93 / 100
月野木天音とプリミティスプライムの伝説
第90話 「幸運」
しおりを挟む東坂が死んだ。
私たちのリーダーだ。
”大丈夫。私たちにはまだ、みおちゃんがいる“
正直フェンリファルト軍の士気は最悪だ。
皇都に目前と迫る魔王軍の侵攻をどうしても食い止めることができない。
それでも望みはある。
私たち乾すずの、石動エミルペアの部隊が峡谷を進む魔王軍を後方から奇襲して
そのまま、前方のみおちゃんの部隊と挟撃。
魔王軍は壊滅だ。
やれる私とみおちゃんなら。
『ターン・ヒール!』
エミルの能力で亜人のHPが下がった。
「いまだ!弾幕をはれ!」
谷底に向かっての一斉射撃。
これなら獣のような跳躍力、スピードを持った亜人でもひとたまりもないはずだ。
そして狙い通りに前方の部隊が慌てだした。
いいぞ。その調子で混乱するんだ。
そこへ私が背後から一気に斬り込んで混沌(カオス)を生み出す。
『月光蝶乱舞』
楽勝だ。
さぁ、さっさと逃げなさい。
慌てふためく、獣人の顔が滑稽ね。
全速力で走って逃げたその先にはみおちゃんが待っている。
運が良くて痛みも感じずバラバラかしら。
だけど、私も背後から容赦しない。
私の攻撃は爆発したりするからとても痛いんだから。
「あーら、お久しぶり。魔王城に来てくれた子じゃない」
「⁉︎」
ウソ! なんでここにヴァンパイアの女王がーー
「どうして私がここにいるの?って顔ね。魔王様はすべてお見通しなの。
あんたたちとここでドンパチやれるのを楽しみにしてたわ」
誤算だ。まさか魔王軍No.2のイザベラを後方に回してくるなんて。
この女は如月那由多に倒されてもらうはずだったのに⋯⋯
『ターン・⋯⋯』
エミルが能力を発動しようと右の手のひらを翳して、魔法陣を展開した。
エミルが対ヴァンパイアのために編み出した能力。
不死身の細胞を反転させて寿命を与える。
そうなればお次は“ターン・ヒール”と私の“ターン・アンデット”で倒せる。
「やっちゃってエミル!」
魔法陣を展開するエミルの目の前をシュバッと黒い影が横切る。
「⁉︎」
「うーん。この娘の血おいしい!」
口を上に向けたイザベラがエミルの右腕を鷲掴みにしたまま高くあげて、
引きちぎれたような断面から流れる血液を口の中に流し込んでいる。
「きゃあああッ!」
悲鳴をあげてうずくまるエミル。
いつのまに⋯⋯
「もっといただけないかしら」
「よくもエミルの右腕を!」
『月光蝶乱舞』
攻撃を繰り出した途端、イザベラの姿はない。
“横⁉︎”
彼女の側面からのキックをまともに食らってしまった。
そのまま岩に叩きつけられて、そこから激痛が私を襲う。
「ぎゃあああ!」
腕の骨が折れた⋯⋯
なんて威力なの。
「すずのちゃんだっけ。悲鳴がとてもかわいいから。
たっぷりいたぶってから殺すね」
そう言って今度は反対の手を指ごと踏み潰してきた。
「ぎゃあああ!」
「もっとしてほしいの?」
「絶対、ぶっ殺す」
「なんて?」
ヒールの先端がお腹に⋯⋯
「ぐはっ!」
「あーら。内臓ぐちゃぐちゃかしら。
お口から血まで吐き出しちゃって。もったいないから吸ってあげるね」
イザベラが舌で私の口の周りに着いた血を舐めまわしはじめる⋯⋯
「やめろ!」
「すずのちゃんの血もおいしいじゃない。
いいこと教えてあげる。私の眷属になれば。こんな痛いのも一瞬で治って
今の若さのまま、ずっと私と暮らせるんだよ」
「なんであんたなんかと!」
「本当にいいのかなぁ。断っちゃうとエミルちゃんのように私のかわいい眷属ちゃんのエサだぞ」
「⁉︎」
見やるとうずくまるエミルにたくさんのコウモリが群がっている。
「すずのちゃん⋯⋯」
「エミルをついばむな!」
「そんなこと言ったってあの娘美味しいんだもん。我慢できない」
「させるか!」
ーー
「⁉︎」
飛んできた斬撃がエミルに群がっていたコウモリを真っ二つにする。
「だれ?」
ほんの一瞬、みおちゃんが来てくれたんだと期待が胸を高鳴らせた。
だけどやってきたのはロングの金髪の女性⋯⋯
「月野木天音⋯⋯なの⋯⋯?」
「まーた。新しい女の子? 私は大歓迎よ。だけどその剣はかわいくないわね。
今すぐ捨てなさい。そーしたら、私の眷属ちゃんたちをバラバラにしたこと許してあげる」
「月野木さん逃げて! あなたが戦えるような相手じゃない!」
「「⁉︎」」
一瞬だった。
月野木さんがイザベラとすれ違うように通り過ぎるとイザベラの右腕が宙を舞った。
「なんなのその剣! ヴァンパイアである私が痛みを感じているじゃない!」
