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右条晴人とクライム・ディオールの伝説
第59話「ルーリオ・ディオール」
しおりを挟む僕は息を潜める。
木の葉っぱを食べている1匹のグラントガゼルに気どられないように、
岩の陰から機会を探る。
やはりモンスターや獣が隙を見せるのは食べ終わった直後。
するとお腹を満たしたグラントガゼルが木の枝から顔を背けた。
”今だ!“
身を乗り出した途端にグラントガゼルの耳がピクリと動いた。
僕が姿勢を変えたその僅かな風の変化に反応を見せるグラントガゼル。
ここで躊躇はしていられない。
グラントガゼルが危機を察知するより先に高く翔んで、
太陽を背にしながら剣を胴体に突き刺した。
ーー
仕留め終わると、あとは血を抜いて
背負いやすいように縛るだけ。
こうしていると冒険者だった頃が懐かしい。
獣を狩るコツも師匠から教わった。
あれからまだ一カ月しか経っていないのに遠い昔のように感じる。
僕がバラトくらいだった頃、師匠が率いる冒険者パーティーの一団が村にやってきて、
そこで師匠とネウラさん、シルカに出会った。
銀色に光る剣を軽やかに振りさばき、そして杖からは炎の渦がでる。
村を襲う狂暴なサラマンダーから僕たちを守るために戦う師匠たち
冒険者の姿は僕の目にとてもカッコよく映った。
僕も冒険者になりたい。
そう願うようになり、憧れは日に日に強くなって彼らが村を離れるときに、僕は師匠に弟子入りを願いでた。
だけど、僕は人一倍臆病で弱虫。
『お前がモンスターを呼び寄せているんだ!』と、村の男の子たちから石を投げつけられていたときも、
女の子のシルカに守ってもらうような男の子だ。
それでも師匠は快く引き受けて僕をパーティーに迎い入れてくれた。
両親がいなかった僕にとってパーティーが家族だった。
それから7年、一緒に旅を続けて、ラガン領で師匠が冒険者ギルドをはじめたときにはロザリーさんが加わった。
そして、ひとりでダルウェイル国を旅したときにはハルトに出会えた。
はじめは奇妙なやつだなと思っていたけど、今では大切な友人だ。
振り返ると師匠に出会えたおかげで閉ざしていた僕の人生は豊かになったと感じる。
たとえ師匠に及ばなくても僕と出会ったことでバラトとレーナさんの人生が開けるなら僕は嬉しい。
とにかくはお世話になったお礼だ。
肉料理を振舞って2人を喜ばせてあげるんだ。
「おーい!」
「ルーリオ!」
遠くから僕を呼ぶ声がする。
振り向くと、崖を滑りながら降りてくるシルカとハルトとロザリーさんの姿があった。
***
「よっかたぁ。ルーリオが無事で」
僕が行方不明になってから3日間の出来事を説明すると
シルカは深く安堵した様子だった。
「そうだ。ロザリーさん、その2人にこのグラントガゼルの料理を作ってあげてください。
僕だと荒削りというか大雑把になってしまうので」
「はい。でもルーリオさんが作る料理でもその2人は喜んでくれると思いますよ」
「はは⋯⋯」
「なんかたくましくなったな。ルーリオ」
ハルトが僕の顔を見てそう言った。
「そうかな⋯⋯」
***
僕はイリスを合わせた4人を連れてレーナさんの家に戻った。
シルカは僕と同じく難民キャンプの現状に心を痛めた様子でいつもより元気が控えめだ。
「ついたよ」
僕はバラトにお肉を食べさせてあげると言って出てきた。
