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月野木天音とプリミティスプライムの伝説
第89話「プリミティスプライム」
しおりを挟む魔王軍による迎賓館襲撃事件から4年が経った。
「あかね⋯⋯アンジュちゃん⋯⋯鷲御門君。そしてみんな⋯⋯」
あの日以来、私はリグリット村で暮らしている。
こうして亡くなったクラスメイトたちのお墓参りをするのが私の日課だ。
「領主様ー! 」
「あっ! レルク君」
「お墓参りの帰りですか?」
「うん。そうだよ。レルク君はどうしたの?」
「長老の家の石垣が崩れたんで修理にいくとこなんです」
レルク君は身長も大きくなって村の自警団団長として活躍している。
来月にはイレナちゃんとの間に子供が産まれるからなおのことはりきっている。
「気をつけてね」
「⁉︎ はっはい」
「?」
レルク君が私の顔を見て急に顔を紅く染めた。
「どうしたの?」
「い、いや、なんだか最近の領主様は髪も伸びて大人ぽいというか美人だなと思って⋯⋯」
「⁉︎ ーー」
「す、すみません。俺、急ぐんで。領主様もこれから病院ですよね。お気をつけて」
「そうかーー」
暖かさを告げる春の風が髪の毛をなびかせる。
バッサリと切り落とした髪も気づけばその時の長さよりも長く伸びている。
「大人か⋯⋯もう20歳(はたち)過ぎちゃったもんなぁ」
成人式⋯⋯あかねと振袖を着て出たかったなぁ。
お父さん、お母さん、ごめんね⋯⋯
***
3年前、リグリット村に小さな病院ができた。
”櫻井診療所“
村唯一の医師はクラスメイトの櫻井濯斗(たくと)君だ。
「やぁ、月野木さん」
櫻井君の家は代々お医者さんで櫻井君も医者を目指していた。
だけど、修学旅行中の異世界転移でその夢は絶たれた。
与えられたチート能力は樹木から物質を生み出す”錬成“と、
医学とはまったく関係無い能力だった。
それでも櫻井君はこの異世界にゴム製品を生み出すことに成功して大勢の人たちから感謝されている。
博士が作ってくれた自転車で移動が楽になったのも櫻井君のゴムがあるお陰だ。
意にそぐわない能力でもめげずに活躍する櫻井君。
しかし、医者になりたいという夢は諦めきれなかった。
ヒーラーの能力は攻撃によるダメージは治癒できるけど病気は治癒できない。
そのことに気づいた櫻井君は、異世界の植物を調べながら薬の研究をはじめて、
ついにリグリット村に異世界初となる病院を開業した。
「ディルクさんの様子はどうかな?」
「日に日に食欲が落ちてきてて、おかゆもあまり喉を通らない状態なの」
「うーん。それはあまりよろしくないね。 今度の薬は篠城さんの能力で開発してもらった、新しい植物でつくった薬を試してみようか」
ディルクさんは迎賓館襲撃事件のあと、椿君のヒーリングでダメージは回復したものの、それから体調を崩して寝込むようになった。
はじめはジェネラル・トウサカ率いるウィギレスの陣で私にもできることをしようと隊士さんたちの身の回りのお世話をしながら
魔王軍の戦いに身を置いていたけどディルクさんの病気をきっかけにリグリット村に戻った。
『スキルス性の癌だね』
博士が開発したレントゲンを使って櫻井君が診断してくれた。
以来、私はディルクさんの看病を続けている。
「ミレネラさんの様子はどう?」
「順調に行けば予定日には産まれるかな」
ミレネラさんはミザードさんの子供を身籠って出産も近い。
ミザードさんもレルク君もパパになる。
***
領主屋敷に帰ってきた。
この領主屋敷に暮らしているのはディルクさんと私だけだ。
日中はミザードさんとレルク君が来てくれて、作物の取れ高や村の財政といった事務の仕事に追われている。
「ディルクさん、お薬をもらってきましたよ」
「いつもすまない⋯⋯」
ウェルス王国最強と言われたディルクさんも、もはや見る影もなく痩せこけてしまっている。
薬で進行を遅らせてはいるもののここ半年は寝たきりだ。
「寝汗、拭きますね」
ディルクさんの身体を拭いているとディルクさんの筋肉が日に日に弱くなっているのがわかる。
最近は起きている時間も短い⋯⋯
「トライトエールを⋯⋯君に託したい⋯⋯」
「え? それはディルクさんにとって大事なものじゃ⋯⋯」
ディルクさんは寝たきりになってもトライトエールを布団の脇に置いて片時も手放さなかった。
「この剣は君にこそふさわしい⋯⋯」
「だけど⋯⋯」
「いいんだ」
ディルクさんは重そうなトライトエールをか細い腕で持ち上げて、私の膝の上に乗せる。
「⁉︎」
トライトエールが信じられないほど軽く感じる。
「一説にはこの剣はプリミティスプライムの剣とされているんだ。かつての国王がリグリット村の神殿から授かって宝具としていた。
俺はナユタ少年たちの中からプリミティスプライムが生まれるとしたら、ずっと君だと思っていた。
時が来れば必ず託したいと思っていた⋯⋯」
「ディルクさんダメです。はやく病気を良くしてまたこのトライトエールでカッコいいところ見せてください」
「君にならできる⋯⋯」
「なんで急にこんなことを言うんですか」
「泣かないでくれ。言葉が喋れるうちに託したかった⋯⋯君なら魔王の手からこの世界を救うことができる」
「ディルクさん、私⋯⋯⁉︎」
「ーー」
それは眠るようでした。
涙が溢れでる顔を手で覆い、声を絞り出すように泣きました。
そしてーー
葉賀雲君が瞬間移動のようにあらわれます。
「ジェネラル・トウサカ、魔王クライム・ディオールとの戦闘で討ち死に」
この瞬間、私の中で何かが砕けたのがはっきりとわかりました。
「⁉︎ 月野木⋯⋯髪の色がーー」
私の髪の毛は金色に染まりました。
つづく
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