1 / 8
第1話 「女鍛治師ライナは勇者様を拾う」
しおりを挟む
強面スキンヘッドの店主が手にした短剣を何度も角度を変えながらまじまじと見つめている。
眉間のシワが深くなるにつれ顔の怖さが増してくる。
「この剣、嬢ちゃんがつくったのか? それも3本」
店主は私に一切顔を向けていない。
なのに刀身にときおり映る店主の鋭い眼光が私に緊張を与えてくる。
「そうです」
「そうか⋯⋯」
店主はため息まじりに剣をカウンターの上に置く。
「このお店においていただけるでしょうか?」
「できないな」
「⁉︎ どうして⋯⋯」
「たしかにこの剣は見た目こそよくできている。研ぎ方も上手だ」
「だったら!」
「女がつくった武器は売れない。それが答えだ」
またか⋯⋯
店内を物色している客たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。
『女が打った剣だって』
『すぐ折れたりしてな』
『スライムすらまともに切れなさそう』
「もうわかっただろ嬢ちゃん」
ボロ切れのフードを目深に被ってそそくさと店をあとにする。
これで17軒目、この街の武器屋は全滅。
どこも同じ理由で断られる。
どの店も女というだけで持ちこんだ剣に見向きもしてもらえない。
ここの店主に手に取って貰えたときはさすがに期待値が上がった。
だけど答えは同じ。
店の外に出ると空はどんよりとした雲に覆われていて今にも降り出しそう。
フードの中はもうポツリと降り出しているか。
私、ライナ・グランツが父の工房を継いで鍛治師となってから3ヶ月⋯⋯
いまだにナイフひとつ売れない。
このままでは貯金が尽きるのは時間の問題だ。
次に訪れたのはいとこのトーレが働いている冒険者ギルドだ。
ロールした長い金髪に一見、穏やかそうな印象を与える糸目、思わずツンツンしたくなるような頬。
そんな彼女が受付をしている窓口に、私が調合したキズ薬入りの瓶を並べる。
「ライナ、いつもありがとう」
いつものおっとりとした口調で礼をいうトーレ。
よく切り傷をつくるけどお金がない。そんな駆け出し冒険者向けに安いキズ薬を卸している。
「毎度」
「ねぇ、ライナ、武器の方はどうだったの?」
「まーたいつもの。女だから⋯⋯だってさ」
まぁこんなチビで華奢な体型の私が打ったなんて言ったら、武器屋だって不安になるのはわかるけど⋯⋯
こんなときばかりは“出るとこ出た”トーレの身体がうらやましく思う。
「私はライナのつつましい体型好きよ」
「ちょ、ちょっと私の心を読むなよ」
「だって顔に書いてあるんだもん。だけどおかしいわね。おんなじおばあさんとおじいさんの孫なのにどうしてこうも違うのかしら」
「孫だからでしょ」
「ライナ、それでも女としての身だしなみは怠っちゃダメよ。髪なんてボサボサだし、お肌も手入れしてないでしょ。服装だって」
「ああもう。女だからダメって言われたと思ったら今度は女らしくしろって言われた」
私のおしゃれなんてせいぜい茶色い長い髪をポニーテールにまとめるだけですよ。
服なんて煤で汚れた白い半袖シャツ一枚が基本だし。
「剣だけじゃなくてちゃんと女も磨いてね」
「じゃあその乳よこせ」
「ダーメ。ダーリンのなの」
「ケッ」
トーレの旦那様はここのギルドマスターだ。
「ねぇ、ライナ。この際いうけど、あなた薬屋になりなさいよ。ライナの薬、結構人気なんだよ。
入荷するとすぐ売り切れるんだよ」
「イヤだ。言ったでしょ。私は“グランツ・ファクトリー”のオーナーになったの。鍛治師として認められるまで続けるよ」
