じた魔女は青年の頼みを断ろうと扉を閉じようとする。
ふと、ドアノブを握る魔女の手が止まる。
“鍛治師”
ひょっとすると、コヤツは使えるかもしれない。
魔女は瞳に魔法陣を展開して青年を鑑定する。
(これはたまげた。こやつのマナ、アイテムを錬成する力に長けておる。
あのやや子を見たあとだから感覚が麻痺しておったがこやつのマナの量も相当じゃ。
こやつならドラゴンもイチコロの魔剣が作れるのう。それにこやつのマナ、妾のからだと相性ピッタリじゃ)
魔女はマナに恋をするーー
「あの、さっきからよだれ垂れていますが大丈夫でしょうか?」
「かまうな、かまうな。好きなだけこの箱庭を通るがよい」
「ありがとうございます」
「ところでダーリン」
「ダ、ダーリン?」
街イチ図太い神経と評判のダッドも魔女の反応に困惑する。
「魔女に願いを聞いてもらうというのはどういうことかわかるかや?」
そう言って不敵な表情を浮かべて魔女は青年を抱きしめそして口づけをする。
「⁉︎」
「どうした? そんなに驚いた顔をして。代償にダーリンの命を預からせてもらったのじゃ」
魔女の右手には光り輝く球体が握られている。
「い、いったいあなたは何者⋯⋯」
「本当にダーリンは鈍いのう。これでそなたは妾のもの。岩山の玉鋼はいくらでも使ってよい。
だから妾のために魔剣をつくるのじゃ」
「その魔剣をつくれば俺の命は返してもらえるのか?」
「もちろん。だが今宵はもう遅い。妾の屋敷に泊まって愛を語らおうぞ」
3ヶ月後ーー
魔女はダッドをうしろに乗せ箒で空を飛び、ドラゴンが眠る火口にやってくる。
「おった。おった。すやすやと寝息を立てておる」
「マーラ、仕留めるなら今がチャンスじゃないか」
「そうしたいとこじゃが、妾たちのマナが近づいてしまったらアヤツもすぐ目覚める。ほら」
ドラゴンは目を開き、その巨体をゆっくりと起こす。
「ダーリンはここに隠れておれ」
「マーラ!」
魔女は器用にも箒の上に立ってみせる。
そして自分の身長よりも長いロングソードを両手で握りしめて構える。
「ダーリン、約束通りそなたの命じゃ。大事にするのじゃ」
魔女はダッドから奪った輝く命の球体を戻す。
「マーラ、まさか死ぬ気じゃないだろうな」
「そんなつもりは毛頭ない。じゃがアヤツと戦うには命を賭さないと渡り合えん」
眠りを邪魔されたドラゴンが激しく興奮している。
ドラゴンは突進してくる魔女に向かって炎を吐く。
「なんて熱さじゃ。間一髪避けたのに避けたのに妾の美しい顔から右半身が焼け爛れおった。
この代償は大きいぞトカゲ野郎」
魔女はドラゴンを挑発するように鼻っ面を横切り、真上に飛ぶ。
目で追っていたドラゴンは真上を見上げると太陽の光に目を眩ませる。
その隙をついた魔女はツノめがけてロングソードを薙いだ。
一筋の斬撃の光がツノをドラゴンの頭から切り離す。
ツノはダッドのすぐ脇に落ちてきてその巨大さゆえ、ダッドは吹き飛ばされ近くの岩に背中を強く打つ。
「うっ!」
見上げると魔女の右腕を宙を舞い目の前に転がってくる。
「マーラッ!」
「妾は大丈夫じゃ。その腕も火傷もマナがあればすぐ治る。
その前にアヤツをもう一度眠らせないとな」
「トドメを刺さないのか?」
「妾の目的は達した。それにこのドラゴンを倒すのは妾の役目ではないからのう」
ドラゴンの目の前に魔法陣が発現。
ドラゴンは眠たそうに瞼を閉じて、その巨体を地面に倒した。
「このドラゴンなかなかやりおる。ダーリンがせっかく打ってくれた魔剣がもう刃こぼれしておる。
では、ダーリン、転移魔法で公爵のところに参るぞ」
魔女とダッドが魔法陣を潜ると、シュレール公爵家の屋敷の中へと出てくる。
突然のことに腰を抜かす公爵夫妻。
「なんじゃその化け物を見るような目は。まぁこんな格好では致し方ないか。
ほれ、約束通り薬を持ってきたぞ」
「ありがとうございます。魔女様」
尊大な態度だった公爵が泣きながら床に手をついて頭を下げる。
「報酬として金はもちろん頂くが、これだけの大けがしたのじゃ。
そなたたちからマナを頂かなくては割に合わん」
土下座する公爵の下から魔法陣が発現し彼を飲み込む。
すると魔女の右腕がくっつき再生する。
だが、魔法陣に飲み込まれた公爵の身体は30歳から一気に90歳へと老け込んだ。
「うむ。シュレール公爵ひとりでは火傷までは治らんか。ではーー」
魔法陣は公爵夫人やメイド、護衛の騎士に至るまで、屋敷に居た若い人間たちの前に発現してその若さを吸収していった。
「これで美しい妾の姿に戻れた」
「魔女様⋯⋯なぜこのような」
「魔女と契約するとはこういうことじゃ」
「そ、そんな⋯⋯」
「それにそなたはほしいものはなんでもくれると妾に言うたな。ではそなたの息子を頂いていく」
公爵の嫡男が魔法陣に乗せられて廊下の向こうから飛んでくる。
魔女の薬が効いたようで症状が落ち着きぐっすりと眠っている。
「その子だけはお返しくださいませ魔女様」
「そなたはグレイルというのか。よい名じゃ。グレイル、そなたの運命は妾が頂いた。
これからどこぞの貴族家に売り払い、そなたはそこで自分の運命に抗い剣の腕を磨いて勇者となるのじゃ」
公爵夫妻の悲痛な悲鳴を聞きながら、魔女は4歳の男の子を連れダッドと一緒にシュレール公爵家の屋敷をあとにした。
魔女の箱には戻った魔女はお気に入りのロッキングチェアに腰をかけて羽を伸ばす。
「これでひと段落じゃ。やっぱここに座っているときが一番落ち着くのう」
「マーラ! あれはやりすぎだやりすぎじゃないのか!」
ダッドは怒りを堪えながら魔女に詰めよる。
「これが魔女という生き物じゃ⋯⋯」
魔女は物憂げな表情でダッドから顔を背ける。
「ダーリンはここを去るつもりかや?」
「依頼された魔剣は作った。これでマーラからの依頼はここまでのはずだ」
魔女はそっと自分のお腹に手を乗せてさすりだす。
「妾たちを置いていかないでほしい⋯⋯」
「まさかーー」
「妾のお腹にはそなたのやや子がおる」
ダッドは魔女に誘われるまま、魔女のお腹に耳をあてる。
妾たちの子は100年に一度の逸材じゃ。
妾にはわかる。
この子は必ず世界中の人間たちが畏怖する“厄災の魔女”となることをーー
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「なぜこのようなことに…」
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同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
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