「⋯⋯」
「よこしなさいッ!」
月野木さんの背後からコウモリの群れがーー
「月野木さんッ!」
すると、月野木さんに迫るコウモリたちの上から突然、岩が落ちてきてコウモリたちを下敷きにする。
「どうなってる⁉︎ コウモリの姿で察知できないなんて」
岩は私たちが攻め込むときに滑り降りてきた崖の一部が崩れたようだ。
だけど、いったいなぜあのタイミングで⋯⋯
「妾(わらわ)の能力は”幸運“」
「はぁ?」
「紫芝さやかのときは岩が、ミレネラ・ドートスのときはシャンデリアが、
幾度となく妾(わらわ)はこの能力に救われてきた」
「いったいなんなのよ! さっき斬られた腕は再生しないし」
「妾(わらわ)はプリミティスプライム。この世界の神だ」
「神⁉︎ これが魔王様が言っていた⋯⋯たしかに魔王様と互角⋯⋯いや、それ以上の力を感じるわ」
「次はどこがいい」
「⁉︎」
その瞬間、イザベラの膝から下の両脚が切断され、イザベラが 崩れ落ちるようにして転がってうつ伏せになる。
「傷口が熱い! 痛い! なんなの」
イザベラの切断面から蒸気が噴き出している。
「魔王様! 魔王様! 援軍を! ⋯⋯なぜですか魔王様! 援軍を!」
「ずいぶんと子供のように喚く。ヴァンパイアの女王よ。次はその首で良いか?」
「ちょっと待っ⋯⋯」
イザベラの首が私の目の前まで転がってくる⋯⋯
「月野木さん⋯⋯私⋯⋯」
「案ずるな。その程度の傷、ヒーリングするのもたやすい」
「エミルは?」
「この者はすでにヴァンパイアたちにかじられ、炎症を起こした傷口からアンデット化するだろう。
ここは苦しませずに浄化してあげるのが救いだ」
「月野木さん⋯⋯ごめんね。私、人見知りでクラスに馴染めなくて、
それで友達がなかなかつくれなくて、悩んでいたところに月野木さんが高校ではじめての友達になってくれた。
なのに異世界に来て、戦えない月野木さんにひどい仕打ちをしてしまったーー」
「泣かない」
「ありがとう月野木さん⋯⋯」
月野木さんが緑色に光る手のひらを当てるとエミルの体が光の粒になって天に昇っていく。
「許せ」
「月野木さん。私もひどいことを言ってきた。だからこんな弱い私もエミルと同じように光の粒にして⋯⋯」
「ならぬ」
「どうしてよ⋯⋯」
「そなたの死に場所はここではない。参るぞ」
「⋯⋯」
月野木さんが差し伸べた手を私は手にとって立ち上がる。
「行こう」
「うん」
つづく
。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
私、異世界で監禁されました!?
星宮歌
恋愛
ただただ、苦しかった。
暴力をふるわれ、いじめられる毎日。それでも過ぎていく日常。けれど、ある日、いじめっ子グループに突き飛ばされ、トラックに轢かれたことで全てが変わる。
『ここ、どこ?』
声にならない声、見たこともない豪奢な部屋。混乱する私にもたらされるのは、幸せか、不幸せか。
今、全ての歯車が動き出す。
片翼シリーズ第一弾の作品です。
続編は『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』ですので、そちらもどうぞ!
溺愛は結構後半です。
なろうでも公開してます。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
奥様はエリート文官
神田柊子
恋愛
【2024/6/19:完結しました】【2024/11/21:おまけSS追加中】
王太子の筆頭補佐官を務めていたアニエスは、待望の第一子を妊娠中の王太子妃の不安解消のために退官させられ、辺境伯との婚姻の王命を受ける。
辺境伯領では自由に領地経営ができるのではと考えたアニエスは、辺境伯に嫁ぐことにした。
初対面で迎えた結婚式、そして初夜。先に寝ている辺境伯フィリップを見て、アニエスは「これは『君を愛することはない』なのかしら?」と人気の恋愛小説を思い出す。
さらに、辺境伯領には問題も多く・・・。
見た目は可憐なバリキャリ奥様と、片思いをこじらせてきた騎士の旦那様。王命で結婚した夫婦の話。
-----
西洋風異世界。転移・転生なし。
三人称。視点は予告なく変わります。
-----
※R15は念のためです。
※小説家になろう様にも掲載中。
【2024/6/10:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる