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来たる魔王軍とはみだしモノたちのパーティー
第46話「太陽(ソルス)の紋章」
しおりを挟む扉を開くと私たち4人は知事室前の広間に出る。
そこにはすでに稲葉君が仁王立ちで待ち構えていた。
「逮捕とかふざけているのか? 俺はクラスのために戦っていたんだぞ」
「だとしても稲葉君は、戦争とは無関係な人たちを殺しました。それも知事として守らなければいけない領民です」
「は?少なくとも貴族どもは領民のことをそうは思っていないぜ。奴等にとって領地の広さ、領民の数など己の強さを誇るためのアドバンテージに過ぎない!
日頃、重税で苦しめているクセに都合が悪くなると、すぐに言い逃れの盾に使ってくる。戦(いくさ)は”領民が困る“とか”領民が納得しない“とか言ってな。
どうせ道具くらいにしか思っていないなら殺しても構わないって考えたんだ。怪人をつくる毒を開発するのにもたくさんの実験台が必要だったしな」
「だからって殺していい理由にはならないよ。稲葉君!」
「なるさ! 今まで俺の命令に従わなかった貴族の目の前で領民を殺してやった。そいつは泣きながら地面に頭をついて、あっさり俺に従ったんだ。
効果はあった! 貴族もクラスカーストと同じだ。自分が上位で居られるには虐げる下の奴が必要なんだ。居なくなれば自分が貴族として成り立たない。
どこまでも身勝手な奴らだろ」
「稲葉君はこの異世界の人たちを敵としてしか見ていないから、平気で命を奪えるんだよ」
「俺たちの戦いは異世界人との戦いだ。仲良しごっこじゃねぇ!それに異世界人の奴らなんて幾ら殺しても構わないだろ」
この場で稲葉君の考えを改めさせるのは難しい。
「稲葉君をフェンリファルト皇国に連行します! 裁判で決着を着けましょう。おとなしく投降して」
「下に見てんじゃねぇッ!」
激昂した稲葉君の全身から強いエネルギーが放出される。
踏ん張らないと立っていられない程の強い風が私たちに吹き付けてくる。
「うぉおおおッ!」
唸り声をあげる稲葉君からさらにエネルギーがほとばしると、
次第に稲葉君の全身に変化が現れる。髪は逆立ち、背中から上着を裂いて6本の蜘蛛脚が生えてくる。
そして顔や腕から櫛状の毛が伸びてきてボーダー状のタトゥーが入る。
変身を遂げた稲葉君のオーラが私たちに戦慄を走らせる。
東坂君、あかね、葉賀雲君は緊張を滲ませながら戦闘態勢に入る。
「おいおい、稲葉の奴どこまでレベルが上がるんだ」
「天音、とにかく私から仕掛けるよ」
「お願い、あかね」
あかねが空中に小ぶりの氷塊をいくつも生み出すと
「吹雪け! 氷結」
まるで吹き荒れる吹雪のように氷塊を稲葉君に浴びせる。
だけど、稲葉君も無抵抗のままじゃない。
指の間から蜘蛛の糸を発出して氷塊を粉々に砕いた。
粉雪のように散りばめられた氷塊が稲葉君の頭上でキラキラと輝く。
今度は東坂君が氷塊を利用して電撃を放つ。
「喰らえ! 雷(いかずち)」
雷を帯びた氷塊は稲葉君の頭上で小さな爆発を繰り返す。
連撃は止まらない。
葉賀雲君が高くジャンプして10数本あるクナイを一斉に投げる。
「影縫い」
クナイが稲葉君の影に刺さって身動きを封じると、連鎖爆発によって生まれた
大きな爆発が動けなくなった稲葉君を飲み込む。
私は思わず心の中で“やった”と叫んだ。
爆煙が晴れてくると、白い繭が姿を現した。
スルスルと糸を引っ張るようにして繭が解(ほど)けてくる。
もちろん中からは無傷の稲葉君が顔を出す。
「俺のアリアドネの糸にダメージを与えられると思ったのか!」
「天音、心の中で“やった”とか思ったでしょ?」
「う、うん⋯⋯」
「それ、フラグ」
「ごめん」
「まだだ」と、東坂君が次の攻撃を繰り出そうと前に出る。
すると、東坂君の動きが急にピタリと止まる。
「⁉︎」
東坂君は目で身体に覚えた違和感を辿ると肘の関節から天井へと伸びる白い蜘蛛の糸が巻き付いていた。
気づくとあかねと葉賀雲君にも蜘蛛の糸がーー
3人はまるで操り人形のように四肢を蜘蛛の糸に縛られて、そのまま宙吊りにされる。
「お返しだ」
そう言って稲葉君が両手を握りしめて腕をクロスさせると、3人の関節は無理矢理逆方向に曲げられ
“パキッ”“ポキッ”と、骨が外れる音が響く。