「そうやっていつまで山の中でひとりで暮らしていくつもりなの?」
「生憎と山の中だから食べるものには困らないのよ」
「だからって女の子がいつまでもひとりでいたら危険よ」
「それは⋯⋯」
「ライナ、ダーリンとも話したんだけどね、一緒にこのギルドで働かない? ちょうど空き部屋もあるから
ライナがよかったら住んでもかまわないのよ」
「トーレの誘いは嬉しいけど新婚夫婦水入らずの生活をお邪魔するほど私は困ってないよ」
「はぁ⋯⋯今回も平行線ね。だけど今夜も手伝ってくれるんでしょ」
「もちろん」
山を降りて街にやってきた日はトーレのいる冒険者ギルドでバイトをしている。
制服に着替えて、クエスト終わりの冒険者相手にウェイトレスとして精を出している。
「はい。ステーキお待ちどう様」
「お、今日はライナちゃん来てるんだね」
「どうもー」
「お姉さん、こっちのテーブル、オーダーまだー」
「はーい。すぐ行きまーす」
今夜のギルドもクエストの緊張感から解き放たれた冒険者たちで賑わっている。
しかし愛想笑いを振りまく仕事はどうも苦手だ。
冒険者の顔色うかがったり、自慢話に付き合ったり、酔っ払いにケツ触られたり。
我慢することが多くて。
「ライナ、冒険者さんの顔、引っ叩いちゃダメ」
「はーい」
トーレのようなああゆうふくよかな体型の方がなぜか触られないんだよなぁ。
男の方も恐れをなしているというか、敷居が高そうにしているというか。
どちらにせよ理不尽だ。
「ライナ、なんだか失礼なこと考えてない?」
ビクッ⁉︎
「い、いえ⋯⋯」
「ねぇ、私の方を見て」
「はいッ」
ヤバイ、殺される⋯⋯
小さい頃からトーレにジーッと見つめられるとおそろしい。
「あそこのテーブル空いたからはやく食器片付けてね」
「はい!」
あぶなかった次、あの糸目が開眼したら命はない。
テーブルを拭いていると、酔い潰れた冒険者の青年がパーティーメンバーに抱えられながら帰ってゆく。
またひとり、またひとりとうさを晴らした冒険者たちが帰っていった。
こうして夜は更けてゆく。
そして最後のひとり、いつものカウンター席でしんみりとひとり飲んでいたベテラン冒険者がギルドをあとにする。
「トーレ、じゃあ私帰るね」
「ライナ、夜も遅いから今日はここに泊まってきなよ」
「いや、遠慮させてもらう」
「どうしてよ」
「となりの部屋から聞こえてくる熱々すぎる新婚夫婦の夜の営みの声に寝付ける自信ないの私」
「もうライナたら」
「私は大丈夫だから。また今度ねトーレ」
そういって私は走ってトーレの前から立ち去る。
街の灯りがほとんど消えていて辺りが薄暗い。
今晩のギルドはいつもより混んでいたから帰るのも遅い時間になってしまった。
これじゃあトーレが心配するわけだ。
幸い雲がないから月あかりのおかげでまだ歩ける。
このまま走っていけば30分くらいで家に着くかな。
時間はかかるけど“ハッハッハッ”と呼吸を整えて走れば楽チンだ。
寝る前に身体を動かすとぜったい気持ちよく眠れるんだから。
トーレのお言葉に甘えればよかったなんて後悔は決してしていない。
そうだ。明日は太陽より遅く起きてやる。
太陽のヤツがあきれるくらいに。決めた。
それでも帰りの山道は登りだからきついなぁ。
こんな時間に動物に遭遇したくないし。
だから草むらから変な物音とか立てないでよね。
ドキッとするから。
「ようやく我が家の門が見えてきた。ん?」
ちょっと待ってなにアレ?
門柱にあたりにもたれかかっている黒い物体は何?
なんかちょっと動いているし恐い⋯⋯
ここはお母さんの結界の外だし。
グランドウルフとか人を食べるモンスターだったらどうしよう⋯⋯
私がからだをすくませていると、月あかりが黒い物体を照らしはじめた。
「⁉︎」
人だ⋯⋯それも男の人。
しかも血を流して倒れている。
「大丈夫ですか⁉︎」
私はその男の人に駆け寄って声をかける。
「ん、ん、ん⋯⋯」
意識はないが息はまだある。
それにしてもすごい血⋯⋯
硬い鉄の鎧が肩口から胸にかけて裂けている。
「いったい何と戦ったらこんな⋯⋯」
右手に握られている剣なんて真ん中から真っ二つに折れている。
しかし背中にマントがついた鎧なんてただの冒険者じゃない。
「け、剣を⋯⋯剣をつくってくれ⋯⋯」
剣?
もしかしてこの人、お父さんが生きてると思ってここに?
とにかく今は手当が先だ。
「重い⋯⋯」
私は負傷した男性を引きずりながら家の中まで運んだ。
防具を脱がして上着を破いたら本当にすごい傷だ。
肉が裂けてる。
お父さんが使っていたベットに横にして、麻酔薬を口に含ませたら口移しで男性に飲ませる。
そしてお母さんが昔調合した塗り薬を傷口に塗る。
「うッうあああ」
「大丈夫。さっき飲ませた麻酔が効いてすぐ楽になるから」
あとはアリアドネの糸で縫合するしかない。
「もう少しだから我慢するんだよ」
「ああああッ」
縫合も終わり、男性は麻酔の効果で静かに寝ている。
「気づいたら血だらけだな。感染症が心配だから。久しぶりに湯を沸かして身体を洗うか⋯⋯
明日は太陽を拝まず沈むまで寝てやる! 太陽のあっかんべー」
はぁ⋯⋯ひさびさにお湯に身体をつけると疲れがとれる。
うちの庭に温泉が噴き出さないかな。
「さてと、あの冒険者さんも2、3日は目覚めないだろうし、私もさっさと寝よう」
しまった。着替えは自分の部屋だ。
とりあえずタオルだけ巻いて⋯⋯
ん? 工房に灯りがついている。なぜ?
「あ、アレ、私さっき自分でつけたっけ⋯⋯」
おそるおそる中を覗いてみるーー
するとそこには剣を手にした半裸の男性が立っていた。
『きゃあああ』
私は腰が砕けてその場に尻もちをついた。
「す、すまない。驚かせるつもりはなかった」
「あなた⋯⋯」
よく見るとさっき手当した男の人だ。
茶色がかった短髪に凛々しい瞳。
ガッチリとした肉体で立ち上がるとこんなに背が大きいんだという印象だ。
そんなこと言っている場合じゃない。
最低でも3日は起き上がれないはずの大けがだったのに、歩いて立っているこの男は化け物か?
「この剣はいったいなんなんだ⋯⋯これをつくったのはここのオーナーか?」
「わ、わたしです⋯⋯」
「君がコレを?」
ああ、そうだ。
女がつくった剣とバカにされ、笑われた私の剣⋯⋯
「素晴らしいよ」
「⋯⋯すばらしい⁉︎ 私の剣が?」
「そうだ!この剣ならいける。お願いだ俺にドラゴンを討伐できる剣をつくってくれ!」
「ド、ドラゴン⋯⋯」
さっきから何を言っているんだこの男は。
私の剣が褒められて、ドラゴンを倒すとか頭が混乱してきた。
もしかして夢? いや、私疲れているんだ。きっとこれも幻覚の類⋯⋯
てか、ちょいちょいさっきからこの男、私を見るたび視線を逸らしたりするのは何?
不気味だな!
