上 下
51 / 68

氷の王子、クラウス。それぞれの行動。

しおりを挟む
卒業式が近づくにつれ、アンジェリカの髪はネジに化粧は濃くなっていった。
アルベルトとメイド達は心身ともに、窶れていった。
「アンジェリカ、我が愛しい娘よ。」
「はい。お父様。」
返事をした愛娘は、厚い化粧に覆われ面影はなかった。

最初の頃は、娘の思い人とやらを刀の錆にしょうと思っていたアルベルトだが。今は、娘の暴挙を止めるためには認めるしかないかと思い始めていた。
「婚約解消をしても、いいぞ。」
アルベルトの瞳は、潤んでいた。今にも涙が溢れそうだ。
「アンジェリカの好きなようにすれば、いい。」
もう、涙を止めることが出来ず流れていた。
「俺は、アンジェリカの幸せを願っている。」
涙ながらに訴えた。
アンジェリカは首を振った。
さらさらしていた銀髪は、伸び縮みするバネではなく、ガチガチに硬いネジのようになっていた。髪飾りもかなり盛っている。
「婚約解消はしないわ。」
「アンジェリカ。」
アンジェリカは笑ったが、厚化粧のため分からなかった。
「内乱を起こすわけには、いかないわ。」
「それは俺が、なんとかする。だから、」
「政略結婚ですもの。」
アンジェリカは、扇子を握り締めた。
「大丈夫だ、向こうも婚約解消を望んでいる。」


アンジェリカは父の言葉に、涙が流れそうになった。
(クラウス様は、婚約解消を望んでいるのね。)
「だから、婚約解消をしても大丈夫だ。」

アンジェリカは静かに項垂れた。
(アフロディ様を、愛していらっしゃるのね。)
内乱が起こるかも知れない政略結婚を解消してまで、アフロディを娶ろうとするクラウスに胸を痛める。
「婚約解消はしないわ。」
「アンジェリカ。」

「行ってきます、お父様。」
アンジェリカは、静かに部屋を出て行った。

「まだ、アンジェリカの思い人は分からないのか!? 」
「まだ、何も連絡はありません。」
「くそぅ!! いったい誰なんだ、アンジェリカをあんな風にした馬鹿野郎は!! 」
アルベルトは有り余る苛立ちを、剣の稽古と言って騎士達にあたるのであった。


学園へ向かう馬車の中で、アンジェリカは呟く。
「婚約解消はしないわ。」
(忘れ去られるのはいや。)
自分自身を抱き締めた。

(クラウス様のお心に、残りたい。)
「お二人の邪魔をすれば、きっと私をお嫌いになるわ。」 
アンジェリカは、顔を覆う。
(愛されないなら、いっそ嫌われたい。)
「お母様がお父様の心に、傷を残されたように。」
アンジェリカの母親は、事故で亡くなっていた。ダイアナを護れなかったその事で、アルベルトは心に傷を負っていた。
(私もクラウス様のお心に、傷を残したい。)
「そうすれば、お母様のように覚えていてもらえるかも。ずっと。」
アンジェリカは奮い立った。
「そうよ。アフロディ様を虐めれば、クラウス様はお怒りになって婚約破棄を言って下さるかも知れない。」
アンジェリカは、首を傾げた。
「でも、虐めるって。どうすれば、いいのかしら? 」
虐められた事はあっても、虐められた事はないアンジェリカであった。
「皆様は、良く私の事を田舎者と。」
アフロディは、王都育ち。
「『この、王都育ち。』と、虐めればいいのかしら? 」
首を傾げる。
「艶やかなアフロディ様。」
(私がどんなに頑張ってもクラウス様は、気づいても下されない。)
アンジェリカは首を振る。
(むしろ暫くは、挨拶さえ。合ってさえいないわ。)
「田舎者が、艶やかな格好をしても似合わないと、呆れていらっしゃるのでしょうか。」
アンジェリカは、深く深く悩んでいた。

そしてシルビアは、責められていた。学園の玄関で愛すべきピュア様を待つ、取り巻き令嬢達に。
「アンジェリカ様を、どうにかして下さいまし。」
「そうですわ。あの縦ロールだけでも、やめさして下さいませ。」
「困るのよ、シルビア。ロディ様が、縦ロールに憧れて。」
シルビアは、目を反らした。
「私だって、頑張ってるのよ。色々と。」
シルビアは、涙が出た。
「でも、聞いてくれないの。」

「それが、ピュア様の特徴なのよ シルビア。」
「思い込んだら一直線。」
「脇目を振らず突き進む。」
取り巻き令嬢達は、代わる代わる立ち回り説明をする。
「その軌道に乗る前に、違う道へと誘導する。」
「それがピュアでない者の務め。」
「私達のする事なのよ、シルビア。」
キャシィは、シルビアを指差した。シルビアは目から鱗が落ちるように、涙を流した。
「でももう、軌道に乗ってしまったわ。どうすれば。」
シルビアは、項垂れた。
「情けなくってよ、シルビア。」
キャシィは、手を取った。
「そうですわ。私達、力になりますわ。」
バーバラは、左の肩に手を置いた。
「アンジェリカ様を護る事は、ロディ様を護ること。」
アリスは右の肩に、手を置く。シルビアは、涙を拭った。
「ありがとう、みんな。」
アリスは、右腕を空へと指差した。その方向を、みんなは見た。
「私達が、ピュア様を護るのです。あの星に誓って。」
朝なので、星は出ていない。
「「「はい。」」」
シルビアと二人の令嬢は、アリスの言葉に返事を返した。
「感動です。素晴らし女の友情ですわ。」
シルフィは、祈るように姉達令嬢を尊敬の眼差しで見ていた。目元に、涙が光った。
周りの学生は、いつの間に彼女らが仲良くなったか頭を捻った。


「キャーーッ、助けて。」
二階の窓から女性が、落ちてきた。下にいたクラウス達、アルバートは受け止めた。
キャロットで、ある。
「大丈夫か? 」
「はい。恐かったです。」
キャロットは、頰を染めた。
アルバートは、女性を下ろした。キャロットは弱々しく、しだれ掛かる。
「ありがとうございます、アルバート様。」
キャロットはここ一番、可憐に微笑んだ。
「そうか、今度からは気をつけて。」
アルバートは、直ぐに手を離した。キャロットは、ふらついてクラウスに倒れかかる。クラウスは避け、キャロットはそのまま地に倒れた。
(なぜ、避けるのよ。)

「ああ、痛~い。」
甘えるような声を出す。
「大丈夫? 」
アルファはしゃがみ込んで、声を掛けた。
「ありがとうございます、アルファ様。お手を、」
キャロットは、手を差し出した。その手は何時ものように、空を切っていた。
既に、クラウス達はそこにはいなかった。
「嘘でしょう!? 二階から落ちて来たのよ。」
クラウスに近づく為に決死の思いで、飛び降りたと言うのに。
「そんな女性を置いていくの? 」
キャロットは、クラウス達には常識が通じないと思った。
常識人のジェームズは、そこにはいなかった。


クラウスは隠れていた。
学園についたアンジェリカを、影ながら追っていた。
「クラウス、いい加減にしないか。」
「黙れ、地獄の使者よ。アンジェリカに、気付かれる。」
クラウスは身を低くして、両手に持つ枝に隠れてアンジェリカを追う。アルファも、身を低くして続く。
「何時まで、やるつもりだ? 」
仕方なくアルバートも、身を低くする。ジェームズは取り巻き令嬢達に見つかるのを恐れ、ここにはいない。
「アンジェリカの思い人を、見つける迄だ。」
「見つけてどうする。」
「勿論、殺。」
クラウスは一瞬、本音を言い掛けた。
「いや、アンジェリカとの幸せを願う。」
「今『殺す。』と、言い掛けたな。」
「何を馬鹿な。私は、アンジェリカの幸せを願っている。」
クラウスは手に持っていた、両方の木の枝を握力でへし折った。
「アンジェリカの思い人に、強く強く彼女の幸せを。」
歯軋りを、する。
「その男に、強制。」
また、本音が出る。
「お願いするのだ。」
クラウスは、殺意を押さえてそう言った。
「お前が、幸せにしてやれよ。」
溜息交じりに、アルバートは言う。
「私では幸せに出来ない。」
クラウスは手持ち無沙汰で、近くにいるアルファの頭をを押さえ付けた。アルファは、顔を地に塞がれる。
「アンジェリカは、好きな人がいるのだ。私ではない。」
押さえ付けられたアルファは、息が出来ずもがいていた。そして、動かなくなる。
「アンジェリカを幸せに出来るのは、その男だけだ。」
辛そうに、クラウスは目を反らした。
「悪かった。」
アルバートは、素直に謝った。

卒業式まで、七日。
今日も今日とて、クラウスの尾行は続く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

シナリオではヒロインと第一王子が引っ付くことになっているので、脇役の私はーー。

ちょこ
恋愛
婚約者はヒロインさんであるアリスを溺愛しているようです。 そもそもなぜゲームの悪役令嬢である私を婚約破棄したかというと、その原因はヒロインさんにあるようです。 詳しくは知りませんが、殿下たちの会話を盗み聞きした結果、そのように解釈できました。 では私がヒロインさんへ嫌がらせをしなければいいのではないでしょうか? ですが、彼女は事あるごとに私に噛みついてきています。 出会いがしらに「ちょっと顔がいいからって調子に乗るな」と怒鳴ったり、私への悪口を書いた紙をばら撒いていたりします。 当然ながらすべて回収、処分しております。 しかも彼女は自分が嫌がらせを受けていると吹聴して回っているようで、私への悪評はとどまるところを知りません。 まったく……困ったものですわ。 「アリス様っ」 私が登校していると、ヒロインさんが駆け寄ってきます。 「おはようございます」と私は挨拶をしましたが、彼女は私に恨みがましい視線を向けます。 「何の用ですか?」 「あんたって本当に性格悪いのね」 「意味が分かりませんわ」 何を根拠に私が性格が悪いと言っているのでしょうか。 「あんた、殿下たちに色目を使っているって本当なの?」 「色目も何も、私は王太子妃を目指しています。王太子殿下と親しくなるのは当然のことですわ」 「そんなものは愛じゃないわ! 男の愛っていうのはね、もっと情熱的なものなのよ!」 彼女の言葉に対して私は心の底から思います。 ……何を言っているのでしょう? 「それはあなたの妄想でしょう?」 「違うわ! 本当はあんただって分かっているんでしょ!? 好きな人に振り向いて欲しくて意地悪をする。それが女の子なの! それを愛っていうのよ!」 「違いますわ」 「っ……!」 私は彼女を見つめます。 「あなたは人を愛するという言葉の意味をはき違えていますわ」 「……違うもん……あたしは間違ってないもん……」 ヒロインさんは涙を流し、走り去っていきました。 まったく……面倒な人だこと。 そんな面倒な人とは反対に、もう一人の攻略対象であるフレッド殿下は私にとても優しくしてくれます。 今日も学園への通学路を歩いていると、フレッド殿下が私を見つけて駆け寄ってきます。 「おはようアリス」 「おはようございます殿下」 フレッド殿下は私に手を伸ばします。 「学園までエスコートするよ」 「ありがとうございますわ」 私は彼の手を取り歩き出します。 こんな普通の女の子の日常を疑似体験できるなんて夢にも思いませんでしたわ。 このままずっと続けばいいのですが……どうやらそうはいかないみたいですわ。 私はある女子生徒を見ました。 彼女は私と目が合うと、逃げるように走り去ってしまいました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約者が幼馴染のことが好きだとか言い出しました

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のテレーズは学園内で第6王子殿下のビスタに振られてしまった。 その理由は彼が幼馴染と結婚したいと言い出したからだ。 ビスタはテレーズと別れる為に最悪の嫌がらせを彼女に仕出かすのだが……。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】見ず知らずの騎士様と結婚したけど、多分人違い。愛する令嬢とやっと結婚できたのに信じてもらえなくて距離感微妙

buchi
恋愛
男性恐怖症をこじらせ、社交界とも無縁のシャーロットは、そろそろ行き遅れのお年頃。そこへ、あの時の天使と結婚したいと現れた騎士様。あの時って、いつ? お心当たりがないまま、娘を片付けたい家族の大賛成で、無理矢理、めでたく結婚成立。毎晩口説かれ心の底から恐怖する日々。旦那様の騎士様は、それとなくドレスを贈り、観劇に誘い、ふんわりシャーロットをとろかそうと努力中。なのに旦那様が親戚から伯爵位を相続することになった途端に、自称旦那様の元恋人やら自称シャーロットの愛人やらが出現。頑張れシャーロット! 全体的に、ふんわりのほほん主義。

処理中です...