女鍛治師のライナ わけあり勇者様と魔女の箱庭でスローライフ

悠木真帆

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第3話 「勇者様、冒険者はじめます」

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「それじゃあ剣の構え方見せて」

「初手はこの構えだ」

グレイルは刀身を下に向けた状態で剣の柄(グリップ)を右手で握り、両手を正面に構えた。

逆手持ちか⋯⋯

腰の捻りを加えたアッパーで顎下にまず一撃与えるのね。

格闘術を取り入れた流派か⋯⋯勇者っていうよりはまるで暗殺者(アサシン)のようね。

「もういいか?この構えでジッとしているのはつらいんだが」

「そうね。傷口開いちゃうといけないわ」

「あなたにあった剣のイメージがだいたい掴めた」

「今のでか?」

「そうよ」

さっそく鉛筆を手に取って紙にイメージを書きはじめる。

「その人のクセ次第で合うグリップの形状が異なるのよ。グレイルの場合は刀身に向かって細くなるタイプがいいわ。
三日月形にした方がもっと手に馴染むわね」

「グリップひとつとってもいろいろ形があるんだな」

「あなたの持っていた剣は騎士団によく使われるタイプだったからシンプルなのしか使ったことないのね。
騎士団の場合は数を必要とするからたくさん作りやすいシンプルな形状にするのよ。騎士団は使い手ひとりひとりのこだわりより
安く頭数を揃えることを優先されるから」

「所詮は使い捨ての駒ってわけだ」

「勇者を使い捨てにする王国はないって思いたいけど。あなたの剣をみてたらゾッとするわ」

「勇者だろうと騎士だろうとましてや冒険者だろうと存外、戦士の扱いなんてそんなものだ」

「私はそんなつまらない鍛治師になるつもりはないから。とりあえず刃渡りは60cmってところね」

「おいおい短くないか?」

「リハビリにはちょうどいい大きさよ。おそらくくっついた肉がひっぱられて以前の太刀筋にならないから
このくらいの大きさで慣らしていくしかないわ」

「こんなわずかな時間でよく見てるんだな」

「鍛治師の基本よ」

『いいかライナ。武器というのは使い手の側になって作るんだ』

『扱う人間がグリップを握った瞬間、しっくりくると思えるものがいい武器と言えるんだよ』

『だからまずは扱う人間をよく見ることだ』

鍛治師は見て覚えろっていっていたお父さんが唯一教えてくれたことだ。

「それじゃあ部屋に戻ってゆっくり横になっているよ」

「ちょっと、靴紐、また解けてるじゃない」

「またかすまない」

「いいから、その椅子に座って私が治すから」

屈んでグレイルの靴に触れるとびっくりするほど紐がダルダルで力が入っていない。
おまけに通す穴もズレている。

「ねぇ、グレイル。グレイルは自分の指先に力が入らないことが自覚できないほど愚かじゃないでいしょ」

何度言っても聞かないグレイルの顔を下から睨みつけてやった。

それなのにグレイルは顔を顔を赤くして視線を天井の方に向けている。

「ねぇ、ちょっと聞いているの!」

”⁉︎”

しまった胸だ⁉︎ 男に上から覗かれてしまった⋯⋯恥ずかしい。

「今度、抜糸するとき必ず痛くしてやるから覚えてなさいッ!」

「痛いのは勘弁してほしいな」

一目散に自分の部屋に戻って久しぶりにチェストの引き出しを開けてみる。

うーん、なんか他に服はないかな。

火の粉で穴が空いちゃうからあまりかわいい服とか着たくないんだよなぁ。

袖があると暑いし。

こうなったら母親の⋯⋯ダメだ。

あの人、スカートにはスリット入ってるし、露出度高めのイヤらしい服ばかりだからなぁ。

『伯母さんの服、個性的だったもんねぇ。ライナも似たのかな?』

ってトーレもニヤニヤしてたな。

「おのれッ!」

よし、こうなったら⋯⋯

***

昼下がりーー

グレイルが寝ているお父さんの部屋に作ったお粥を持っていく。

ドアをノックして開けると、グレイルはめずらしくベッドの上でおとなしく寝ている。

やっぱり無理してたんだ。

グレイルからははやくドラゴン討伐に戻らないとっていう焦りを感じる。

「お粥作って来たわよ」

「もう食事の時間か。いつも悪いね」

「傷に効く薬草も入ってるんだから、今度は苦くても残さずちゃんと食べて」

「ハハ⋯⋯この苦さはもう少しなんとかならないかな」

「ダメ」

グレイルは痛みを堪えながらゆっくりと状態を起こす。

「イタタ⋯⋯相変わらず手厳しいなライナは」

グレイルは見上げるように私を見やると驚いた声をあげる。

「どうしたんだライナ! その格好」

「何ってケープよ」

「髪でも切るのか?」

「鉄を打つとき以外はこの格好することに決めたのよ。イヤらしい視線を感じるから」

「不可抗力なんだから勘弁してほしいな⋯⋯まさか外に行ってもその格好でいるつもりなのか⋯⋯」

「もちろん」

「それだと冷たい視線が飛んでこないか?」

「うう⋯⋯」

手厳しいのはどっちよ。

恥ずかしくて顔が赤くなるじゃない⋯⋯

***

グレイルがグランツ・ファクトリーにやって来てから1週間が経過。

こうやって2人分の洗濯物を干すことにもだいぶ慣れてきた。

グレイルはあれだけの大ケガだったのに驚くくらいの回復力で、もう木剣を握って素振りをはじめている。

だけど、あいつの抜糸をするのはひと苦労だった。

まったくあまりにも暴れるからベッドの上に羽交締めにさせた挙句、馬乗りにならきゃいけなかったじゃない⋯⋯

「ちょっと暴れないでッ!」

「痛い!痛い!ライナ、もう少し丁寧にやってくれッ!」

「ものすごく丁寧にやってるわよ! 失礼ね。男ならこれぐらい我慢して!」

なんでドラゴンに切り裂かれた傷はやせ我慢できたのに私の抜糸は耐えられないのよ。

「ほら、最後の1本。フンッ!」

「イターイッ!」

「あッ 血が出てきた」

「ライナッ!」

『それで、それでーー』

冒険者ギルドーー

「ライナって積極的だったのねー」

まさかトーレにここまであそばれるなんて⋯⋯

「それでそのときの勇者様はどんな顔してたの?」

「フンッ、トーレ。私だってバカじゃないさ。アイツが鼻の下を伸ばさないように
ケツを顔に向けて糸を抜いてやったわ」

「あらまぁ⋯⋯ライナ、いきなりそんな大胆ね」

⁉︎ ちょっとなにその反応?

『ライナ、息ができない。どいてくれ!』

『グレイルが騒ぐからでしょ! おとなしくして』

思い出したらまた変な汗が出てきた。

「トーレもうそんな顔で私を見ないで」

自分がとんでもなく恥ずかしいことをしてたんだと察した。

「あわわわ⋯⋯」

「あらら狼狽えちゃって。それでライナ、事情はわかったから、はい」

トーレはカウンターにカードを置く。

「グレイル様の登録書よ。勇者様といえどもうちでははじめての登録だから初級冒険者扱いよ」

「リハビリが目的なんだからそれで構わないよ」

「クエストは希望通り、ホーンラビッドの駆除よ」

ホーンラビッドーー

額に一本角が生えたうさぎ型のモンスターだ。

この時期は繁殖期で田畑を荒らしたり、家畜を襲ったりするから農家からの駆除依頼が殺到する。
発情したオスはとくに危険で人に襲いかかることがあるから要注意だ。

「ところでライナ、その格好はなに? 胸に防具にようなもの身につけてるけど。
しかも鉄で頑丈そうね。なんのつもり? 冒険者になるつもり」

「これは貞操を守るためというか⋯⋯」

「それはモンスターから身を守るものよ」

「いや、男だってモンスターといいますか」

「いつまでそんなこと言っているの。男と同棲をはじめたと思って安心したと思ったら、おかしな方向に進んで!
今度一緒に服買いに行くわよ!」

「わ、私はこれで」

トーレの目が開く前にと受付に並んでいる冒険者たちを掻き分けて冒険者ギルドを飛び出した。

***

「おまたせ」

冒険者ギルドの外で待たせていたグレイルに駆け寄る。

「もう登録が完了したのか。すまない手を煩わせた」

「なにを今さら」

本人曰く、冒険者の間では顔が知られているからと中にも入らず、
ホロを頭から被って顔を隠している。

騒ぎになるといけないからだそうだ。

ほどなくして依頼主の牧場にたどり着いた。

「うじゃうじゃといるな」

ホーンラビッドは草むらに身を隠しているが額の角が顔を出しているため、居どころは見つけやすい。

間抜けだが、あの角が一番厄介だ。

猛毒が入っていてかすり傷でも処置が遅れたら死に至る。

「こいつはいっぱいるなぁ」

「そうなのか?」

「何組かのパーティーが駆除を引き受けたけど、ここのは凶暴すぎてみんな途中リタイアしたそうよ。
だからほぼ手付かずで3週間で3倍にまで増えちゃったって。この数は私でもみたことないよ。
あとメスも産後はかなり凶暴になっているからこりゃかなりだな」

「本当にこのモンスターが初心者向けなのか?」

「相手してみたらわかるわよ」

ホーンラビッドの特徴は素早さと跳躍力。

一回のジャンプの高さは2mを超える。

そこら繰り出される前歯を使った攻撃。

これで何人もの冒険者が首を裂かれて命を落としたわ。

しかも賢いから背後といった人間の資格ばかり狙って襲いかかってくる。

動きもランダムで攻撃パターンの予測は不可能。それも数匹まとまって襲ってくる。

「なるほどな。動体視力、観察力、そして適応力が求められる。確かに初心者が鍛えるには打ってつけだ」

そういうとグレイルの目つきが変わる。

私の作った剣を手に構えるとひと呼吸。そして一瞬だった。

3匹同時に襲いかかってきたホーンラビッドをたった一太刀で仕留めた。

「すごい⋯⋯」

「どうだったかな」

うわっドヤ顔。

「グレイルが本当に勇者なのかもって少し思いはじめたくらいかな」

「まだ信じてもらえてなかったんだね」

「じゃあこの調子で続けましょう」

***

太陽が沈みはじめたのを合図に私たちは1日目の駆除を切り上げた。

「20匹か上々、上々。換金もしたし、ホーンラビッドも3匹わけてもらったし、今日はうさぎ肉のシチューにするね」

「ライナ、モンスターも捌けるのか?」

「もちろん。山の中で生活してんだから当然。狩猟で捕まえた鳥とか鹿とか自分で捌けないとお肉食べれないでしょ」

「相変わらずたくましいな」

「待って。いま捌くから」

まずはホーンラビットの角を切り落としてと。

これを1発で切り落とせないと、ラビッドの身体に毒が回って、今度は毒抜きが必要になっちゃうからここは一気に⋯⋯

“ザク”

よし、綺麗に落とせた。

そしたら今度は尻尾の辺りから頭にかけて一気に皮を剥ぐ。

そしたらお腹を割いて内臓を取り出す。

あとはこのまま血抜きすれば下処理は完成ね。

「グレイルはどうだったの? 自分の回復具合」

「まだ4割ってところだ」

あれだけすごくて4割なんだ⋯⋯

「あの素早い動き⋯⋯おかげでドラゴンの尻尾を想定した有意義なトレーニングになったよ」

「だったら狙いどおり」

なーんてね。本当は身体を慣らすのが最初の目的だったんだけどね。

4割か⋯⋯

万全の身体になったらやっぱ、ドラゴン討伐だって、グレイルはすぐここを出ていっちゃうのかな⋯⋯

さびしいーー

⁉︎

さびしい? この私が! 孤独を愛するこの私が⁉︎

いかん、いかん、私は疲れてるんだ。

きっと⋯⋯


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