“ハッ⁉︎”
私はおそるおそる視線を落とした。
案の定、尻もちをついた拍子でタオルがはだけて隠さないといけないところがあらわになっていた。
『きゃああああッ!』
眉間のシワが深くなるにつれ顔の怖さが増してくる。
「この剣、嬢ちゃんがつくったのか? それも3本」
店主は私に一切顔を向けていない。
なのに刀身にときおり映る店主の鋭い眼光が私に緊張を与えてくる。
「そうです」
「そうか⋯⋯」
店主はため息まじりに剣をカウンターの上に置く。
「このお店においていただけるでしょうか?」
「できないな」
「⁉︎ どうして⋯⋯」
「たしかにこの剣は見た目こそよくできている。研ぎ方も上手だ」
「だったら!」
「女がつくった武器は売れない。それが答えだ」
またか⋯⋯
店内を物色している客たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。
『女が打った剣だって』
『すぐ折れたりしてな』
『スライムすらまともに切れなさそう』
「もうわかっただろ嬢ちゃん」
ボロ切れのフードを目深に被ってそそくさと店をあとにする。
これで17軒目、この街の武器屋は全滅。
どこも同じ理由で断られる。
どの店も女というだけで持ちこんだ剣に見向きもしてもらえない。
ここの店主に手に取って貰えたときはさすがに期待値が上がった。
だけど答えは同じ。
店の外に出ると空はどんよりとした雲に覆われていて今にも降り出しそう。
フードの中はもうポツリと降り出しているか。
私、ライナ・グランツが父の工房を継いで鍛治師となってから3ヶ月⋯⋯
いまだにナイフひとつ売れない。
このままでは貯金が尽きるのは時間の問題だ。
次に訪れたのはいとこのトーレが働いている冒険者ギルドだ。
ロールした長い金髪に一見、穏やかそうな印象を与える糸目、思わずツンツンしたくなるような頬。
そんな彼女が受付をしている窓口に、私が調合したキズ薬入りの瓶を並べる。
「ライナ、いつもありがとう」
いつものおっとりとした口調で礼をいうトーレ。
よく切り傷をつくるけどお金がない。そんな駆け出し冒険者向けに安いキズ薬を卸している。
「毎度」
「ねぇ、ライナ、武器の方はどうだったの?」
「まーたいつもの。女だから⋯⋯だってさ」
まぁこんなチビで華奢な体型の私が打ったなんて言ったら、武器屋だって不安になるのはわかるけど⋯⋯
こんなときばかりは“出るとこ出た”トーレの身体がうらやましく思う。
「私はライナのつつましい体型好きよ」
「ちょ、ちょっと私の心を読むなよ」
「だって顔に書いてあるんだもん。だけどおかしいわね。おんなじおばあさんとおじいさんの孫なのにどうしてこうも違うのかしら」
「孫だからでしょ」
「ライナ、それでも女としての身だしなみは怠っちゃダメよ。髪なんてボサボサだし、お肌も手入れしてないでしょ。服装だって」
「ああもう。女だからダメって言われたと思ったら今度は女らしくしろって言われた」
私のおしゃれなんてせいぜい茶色い長い髪をポニーテールにまとめるだけですよ。
服なんて煤で汚れた白い半袖シャツ一枚が基本だし。
「剣だけじゃなくてちゃんと女も磨いてね」
「じゃあその乳よこせ」
「ダーメ。ダーリンのなの」
「ケッ」
トーレの旦那様はここのギルドマスターだ。
「ねぇ、ライナ。この際いうけど、あなた薬屋になりなさいよ。ライナの薬、結構人気なんだよ。
入荷するとすぐ売り切れるんだよ」
「イヤだ。言ったでしょ。私は“グランツ・ファクトリー”のオーナーになったの。鍛治師として認められるまで続けるよ」
「そうやっていつまで山の中でひとりで暮らしていくつもりなの?」
「生憎と山の中だから食べるものには困らないのよ」
「だからって女の子がいつまでもひとりでいたら危険よ」
「それは⋯⋯」
「ライナ、ダーリンとも話したんだけどね、一緒にこのギルドで働かない? ちょうど空き部屋もあるから
ライナがよかったら住んでもかまわないのよ」
「トーレの誘いは嬉しいけど新婚夫婦水入らずの生活をお邪魔するほど私は困ってないよ」
「はぁ⋯⋯今回も平行線ね。だけど今夜も手伝ってくれるんでしょ」
「もちろん」
山を降りて街にやってきた日はトーレのいる冒険者ギルドでバイトをしている。
制服に着替えて、クエスト終わりの冒険者相手にウェイトレスとして精を出している。
「はい。ステーキお待ちどう様」
「お、今日はライナちゃん来てるんだね」
「どうもー」
「お姉さん、こっちのテーブル、オーダーまだー」
「はーい。すぐ行きまーす」
今夜のギルドもクエストの緊張感から解き放たれた冒険者たちで賑わっている。
しかし愛想笑いを振りまく仕事はどうも苦手だ。
冒険者の顔色うかがったり、自慢話に付き合ったり、酔っ払いにケツ触られたり。
我慢することが多くて。
「ライナ、冒険者さんの顔、引っ叩いちゃダメ」
「はーい」
トーレのようなああゆうふくよかな体型の方がなぜか触られないんだよなぁ。
男の方も恐れをなしているというか、敷居が高そうにしているというか。
どちらにせよ理不尽だ。
「ライナ、なんだか失礼なこと考えてない?」
ビクッ⁉︎
「い、いえ⋯⋯」
「ねぇ、私の方を見て」
「はいッ」
ヤバイ、殺される⋯⋯
小さい頃からトーレにジーッと見つめられるとおそろしい。
「あそこのテーブル空いたからはやく食器片付けてね」
「はい!」
あぶなかった次、あの糸目が開眼したら命はない。
テーブルを拭いていると、酔い潰れた冒険者の青年がパーティーメンバーに抱えられながら帰ってゆく。
またひとり、またひとりとうさを晴らした冒険者たちが帰っていった。
こうして夜は更けてゆく。
そして最後のひとり、いつものカウンター席でしんみりとひとり飲んでいたベテラン冒険者がギルドをあとにする。
「トーレ、じゃあ私帰るね」
「ライナ、夜も遅いから今日はここに泊まってきなよ」
「いや、遠慮させてもらう」
「どうしてよ」
「となりの部屋から聞こえてくる熱々すぎる新婚夫婦の夜の営みの声に寝付ける自信ないの私」
「もうライナたら」
「私は大丈夫だから。また今度ねトーレ」
そういって私は走ってトーレの前から立ち去る。
街の灯りがほとんど消えていて辺りが薄暗い。
今晩のギルドはいつもより混んでいたから帰るのも遅い時間になってしまった。
これじゃあトーレが心配するわけだ。
幸い雲がないから月あかりのおかげでまだ歩ける。
このまま走っていけば30分くらいで家に着くかな。
時間はかかるけど“ハッハッハッ”と呼吸を整えて走れば楽チンだ。
寝る前に身体を動かすとぜったい気持ちよく眠れるんだから。
トーレのお言葉に甘えればよかったなんて後悔は決してしていない。
そうだ。明日は太陽より遅く起きてやる。
太陽のヤツがあきれるくらいに。決めた。
それでも帰りの山道は登りだからきついなぁ。
こんな時間に動物に遭遇したくないし。
だから草むらから変な物音とか立てないでよね。
ドキッとするから。
「ようやく我が家の門が見えてきた。ん?」
ちょっと待ってなにアレ?
門柱にあたりにもたれかかっている黒い物体は何?
なんかちょっと動いているし恐い⋯⋯
ここはお母さんの結界の外だし。
グランドウルフとか人を食べるモンスターだったらどうしよう⋯⋯
私がからだをすくませていると、月あかりが黒い物体を照らしはじめた。
「⁉︎」
人だ⋯⋯それも男の人。
しかも血を流して倒れている。
「大丈夫ですか⁉︎」
私はその男の人に駆け寄って声をかける。
「ん、ん、ん⋯⋯」
意識はないが息はまだある。
それにしてもすごい血⋯⋯
硬い鉄の鎧が肩口から胸にかけて裂けている。
「いったい何と戦ったらこんな⋯⋯」
右手に握られている剣なんて真ん中から真っ二つに折れている。
しかし背中にマントがついた鎧なんてただの冒険者じゃない。
「け、剣を⋯⋯剣をつくってくれ⋯⋯」
剣?
もしかしてこの人、お父さんが生きてると思ってここに?
とにかく今は手当が先だ。
「重い⋯⋯」
私は負傷した男性を引きずりながら家の中まで運んだ。
防具を脱がして上着を破いたら本当にすごい傷だ。
肉が裂けてる。
お父さんが使っていたベットに横にして、麻酔薬を口に含ませたら口移しで男性に飲ませる。
そしてお母さんが昔調合した塗り薬を傷口に塗る。
「うッうあああ」
「大丈夫。さっき飲ませた麻酔が効いてすぐ楽になるから」
あとはアリアドネの糸で縫合するしかない。
「もう少しだから我慢するんだよ」
「ああああッ」
縫合も終わり、男性は麻酔の効果で静かに寝ている。
「気づいたら血だらけだな。感染症が心配だから。久しぶりに湯を沸かして身体を洗うか⋯⋯
明日は太陽を拝まず沈むまで寝てやる! 太陽のあっかんべー」
はぁ⋯⋯ひさびさにお湯に身体をつけると疲れがとれる。
うちの庭に温泉が噴き出さないかな。
「さてと、あの冒険者さんも2、3日は目覚めないだろうし、私もさっさと寝よう」
しまった。着替えは自分の部屋だ。
とりあえずタオルだけ巻いて⋯⋯
ん? 工房に灯りがついている。なぜ?
「あ、アレ、私さっき自分でつけたっけ⋯⋯」
おそるおそる中を覗いてみるーー
するとそこには剣を手にした半裸の男性が立っていた。
『きゃあああ』
私は腰が砕けてその場に尻もちをついた。
「す、すまない。驚かせるつもりはなかった」
「あなた⋯⋯」
よく見るとさっき手当した男の人だ。
茶色がかった短髪に凛々しい瞳。
ガッチリとした肉体で立ち上がるとこんなに背が大きいんだという印象だ。
そんなこと言っている場合じゃない。
最低でも3日は起き上がれないはずの大けがだったのに、歩いて立っているこの男は化け物か?
「この剣はいったいなんなんだ⋯⋯これをつくったのはここのオーナーか?」
「わ、わたしです⋯⋯」
「君がコレを?」
ああ、そうだ。
女がつくった剣とバカにされ、笑われた私の剣⋯⋯
「素晴らしいよ」
「⋯⋯すばらしい⁉︎ 私の剣が?」
「そうだ!この剣ならいける。お願いだ俺にドラゴンを討伐できる剣をつくってくれ!」
「ド、ドラゴン⋯⋯」
さっきから何を言っているんだこの男は。
私の剣が褒められて、ドラゴンを倒すとか頭が混乱してきた。
もしかして夢? いや、私疲れているんだ。きっとこれも幻覚の類⋯⋯
てか、ちょいちょいさっきからこの男、私を見るたび視線を逸らしたりするのは何?
不気味だな!
“ハッ⁉︎”
私はおそるおそる視線を落とした。
案の定、尻もちをついた拍子でタオルがはだけて隠さないといけないところがあらわになっていた。
『きゃああああッ!』
2
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
生まれつき全身から悪臭を放っていたため、ドクダミ令嬢と呼ばれるシルヴェーヌ。しかし、側にいる者を健康にするという特異体質に目をつけられ、寝たきりだった第二王子ガブリエルの話し相手に選ばれる。長い時間を過ごすうちにガブリエルの体は回復、ふたりの心の距離も近づいていった。だが、強国の姫がガブリエルの婚約者として指名されてしまい…


実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

喋ることができなくなった行き遅れ令嬢ですが、幸せです。
加藤ラスク
恋愛
セシル = マクラグレンは昔とある事件のせいで喋ることができなくなっていた。今は王室内事務局で働いており、真面目で誠実だと評判だ。しかし後輩のラーラからは、行き遅れ令嬢などと嫌味を言われる日々。
そんなセシルの密かな喜びは、今大人気のイケメン騎士団長クレイグ = エヴェレストに会えること。クレイグはなぜか毎日事務局に顔を出し、要件がある時は必ずセシルを指名していた。そんなある日、重要な書類が紛失する事件が起きて……

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる