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魔王降臨

第71話「空席の台座」

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手ぬぐいを頭に巻いて畑の土に向かって鍬を振り下ろす。
一心不乱に何かに打ち込んでいないとどうにかなってしまいそうだ。
ウィギレスの私も、領主の私も、裏切られたひとりのクラスメイトと大勢の死の上に成り立っている。
その真実から逃れるようにリグリット村にこもった。
心配するあかねにも理由を話していない。
今はただクラスから距離を置きたい。
それでも否応なくと、外の情報が逐一入ってくる。
何か変化があるたびにレルク君が駆けつけて来て私に知らせてくれるのだ。
「領主様! 魔王軍がついにフェンリファルトの領内に入った」
「そう⋯⋯」
私にハルト君を責める権利も止める権利もあるのか⋯⋯
思い迷いながら気がつけば魔王軍の動向を気に掛けていた。
そんなときだーー
スマホの着信音が鳴りっぱなしだと、ミレネラさんが私のスマホを手にやってきた。
「アカネじゃないのか? 向こうで何かあったんじゃないか?」
私はスマホすら部屋に置きぱなしにして目を背けてきた。
ミレネラさんが鳴り止まない着信音を気に掛けて持ってくるぐらいだ。
只事ではないはず⋯⋯ためらいながらも画面をタップすると何通も未読のメッセージが残っていた。
開封するとメッセージには“鷲御門逮捕”の文字が踊る。

「⁉︎」

“どうして”という単語がすぐに頭の中を埋め尽くした。
まさか鷲御門君が標的になるなんて⋯⋯
「! しまったーー」
なぜもっとはやく気づかなかったんだ。
私は鍬をその場に捨てて走り出した。
「⁉︎ おい、アマネどうした!」
村にこもっている場合なんかじゃない。
胸騒ぎがする。
ハルト君、ルーリオさん、シルカさん、ロザリーさんーー
裏切られて、追い詰められて、4人が致命傷を負いながら戦う姿が頭の中によみがえってくる。
このままだと、鷲御門君も同じように⋯⋯そんな気がしてならない。
しかし、どうしても分からないことがある。なんで陽宝院君が鷲御門君を?
だって2人はいつも一緒に⋯⋯
やっぱり本人たちに直接聞くしかない。
急ぐために私は土手を滑り降りて、領主屋敷までの道のりをショートカットした。

”鷲御門君を失ってはダメだ”

慌ただしく屋敷に上り込むと、部屋の押入れの奥にしまい込んだウィギレスの制服を引っ張り出す。
着ていた作業着を脱いで、鏡の前で頭に巻いていた手ぬぐいを外す。
「いつのまに⋯⋯」
まとめていた髪がほどけて肩に触れた毛先が経過した時間を教えてくれる。
「ここに初めてきたときは、襟首のあたりだったのに⋯⋯」
Yシャツを羽織って袖に腕を通していると、ミレネラさんが息を切らしながら戻ってくる。
「どうしたんだアマネ。何があったんだよ」
「ミレネラさん、急いでディルクさんを呼んで! これからディフェクタリーキャッスルに行きます」
「はぁ?」

***
鷲御門君が謹慎している部屋を見つけ出してドアを強くノックする。
はじめは無反応だったけど、何度もノックしているうちに中から鍵が解除される音がした。
開いたドアの隙間から私の顔を見るなり鷲御門君は思い掛けないような表情をした。
それほど私がここに来ることが予想外なのか。
キョトンとしている鷲御門君をよそに私は矢継ぎ早に質問をぶつける。
すべて陽宝院君のことを。
「そうか⋯⋯右条は陽宝院の企てでーー」
「その企てが今度は鷲御門君に向かっている。陽宝院君とは仲良かったよね?
あれだけ一緒にいたのに2人の間に何があったの?」
「これだけは知っておいてほしい。俺と陽宝院は仲が良くて一緒にいたわけじゃない」
「⁉︎」
「陽宝院は俺を恐れている」
「⋯⋯なぜ?」
「生徒会長選挙のときだ。俺は乗り気ではなかったが周りからは俺を推す声が大きかった。
そんな俺に危機感を抱いた陽宝院は立候補しないでくれと頼みこんできた」
「あの陽宝院君が?」
「陽宝院の家は代々政治家の家系だ。他人から見ればたかが高校の生徒会長かもしれないが
陽宝院は違う。会長になれなければ陽宝院のキャリアに汚点が残る。だから俺に土下座までしてきた」
「そんな⋯⋯」
「アレは人の先が読める男だ。そうまでしなくてはならないような先が読めていたのかもしれない。
生徒会長になったあとも俺に対する陽宝院の目は変わらなかった。俺にクラス委員長をやらせて近くに置くことで
自分を脅かす脅威にならないように見張っておく。それが陽宝院が俺と一緒にいる理由だ」
「それでも分からない。クラスメイトを誰一人この異世界で死なせないと言っていた陽宝院君が真逆のことをしている。
彼は何が目的なの? クラスメイトを傷つけてまでいったい何を成そうとしているの?」
「それは俺の口からは応えられない。ただひとつ言えるのは月野木、陽宝院が巡らせる思惑の中心にお前がいる」
「?」

「月野木⋯⋯なんでお前がここにいるんだ⋯⋯」

振り向くと、東坂君とあかねが驚いた顔で立ち尽くしていた。
東坂君の手に握られている書類を見て自然と眉間に力が入る。
「そんな目で見るなよ月野木⋯⋯それにディルクさんもミレネラさんもいたのか」
「天音いつから来ていたの?」
「それより陽宝院君よ。なんとかしないと鷲御門君が」
「そうだが⋯⋯」
東坂君に詰め寄ると目線を逸らして表情を曇らせる。
「陽宝院君と会ってたんでしょ! 何か話していなかった? 次の企みにつながるようなこと」
「それは⋯⋯」
東坂君はハッとした表情をする。
「この異世界を治めるには神が必要だとかなんとか⋯⋯って分かるか?」
「プリミティスプライム!」
「は?」
陽宝院君と攻撃力のあるオーラを放つ皇帝陛下の姿が重なる。
「どうして陽宝院君が皇帝と同じことを⋯⋯」
「皇帝?」
あかねが首を傾げる。
「ニュアルちゃんのおじいちゃんのことよ」
「それをなんで天音が知っているの?」
偶然? でも陽宝院君は皇帝がプリミティスプライムになることに執着していたことを
知っているかのような口ぶりだ。
ハルト君と咲田先輩だってこの異世界の神については詳しい説明を避けた。
それなのになぜ?
「鷲御門君、陽宝院君の考えが変わったのはいつ頃かわかる?」
「ダルウェイル国を滅ぼしたあたりだ。ちょうどその頃、参謀として家来にしたと俺だけに異世界人を紹介された」
「!」
「妙な装束を着た西洋人風の糸目の男。髪は金髪、不気味と常に笑顔を浮かべていた」
装束⋯⋯まさか皇帝とプリミティスプライムを生み出そうとしていた教会の信徒⁉︎
「今はこの城を取り仕切る内務卿、ダグラス・オルト殿だ」
「ダグラス⁉︎」

***
その人物とは顔を合わせたことがある。
それもついさっきだ。
3人で鷲御門君のいる部屋を探して吹き抜けのある広間で迷っていると
台座の上に置かれた石像が目に止まった。
「⁉︎ 皇帝⋯⋯」
石像とはいえ迫力がある。
「おやおや、日本人の方が皇帝陛下のご尊顔をご存知とは」
「いえいやあの⋯⋯」
誰?
「申し遅れました。内務卿のダグラス・オルトと申します」
「月野木⋯⋯天音です⋯⋯」
「月野木様。陛下は偉大なるお方でしたよ⋯⋯」
「は、はぁ⋯⋯!あ、あのジェネラル鷲御門のいる部屋はどちらになりますか?」
「それでしたら、背中の通路をまっすぐに進んで突き当たりを右に行ったところです」
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
「そのお召し物はウィギレスの方ですね。任務ご苦労様です」
そんなやりとりがあって逃げるようにその場を後にしていた。

***
私たちは鷲御門君を連れて部屋を出た。
今はなんとしても陽宝院君の思惑から逃れるしかない。
そうしないとまたクラスメイトの誰かが傷つくことになる。
とにかく陽宝院君の意表をつくことが肝心だ。
『予言の域に達している陽宝院の予測を覆せるのは月野木しかいない』と、鷲御門君が話していた。
私が思いつく選択は3つ。
”このまま鷲御門君を連れてリグリット村に逃げる“
”牢屋に入れられた鷲御門派のクラスメイトたちを救出して女王陛下に陽宝院君討伐令を出してもらう“
3つ目は⋯⋯
“魔王軍と手を組む”
さすがに3番目は現実的じゃないか⋯⋯
なによりクライム・ディオールに倒されたのは鷲御門派のクラスメイトばかり。
残った鷲御門派がそれをよしとするわけがない。
廊下を駆けながら思案を巡らせていると先ほどの広間に着いた。
驚いたのは印象的だった皇帝の石像がなく台座だけが残されていた。

「おやおや」

暗がりから微笑みを浮かべたダグラス内務卿が現れる。
「これはこれは月野木様。ジェネラル鷲御門を連れて行く牢はあちらになりますよ」
「ダグラスさん⋯⋯あちらの石像はどうされたんですか?」
「ああ⋯⋯新しい陛下のものと交換しようと思いまして」
「あ、ニュアルちゃんのーー」
「いえいえ、月野木様の像ですよ」
「え?」
「先の皇帝ユークス様は、石像ができあがる前に身罷られてしまいましたがーー」
御子乃木会長⋯⋯
「陽宝院様はおもしろいお方だ。新しい女王陛下である月野木様の石像をもう用意なされるのだから」

「「「⁉︎」」」

「私が新しい女王⋯⋯」
鷲御門君が見上げながら声を荒げる。
「陽宝院! 狙いはニュアルか!」
吹き抜けの二階フロア部分、鷲御門君の視線の先に陽宝院君の姿があった。
「陽宝院君、私が新しい女王陛下ってどういうこと!」
「驚いた。月野木君がそこにいるのは想定外だ。だけど東坂君が鷲御門を逃がすためにここを通ることはわかっていた」
「陽宝院、おまえ!」
「君たちに見せたいものがある」
そう言って指を鳴らすと、揃った靴音が聞こえてきて徐々に大きくなりながら広間に響く。
見やるとライフル銃のような武器を手にしてウィギレスの制服に酷似した白い軍服を着た隊列がやって来る。
「これが魔王討伐軍だ」

つづく
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