【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて

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皇帝、魂に刻まれた記憶。

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皇帝は激怒していた。

「何故戻ってきたのだ!! 」 
帝国の皇帝は、元帥が引き換えしていったソルトルアー国の軍を追撃する事もなく帰って来た事に激怒していた。

「そんなことをすれば、また恨みを買うことになる。」
元帥は目を細めて皇帝、兄を見た。

「再び、帝国を滅ぼすつもりか。」
「何を言っている!? 帝国が滅びるわけはないだろう!! 」
「気でもふれましたか? 元帥殿。」
「長年ソルトルアー国に一矢も報えず。世迷い言ですか? 」
元帥の言葉に謁見の間に控えていた貴族たちと皇帝と第二皇子は笑った。 

「父上は、みんなは。まだ、思い出しておられないようだ。」
皇太子が元帥を庇うように前に出た。

「何を言ってるのです、兄上。」
訳のわからない事を言う皇太子に第二皇子は反論しようと声をあげたその時だった。

「うわあぁァァああ!! た、助けてくれ!! 」
「ち、父上!? 」
突然悲痛の叫び声をあげる皇帝に、その場にいる者は驚いた。

「ひいいぃ!! 儂を、儂を助けろ!! 」
「ち、父上、どうなされました!? 」
あの時引き裂かれた体を思い出し、青ざめ必死に自分の体を抱きしめる皇帝に第二皇子は駆け寄った。

「お、お前は、あの時何処にいたのだ!! 何故、儂を助けなかった!! 」
「父上、何を仰られているのですか? 」
独り思い出した皇帝はあの時見かけなかった第二皇子を責め立てる。

「お前が、お前が!! 勝てると言ったのだぞ!! お前も、お前も、あの男に勝てると!! 」 
元帥を差置いて、エセ司令官になった貴族たちも責め立てる。

「お前たちが勝てると言ったから!! 」
何時も戦を仕掛けていた自分の事は棚に上げ、あの時『勝てる』と嘯いた者たちを責め立てた。

「皇帝陛下!? 」
「父上、気をたしかに!! 」
青ざめ憤怒の形相で責め立てる皇帝に、まだ思い出せていない貴族たちは戸惑った。

「ええい、触るな!! 」
蹲る皇帝を支えようと第二皇子が出した手を払い除ける。

「お前はあの時、何処にいた!! 」
「父上、あの時とは? 」
首を傾げる第二皇子。

「誰か、コヤツの首を刎ねろ!! 」
「ち、父上!? 」
皇帝は叫んだ。

「お前の甘言に惑わされたせいで、儂は……儂は…… あの男に体を裂かれ臓物が……腹から……」
蒼白になりながら、ブツブツと呟く。

ただ一人の娘の為に、皇帝の総ての物を滅ぼし命さえも奪おうとしたソルトルアー国の辺境伯リフター・キャンベル。

元帥と皇太子は避難することをすすめ、その言葉に従っていたらあの悪魔のような男に会うことはなかった。恐ろしい目にも合うこともなかった。

体に傷はなくとも、魂にあの時の恐怖が刻まれていた。闇のような黒い髪に、夜獣のように光る琥珀色の瞳。血の匂い、裂かれた体を抱き締め腹からはみ出る物を押えたの臓物生温かさが手に蘇る。

とどめを刺す事さえ忘れ去られ捨て置かれた、虚しさ。あの時、皇帝は生き物ではなく壊れた物になった屈辱。

屈辱、虚しさ、恐怖が皇帝を狂わせる。

「首を刎ねろ!! お前も、お前も、お前も!! いや……腹を裂け、儂と儂と同じ思いを!! 」
皇帝は狂ったように第二皇子や貴族たちに指をさして叫んだ。

「ひひっ、ひひひひっ……あははは!! お前らも儂と同じ思いをしろ!! 」
そして突然笑いだした。

「皇帝陛下……。」
元帥は哀れそうに兄を見詰めた。皇太子は哀しそうに目を閉じた。


「ヒィィィ!! 助けてくれ、儂が悪かった!! 」

皇帝の悲痛な叫び声が謁見の間に響いた処で、何人かの貴婦人が倒れる音がした。青ざめ立ち尽くす者たちや、その場に崩れ落ちる者がいた。
第二皇子もまた狼たちに生きながら臓物を食われる感触を思い出し、その場にへたり込んだ。そして、赤い絨毯を湿らせていた。


帝国の謁見の間に、人尿の匂いが漂っていた。








    
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