悪役令嬢の弟。

❄️冬は つとめて

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微熱。

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セラムは熱を出した。

セラムが物心ついて、初めての体験であった。
(俺は、死ぬのか? )
体中が熱くて、怠い。

「お父様、しっかりして。」
女神が、泣いている。

(子供達を置いて、死ぬ訳には いかない。)
初めての熱にセラムは、不安になっていた。
(妻も、こんな気持ちだったのか。)
走馬灯のように、過去が蘇る。
(妻も、子供達を置いて逝く時。どんなに、不安だったか。)

「父様、死なないで。」
天使が、不安そうに見ている。
(ああ、天使に任せれば大丈夫か。安心だ。)
セラムは、神に祈るように手を組んだ。
(妻よ、妹よ。いつでも、どんとこい。)
弱っているのか、分からないセラムである。
「セルビア、セルビィ。」
「お父様!! 」
「父様!! 」

セラムは、力強く手を差し出した。それをしっかりと、セルビアは捕まえる。
「先立つ不孝を、許せ。」
「父様!! 」
「死なないで、お父様!! 」
二人は、ベットに縋り付いた。



「静かに、セラムのは単なる微熱だ。」
重症者の最後のように接する子供達に、ボルトは言った。
「こんな、力強い重症者がいて溜まるか。」
ボルトは、セラムの頭に濡れ布を置いた。
「寝れば、明日にはケロッとしているさ。だから、部屋へ戻りなさい。」
ボルトは諭すように、二人に言った。
「俺は、死なないと? 」
「死ぬか。これ位で死んだら、そこら辺死人ばかりだ。」
健康優良者のセラムには、病気の辛さは解らなかった。だから、少しの熱に右往左往していた。
ボルトは、セラムに人差し指を向けた。
「お前のは微熱だ。なぜ、サインをするだけで熱が出る? 」
昨日、書類にサインをしまくった。
「内容は総て俺が見て、お前はサインをするだけでだったのに。」
「俺も、内容を見た。」
セラムは、この世の終わりように呟いた。
「全然、分からなかった。」
「知恵熱か。」
ボルトは、冷たい目でセラムを見下ろした。

「セラムは、俺が見るから部屋に戻りなさい。」
セルビアは、静かに頷いた。
「さあ、セルビィも部屋へ戻りなさい。」
「しかし、熱は辛いです。」
「大丈夫だ。」
ボルトは微笑みながら、セルビィの背を押した。
「ですが、とても心細いのです。」
「大丈夫だ。」
セルビアはボルトの言葉を聞いて、素直に出て行く。
これが、熱を出した者とまだ熱を知らない者で差であった。
「父様が、亡くなったら困るのです。」
「なんか、させる積もりか? 」
「明日までに治って貰わないと、困るのです。」
ボルトは、セルビィを部屋からつまみ出した。
「父様、死なないで!! 」
静かに閉まる扉に、セルビィは縋り付く。

「セルビィ、大丈夫よ。」
不安そうに扉を見るセルビィの肩に、セルビアは手を置いた。
「ボルト様が言うように、明日までに良くなっているわよ。」
「明日までに良くなリます? 」
「ええ、きっと。」
「母様みたいに、死なない? 」
「お父様は、強いんですもの。」
「うん。」
父親にやって貰いたいことがあるが、やっぱり心配なセルビィであった。



「俺は、死なないのか? 」
「死なない。」
「だが、体が怠いんだ。」
「熱があるからな。」
「体が、熱い。」
「熱があるからな。」

「俺は、死なないのか? 」
「死なない。」
「だが、頭が痛い。」
「熱があるからな。」
「腕が痛い。」
「筋肉痛だ。」


「俺は、死なないのか? 」
「死なない。」
「だが、」
「うるせぇ!! お前は、殺しても死なないわ。」
ボルトは、セラムに畳み掛ける。
「これで俺の気持ちが、分かったか。」
「はぁ!? 」
セラムは息を吐くように呟いた。
「俺は高熱の時も、仕事をしてたんだ。」
「高熱? 」
昔 熱出してもボルトは、セラムに変わって仕事をしていた。健康優良児だったセラムは病気の辛さは解らなかった為、仕事を熱の出ているボルトに丸投げしていた。
「すまん。」
病気の心細さからか、セラムは素直に謝った。
「もう寝ろ。目が覚めたら、熱も下がっているから。」
ボルトは、濡れた布を搾った。
「俺は、死なないのか。」
「死なねぇよ。」
「本当に、死なないのか。」
「死なねぇよ。」
「本当の本当に、死なないのか。」
「本当の本当の本当に、死なないからさっさと寝ろ。」
病人の筈のセラムは、元気であった。
「本当の本当の本当の本当に、死なないのか? 」
「くどい!! さっさと寝ろ。」
ボルトはつい苛立って、声を荒げた。セラムはベットの上で、モソモソと動く。
「頭がモアモアして、心臓がドキドキして眠れない。」
やはり元気な病人であった。
「寝ろ。」
ボルトは冷たく言い放つ。
「明日までに治せ。セルビィが、何かようがあるようだ。」
「おお、天使が。」
セラムは起き上がった。
「お前、熱は。」
「あるぞ、体は怠いし熱いぞ。」
セラムの顔は赤い、熱はあるようだ。
「寝ろ。」
「だが、腹が空いてきた。」
「寝ろ。」
「なんかないのか? 」
「いいから、寝ろ!! 」
ボルトは持っていた濡れた布を、セラムの顔に押し付けた。そのまま枕に頭を押さえ付ける。
『死ぬ、死ぬ。』
濡れた布から手のひらに、モゴモゴと口が動いているのを感じるがボルトは無視した。
そのまま暫く、押さえ付ける。段々とセラムが動かなくなった。
「寝たか。」
毛布を整えて、傍を放れようとして立ち止まる。
「よし、生きているな。」
セラムが胸が上下しているのを確認して、部屋を出て行った。



「セルビィ。お父様は、ボルト様に任せれば大丈夫よ。」
「明日までに、治りますか? 」
首を傾げて、セルビィは姉に聞いた。
「セルビィも、一日で治ったでしょう。お父様もきっと。」
「父様は僕より、百倍は健康ですね。よかった。」
セルビィは微笑む。

「やっと静かになった。」
ボルトが、お茶をしているセルビィ達の部屋を訪れた。
「ボルト様、一緒にお茶を。」
セルビアは、頰を染めながら誘った。
「ああ、頼む。」
「はい。」
セルビアは喜んで、ティーセットのある場所に向かう。
その後ろ姿を見ながら。
「父様は、明日までに治りますか? 」
椅子に座りながら、ボルトは応えた。
「治る。病人とは思えないほどの元気さだ。」
「よかった。」
セルビィは、手を合わせて喜んだ。
「明日は何がある? 」
「明日はお客様が、帰られる日です。」
「ああ、他国の。」
ボルトは首を捻った。
「父様達には、お客様を国境まで送って貰わなければなりません。」
「何故だ? 」
「牽制のためです。もう暫くは、他国。特に隣の大国には、静かにしていて貰いたいですから。」
にっこりと、微笑み称えた。
「なるほど。」
「チャイニ国は、もう少しはらはらして貰わないと。」
セルビィは、くすくすと笑った。ボルトの目が細まる。
(こいつ、まだ怒っているのか。)
令嬢達を侮辱された事を、セルビィは根深く怨んでいた。
「チャイニ国の王子様は父様に送られて、きっと喜んで下さいます。」
(ご愁傷さまだな、その王子。かわいそうに。)
セルビィは目を閉じた。
「目に浮かびます。父様に送られる王子様が、歓喜に震える姿が。」
(恐怖の間違いだろ。)
喜ぶセルビィの横で、ボルトは頭を抱えた。

「姉様。ごめんなさい。」
セルビィは気づいたように、姉に謝った。嬉々としてティーカップを運んでいたセルビアは、首を捻る。
「なんのこと? 」
「姉様の本を、黙って持ち出してしまったことです。」
セルビアが、固まった。
「あの不思議な、男同士の生殖活動の本です。」
セルビィは頭を下げた。
「男同士の生殖活動? 」
ナルトは武士の情けで、叔父には本の話はしていなかった。
ボルトが、セルビアを見る。
セルビアは顔を真っ赤に染め、手に持っていたティーカップを落とした。
「いゃーーー!! 」
カップの割れる音よりも大きな悲鳴が、部屋に響いた。

『乙女の秘密』を知られたセルビアは、部屋に引き籠もってしまった。
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