女鍛治師のライナ わけあり勇者様と魔女の箱庭でスローライフ

悠木真帆

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第4話 「王都の夜」

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「これで完成よ」

最終調整を終えてようやく完成した剣をグレイルの目の前に置いた。

「おおこれが!」

子供のように目を輝かせるグレイルを見ているとなんだかいい仕事をした気分になる。

「湾曲した剣というのは珍しいな」

「カットラス。取り回しにすぐれているのが特徴ね」

「グリップのところに取り付けた黒い護拳(ガード)もシンプルだけどカッコよくて目を惹くな」

「そうでしょ。そうでしょ。デザインにもこだわっているんだから」

「これはいい。はやく試したい」

「じゃあ、さっそく冒険者ギルドへ行きましょう。先日のホーンラビット討伐の報酬を受け取ったついでに
トーレから少し難易度あげたクエストを紹介してもらっちゃいましょう!」

「今日はテンション高いなライナ」

「だってひと仕事終えたら誰だって気分上がるわ」

「そういうものなのか⋯⋯」

「だけど、これだけは覚えておいて。これはあくまでドラゴンの尻尾による攻撃をしのぐための剣。
致命傷を与えるようなダメージは期待できない。やっぱりツーハンデッドソードじゃないとドラゴンの硬い鱗を両断するのは難しいわ」

「肝に銘じておくよ」

「まぁいざとなれば投げつけてドラゴンの眼を潰すことくらいはできるから。さて、せっかくトーレのところ行くんだから傷薬も持っていくか」

「そういえばライナ。薬にも詳しいんだな。庭先にも見知った薬草がいくつか生えていた」

その言葉を聞いて私は無意識にグレイルを睨みつけていた。

「⋯⋯母親が薬師のようなものだったのよ」

「だから鍛冶屋なのに薬を煎じる道具まで置いてあったのか」

「小さいときに母親にさんざん叩き込まれたのよ。“あなたは100年に一度の逸材”そう言われて。バカバカしい」

「だけど、そのおかげで俺はこうして生きていられる。俺に施してくれた薬、全部ライナが調合してくれたんだろ」

「だから癪に障るんじゃない。私は鍛治師になりたかったの。お父さんの手伝いをするたびよく母親とケンカになってたわ」

認めたくない⋯⋯母親と同じ才能があるなんて。それってもうーー

***

冒険者ギルドーー

「待っていたわ。ライナ! グレイル様」

めずらしくトーレが私の顔を見るなり駆け寄ってきた。

目尻に涙まで溜めているから只事ではない。

「なにがあったの!」

「ゴブリンを討伐に行ったパーティーが今日になっても戻ってきていないの」

「パーティーの等級は?」

「下から2番目、3人組よ」

「なるほど。パーティーとして小慣れてきたから、少し背伸びしちゃったかー」

「私がもう少ししっかり注意しておけばよかった」

「慢心ほど危険なものはないわね。グレイル、いきなり実戦になっちゃったけどいける?」

「任せてくれ」

討伐に向かったのは、剣使いの男女2人に、盾役の男1人の計3人。

3人は同じ村出身で14歳の幼なじみ。2ヶ月前に登録したばかりの新人だ。

とくにリーダー格の男の子は新人ながらグランドウルフを倒したことで気が大きくなり、
それから身の丈に合わない危険なクエストに挑むようになっていったみたい。

身を滅ぼすほどの失敗をする冒険者の典型的なパターンに見事にハマってしまったようね。

残りの2人はその男の子の言いなりってのが想像できる。

***

ゴブリンが棲家にしている山林ーー

「こんなにはやく見つかるなんて⋯⋯」

冒険者パーティー3人組は、身を秘めて一夜を過ごした洞穴がゴブリンに発見されて襲撃を受けていた。

「レイ、もう一度戦えるか!」

「無理よ!肩を斬られて血がたくさん出てるんだから剣を握ることだってできないッ!」

「コリーは毒矢くらって動けないし。クソッこのままじゃパーティーは全滅だ」

「キース⋯⋯」

3人はすでに十数匹のゴブリンに囲まれている。

「すまない2人とも。俺が調子に乗ったばかりに。俺が隙をつくるから、レイはコリーを背負って逃げるんだッ!」

「だけどキースが!」

「いいから逃げろッ!」

そういって剣使いの少年はゴブリンたちに突進していく。

ゴブリンは待っていましたと言わんばかりにケラケラと笑い、少年の剣をかわすと
剣使いの少年の後頭部めがけて石斧を振り下ろす。

その場に倒れ込む少年。

その光景をみて剣使いの少女は悲鳴をあげる。

「いやああああッ!」

『待たせたな!』

一筋の閃光がゴブリンの頭の先から下に向かってまっすぐ走ると紫の血を噴き出しながら真っ二つに割れる。

その向こう側には剣を構えたグレイルの姿。

ゴブリンの注目がグレイルに集まる。

私はその隙をついて剣使いの少女に駆け寄る。

「大丈夫?こいつら賢いから用意周到に罠をはっているの」

少女は目に涙を溜めて震えている。

恐怖と安堵が交差して声も出せない様子。

毒をくらった盾役の男の子も解毒剤を飲ませればまだ間に合う。

「これで全部だ」

そう言って倒したゴブリンの頭を鷲掴みにしたグレイルが現れる。

「早かったわね。アレだけの数。さすが勇者様ってところね」

「勇者⋯⋯様⋯⋯」そうポツリと溢して少女は意識を失う。

「その子大丈夫か?」

「大丈夫、安心して。頭を殴られた子の方も大丈夫そうね」

「おい、ライナ⋯⋯その目どうした?」

「ん?」

「真っ赤じゃないか」

「ただの充血よ。さっさと3人を運ぶの手伝って」

「君はいったい何者なんだ⋯⋯」

***
冒険者ギルドーー

トーレが私の顔を見なり、抱きついてきた。

「ありがとうライナ」

「あらあら泣いちゃって。よしよし」

「ライナのいじわる」

『勇者様ッ!』

頭に包帯を巻いた剣使いの少年がグレイルに駆け寄る。

「人前で勇者様はよしてくれ」

「す、すみません⋯⋯」

「次は無茶するんじゃないぞ」

「はい⋯⋯ですが教えてください。どうしたらグレイルさんのように強くなれますか?
意識は朦朧としていたけど、ゴブリンと戦っているときのグレイルさんがめちゃくちゃ強くてかっこよかったです」

少年はキラキラとした目でグレイルを見やる。

憧れの眼差しを向けられたグレイルはさぞかし喜んでいるかと思ったら、その顔は曇っていた。

「そうだな。まずは剣かな。武器は最初に命を預ける相棒だから、イタズラに選んだりしない」

「グレイルさんの剣カッコいい。しかもあまり見たことない格好だ」

「グランツ・ファクトリー製の剣だからね」

「やっぱり聞いたことがない。勇者様は武器からして違うのか」

「いや、コレはすぐそこの武器屋に売っているんじゃないか」

「ちょっと何言っているのグレイル!」

グレイルは「いいから」と、人差し指を口に当てながらに爽やかな笑顔を向ける。

***

3日後ーー

私たちはトーレに呼び出されて冒険者ギルドにやってきた。

「トーレどうしたんだ急な呼び出しだなんて」

「ライナにお客さんよ」

そう言って、トーレは私とグレイルを奥の部屋に案内する。

どうやらギルド職員が休憩室にしている小部屋のようだ。

その部屋に通されるとそこにはいつぞやの防具屋の店主が待っていた。

「嬢ちゃん、この前は悪かった。お嬢ちゃんが打った剣。うちの店に置かせてくれ」

防具屋の店主はスキンヘッドの頭を私に向けて深々と下げた。

「頭を上げてください。いったい何があったんですか?」

「先日からうちにグランツ・ファクトリーの剣は置いてないかと問い合わせが殺到してな。
なんでも勇者様が使っている剣だとかで冒険者たちの間で噂が広まっているみたいでーー」

あの子たちだな⋯⋯

グレイルがしたり顔でこちらを見ている。

「よかったな」

「う⋯⋯うん」

このグレイルの顔にはムカついたし、手のひら返してきたこの店主の態度も許せないけど、悪い気分じゃない。

それに顔赤くなってくるし、涙出てくるしなんだろう。

だけど、これで⋯⋯これでようやく鍛治師って胸はって名乗れると思うと⋯⋯

もう堪えきれないーー

グレイルは嗚咽混じりに泣く私の頭の上にそっと手を乗せた。

***
翌日ーー

スキンヘッドの店主の経営する武器屋に剣3本をおさめた。

「嬢ちゃん、これが代金だ。これからもよろしく頼む」

「ありがとうございます」

鍛治師として得たはじめての収入ーー

その場で飛び上がりそうになるくらいうれしかった。

冒険者ギルドに向かう道中、お金の入った袋を眺めるたびずっとニヤニヤが止まらない。

「前を向いて歩かないと危ないぞ」

「うん。わかっている」

「まるで子供だな。ところでライナ。そのお金で何を買うんだ」

グレイルの質問にハッと立ち止まった。

「服をーー買おうかな」

「だったら一緒に王都へ行こう。この街からならそう遠くない」

「いいの?」

「こう見えても昔は俺も公爵家の嫡男だったんだ。女性のドレスコードには多少、心得がある」

***

グレイルに連れられ、はじめて王都の地を踏んだ。

どこまでもつづくお店が並んだ大通り、どこかしこも背の高い建物ばかり見るもの全てが目新しくて、目移りばかりしてしまう。

目まぐるしくて当初の目的を忘れてしまいそうになる。

「ついたぞ。ここだ」

レンガづくりのおしゃれな外観のお店。

ちょっと腰が引ける私に、グレイルはそっと手を引いて店内へと案内した。

「店主、この娘に合うドレスとメイクをお願いしたい」

「メ、メイク⁉︎」

「いいから」

店主の女性に促されるまま別室に通され、何色もの生地をあてて、私にしっくりくる色を探している。

その次は採寸。同じ女性でも身体の大きさを調べられるのは気恥ずかしい。

そして私に合うドレスの形を決めたら、今度は鏡の前に座らされる。

プチプチと眉の余分な毛を抜かれるのは痛いがそのあとは動物の毛で作った筆で顔に白い粉を塗りつけていく。

唇には紅を、そしてとかした卵白を髪に塗りこんで立体的な形を作った。

『お客様、お連れの女性のお支度が整いました』

店主がそういうと目の前の幕が開く。

目の前に現れたグレイルが驚いた表情をする。

「変かしら?」

「きれいだ⋯⋯とてもきれいだ」

グレイルは片膝をついて私の手を取った。

「うれしい⋯⋯」

***

夜になっても街は明るく、大勢の人たちが行き交い活気付いている。

花火が上がるからとグレイルは大きな橋の上まで私を連れ出す。

「もうそろそろかな」

「グレイル、王都のことに詳しいんだね。今日のお店とかずっと一緒に居てて別人のようだった」

「以前、王都に住んでいたからね」

「それは公爵家の嫡男だから」

「よしてくれ。俺の家は没落貴族だ。もう嫡男でもなんでもない」

「何があったの?」

「両親が愚かにも魔女に貢いで爵位と財産を失った。
路頭に迷っていた俺を拾ってくれた伯爵家の次男のお付きで王都学院に下宿してたんだ。
そこで王都の歩き方を覚えたんだ」

「じゃあグレイルはどうして勇者に?」

「御家再興のためだ」

グレイルは突然、私を抱きしめて抱えていた思いを吐露しはじめた。

「ドラゴン討伐の報酬は爵位と金。俺はどうしてもほしかった。
この間の少年に英雄を見る目を向けられたときは耐えられなかった。
俺の行動理念に王国を守りたいとか弱き民を救いたいとかいう正義感は存在しない。
俺は俺のことしか考えていない。ドラゴンと戦って命を落としそうになったとき、これは“報い”だと思った」

グレイルも後ろめたさを感じていたのね。

「グレイル⋯⋯私も告白するね。私はきっとあなたから全てを奪った魔女の娘よーー」

「ならこれでお返しだ」とグレイルは唇を私の唇の上に重ねた。

その瞬間、夜空に大きな花火が爆音を鳴らして花開いた。
















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