「「「ぎゃああああ」」」
「一応同じクラスの仲間だ。命までは取らないでやる」
今度は3人を壁に勢いよく叩きつける。
壁が砕け飛び散り、粉塵が舞い上がる。
3人は血を流して意識を失ってしまった。
「俺に刃向かうとどうなるかわかっただろ? その点ハンクは賢い」
稲葉君は笑いながらハンク子爵との出来事を話しはじめる。
***
ハンク子爵と共謀して自分を殺そうとしたルドワルド男爵を稲葉君は“殺せ”とハンク子爵に命じた。
苛烈な稲葉君に恐れをなしたハンク子爵は、背中で腕を縛られて身動きの取れなくなったルドワルド男爵を稲葉君の目の前まで連行してきて
地面にうつ伏せにして抑えつけたそうだ。
「ハンク殿!何をする。一緒にかつてのエルドルド様の領地を取り戻そうと約束したではないか!」
必死に抵抗するルドワルド男爵を「黙れ!」と、一蹴し、これ以上、喋られたくないハンク子爵はすぐさま
帯刀していた剣を引き抜いてルドワルド男爵の首を跳ね飛ばした。
物言わなくなったルドワルド男爵の姿を見て我に返ったのか、ハンク子爵は全身の力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
それは稲葉君への恐怖とルドワルド男爵に対する罪悪感の狭間でハンク子爵の心が壊れた瞬間だった。
ハンク子爵は満面の笑顔で涙を流していたそうだ。
***
「そんときのハンクの顔が最高に面白かったぜ。だから褒美に強力な怪人にしてやった」
声に出して笑う稲葉君を見て、自然と彼に剣先を向けた。
そうか。怒っているんだ私⋯⋯
「なんのマネだ? まさかそれ、俺に剣を向けているのか⁉︎ 弱っちい奴がか!」
逆上した稲葉君が私に向けて蜘蛛の糸を飛ばしてくる。
左右大きく広がる蜘蛛の糸。
ルメリアさんから教わったこの構えでもかわしきれないーー
「バラバラになっちまえハズレ!」
蜘蛛の糸が私の眼前まで迫った瞬間、突然糸が千切れた。
「君こそ誰に向かって手をあげているんだ!」
遮るようにして陽宝院君が私の前に立った。
「陽宝院⁉︎」
「陽宝院君!」
陽宝院君の右目の紋章が輝く。
右目から投影された大きな紋章が陽宝院君の身体を通過すると
純白で煌びやかな装飾があしらわれた装備へと服装が変わり、
背中には太陽の光を表した金の装飾が装着される。
陽宝院君の左手に握られている黄金の弓型の武器は“ライジングアーチェリー”
握りから上下に伸びるリムは刃になっていて両剣としても使える。
陽宝院君はさっそく黄金の矢を装填してライジングアーチェリーを構えた。
矢を引っ張って弦が張るたびに、鏃に炎の渦が収束する。
放たれると飛び出した黄金の矢が火の鳥(フェニックス)に姿を変えて稲葉君に迫る。
矢とは思えないまるで本物の鳥のような動きで稲葉君を翻弄すると、そのまま彼の右腕へ被弾した。
「ぐあああッ!」
右肩から腕を失った稲葉君は荒い呼吸で焦燥感に駆られる。
「まずい! 殺される」
右肩の断面はまるで紅く燃える木炭のようになっている。
稲葉君はこの場から逃(のが)れるために、今度は網状に蜘蛛の糸を放ってきた。
陽宝院君は怯むことなく、迫る蜘蛛の糸に飛び込む。
振るったライジングアーチェリーの斬撃が蜘蛛の糸を切断する。
切れた糸の断面は炎をあげて燃えている。
ついに稲葉君に接近して一太刀、二太刀と連続で剣劇を浴びせて胸に大きなバッテンの傷をつけた。
そして三太刀目、リムが稲葉君の首筋に食い込んだ。
「ダメ! 陽宝院君、死んじゃう!」
「⁉︎」と、我に返った陽宝院君は稲葉君ごと壁に突っ込む。
壁に大きな穴が空き、2人の姿が見えなくなった。
しばらくすると舞い上がった粉塵の中から陽宝院君が出てきた。
だけど陽宝院君はその場によろめきながらしゃがみ込んでしまった。
私は急いで駆け寄る。
「稲葉君は⁉︎」
「手応えは無かった。逃げられたようだ」
「ッーー」と、陽宝院君は左の手の甲を抑えて顔を歪める。
手には裂傷ができていて血が流れていた。
「大丈夫、陽宝院君⁉︎」
「問題ない。かすり傷だ」
***
1匹の小さな蜘蛛が瓦礫の上を這っていく。
月野木天音と陽宝院をよそに瓦礫で出来た隙間の中へと入って行きその姿をくらませる。
つづく
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