バラトのことだ。きっと首を長くして待っているに違いない。
少し遅くなってしまったけどごめん。
待ちくたびれたバラトが飛び出してくるのを期待して
「ただいま」と言いながら入り口の幌をめくった。
中に入っていくと、とてつもない違和感が襲ってきた。
バラトの姿どころかレーナさんの返事が返ってこない。
窓がないからこのテントは昼間でも薄暗い。
目を凝らしながら辺りに目を向けて、視線を落とすと
そこに呼吸がとまったバラトが目を見開いたまま倒れていた。
そしてバラトの側には裸のレーナさんが横たわっていた。
「⁉︎」
一瞬にして喉から声が出なくなった。
「どうしたルーリオ⁉︎」
続けて中に入ってきたハルトも絶句する。
「うっ⁉︎」
「よぉ、おかえり後輩」
「⁉︎」
そう言って奥から出てきた声の主は兄弟子ファルドだったーー
***
家の中に入って来た思いがけない人物にレーナは驚愕した表情で立ち尽くした。
「ファルド⋯⋯」
「つれねぇじゃねぇかレーナ。俺なんかよりあんなガキの方がいいなんてな」
にじり寄るファルドはレーナの腕を掴んだ。
「よして!」
ファルドは抵抗するレーナを無理矢理にテーブルの上にうつ伏せの状態にして押し倒す。
「う”っ⋯⋯」
「ほら、もっとケツを突き出せよ」
「あ“ッ!」
「あのガキのと! 俺の! どっちがいいんだ!」
「かあちゃんから離れろ!」
「寄るな! クソガキ、おとなしくしていろ」
駆け寄って来たバラトをファルドが片手で払いのけると、バラトの身体が宙に浮いて飛ばされ、
地面に激しく打ち付けながら転がった。
「バラトッ!」
レーナは、ピクリとも動かなくなったバラトに呼びかける。
「静かにしていろ」
と、ファルドはレーナの顔をテーブルに押し付ける。
「うう⋯⋯」
***
「そう言ってガキの頬を軽く叩いたつもりが首の骨が折れて死んじまってなぁ」
「バ、バラ⋯⋯ト⋯⋯」
ルーリオの顔に絶望が貼りつく。
「レーナもレーナだ。せっかく感じさせてやっているのによぉ。ずっとそのガキの名前を呼び続けやがって。
俺が新しいのをいくらでも作ってやると言っても聞かない強情な女だ」
右条晴人も顔を強張らせながら腹のそこから込み上げてくる怒りを露わにする。
「だから殺したのか⋯⋯」
「そうさ。これでレーナは俺のモノだ。この先、他の男に触れられるぐらいなら、
俺に汚されたままの姿で殺しておいた方がいいと思ってな」
「何コイツ、気持ち悪い⋯⋯」
シルカも嫌悪の目をファルドに向ける。
「兄弟子への口の聞き方に気を付けるんだな、メスガキ」
「イリス、行くぞ」
「うん」
変身したイリスを手にした右条晴人は、シルカと左右同時にファルドに攻撃を仕掛けた。
だが、ファルドが鞘から剣を引き抜く際に吹き荒れる竜巻がテントごと右条晴人たちを吹き飛ばした。
***
右条晴人視点
相も変わらず凄まじい威力だ。
あの一瞬で難民キャンプにあったテントのほとんどが吹き飛んだ。
それに俺たちも地面に這いつくばったまま動けない。
今の突風にどれだけダメージを食らったんだ俺は?
クソ、この異世界にはとてつもない能力を持った人間がいるもんだ。
だけど、これじゃあ俺たちのチート能力なんて何のアドバンテージにもなりやしない。
おいおいもしかして、今さらこの異世界で生きていくための初期装備だったとか言わないよな?
「ほう、後輩。俺の攻撃に立ち続けたままで居られるなんて存外やれるじゃねぇか」
“何?”
ファルドの視線の先に目を向けるとそこにルーリオが立ち尽くしていた。
「見直したぜ」
ルーリオはまっすぐ前を向いてファルドを見据えた。
これだけ離れていても伝わってくる。ルーリオの怒りは相当だ。
「俺はなぁ。このクエッジャに生まれて育った。一応、ここの領主だった奴の息子でなぁ、こう見えてもお坊っちゃんだったんだぜ。
しかし、戦争に負けてからは惨めなもんだった。人買いに連れていかれそうになったレーナのために、厳つい顔した大人たちに殴りかかった。
結果はひでぇもんにボコボコにされてな。レーナもシルヴァっていう幼馴染も完全に震え上がって見ていた。
俺もこのときばかりは強くなりてぇと願った。そしたら通りすがった先生に俺たちは救われた⋯⋯」
ファルドは、俺たちに冥土の見上げと言わんばかりに生い立ちやネルフェネスさんに出会った頃のことを語りはじめた。
「まだ旅の途中だとかなんとか言っていたが、圧倒的なんてもんじゃないあの男の強さは。
その強さは欲しいどころか越えたいとすら思った。俺は迷わず、その場で弟子入りを志願した。
先生に修行をつけられて何年かした頃には帝国最強なんて言われるようになってな。
そうやって俺は求めていた強さを手に入れた。なのに、クエッジャに戻ってみればレーナは、一番臆病でケンカも弱かったシルヴァなんかとガキを作っていやがった。
皮肉なもんだなぁ。いくら強くなっても惚れた女は振り向くどころか弱い奴に掠め取られた。しかも2度もだ」
ファルドが剣先を向けるとルーリオの怒りが強くなった。
地面から湧き上がる青いオーラがルーリオに纏われるようにほとばしる。
髪の毛は逆立ち。左胸の紋章が服の上からでも分かるくらい強い光を放ちはじめた。
むしろ神々しいとさえ思えてくる。
「面白い。あのとき生かしておいた甲斐があった。来いよ。怒りは強さだ」
ファルドがニヤりと白い歯をのぞかせた瞬間、ルーリオとファルドは姿を消した。
そして、剣と剣がぶつかる金属音だけが響いてくる。
あのときと同じだ。ルーリオはネルフェネスさんのように視覚にとらえられない速度でファルドと戦っている。
2人の力は互角⋯⋯いや。
再び2人の姿が見えるようになったとき、ファルドの腕が脚が今まさに切り離れようと血飛沫を上げていた。
ルーリオの強さはすでに兄弟子を超えている。
「いったいなぜだ?」
「僕には5秒先のあなたの姿が見える」
「5秒先?」
「そう。次はあなたの首が胴から離れる」
「⁉︎」
その瞬間、ファルドの首が血飛沫を上げながら、胴を離れて地面に転がり落ちた。
***
ルーリオ視点
レーナさんとバラトそして兄弟子の埋葬を済ますと、これで師匠とあの母子の仇が打てたのかと実感が押し寄せた。
それは同時にレーナさんとバラトの死を受け止めることだった。
「ルーリオはまた大切な人を失ったのか⋯⋯」
と、ハルトがポツリとこぼした。
どうしてだろう。目から流れ出た涙が止まらない。
するとシルカが泣きながら突然、僕に唇を重ねてきた。
「ルーリオのバカ」
***
朝、目が覚めると隣で寝ているシルカの頭を撫でながら
初めてだったシルカを少し乱暴に扱ってしまったことを悔やんだ。
そして同時に決心した。
「シルカ、悲しみの連鎖は僕の手で断ち切る。だからね、これからこの僕ルーリオ・ディオールが開く戦争はそのための戦いなんだ」
***
クライム・ディオール視点
その日、ルーリオ・ディオールは、軍を動かしてクエッジャをガルザ軍から切り取った。
そこからルーリオ軍の勢いは止まらない。そこからわずか2週間のうちにガルザ領の60%を奪い取る快進撃を見せた。
そして運命の日がやってきたーー
ガルザ公爵は立て続けとなった敗戦を皇帝に告げるためディフェクタリーキャッスルを訪れた。
だが、謁見の時間になっても寝室から出てこない皇帝を不審に思ったガルザ公爵は、「失礼する!」と、
寝室のドアをこじ開けて中へ入ると、皇帝はすでにベッドの上で永い眠りについていた。
「皇帝陛下⋯⋯」
***
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花を嗜んでいたユークス新皇太子にすぐさま伝えられた。
その瞬間、ユークス皇太子の顔からあどけない笑顔が消えた。
「おじいさまが⋯⋯左様か」
ユークス皇太子は大人びた表情で立ち上がる。
「そうか。これで道化を演じる必要はなくなったな」
つづく
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