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【番外編】 一 新月の夜の出会い

【番外編】 一 新月の夜の出会い【3】

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「……子狐か。人間にやられたか」


遠くの方で誰かの声が聞こえた。
優しくて温かくて、まるで私に初めて話しかけてきた神様のような声だった。


「二匹とも息絶えたか……。もう肉体と魂が離れているな」


私は助からないとわかっていた。
せめてギンだけは助かってほしかったのに、もう息がないと誰かが言う。


母との約束を守れなかった。
痛い体よりもずっと、心が痛かった。


「子狐、私の声が聞こえるか」


誰かが私に話しかけた。
優しくて温かくて、心地好い声だった。


「聞こえ……ます……」

「このまま消えてしまうか、私の神使となって仕えるか、どちらがよい?」

「ふたりで……いっしょでも、いいですか……」


大切なのは、ギンのこと。
ふたりで一緒でもいいか、確かめなくてはいけない。
私はギンの兄なのだから、弟を守らなくてはいけないのだ。


「もちろんだ。双子の子狐の神使とは、毎日が楽しくなりそうだ」


誰かの嬉しそうな声が聞こえると、霞む視界に大きな手が翳された。
私の体を撫でる手は温かく、まるで大好きな母に包み込まれているようだった。


「さぁ、お前たちは今夜から私の神使だ。このお茶屋敷のために、しっかりと仕えておくれ」


柔らかな光に包まれた体からは、みるみるうちに痛みが消えていく。
程なくして目を開けると、銀色の髪を靡かせる青年が立っていた。


「ギンは……?」


慌てて隣を見れば、知らない少年がこちらを見ていた。
けれど、私はこの匂いを知っている。
懐かしくて嗅ぎ慣れた、ずっとずっと一緒にいた匂い。


「コン……?」

「ギンッ……!」


着物を着た小さな少年も、すぐに私がコンだと気づいた。
生まれるずっとずっと前から一緒にいるのだ。
わからないはずがない。


ふたりで抱き合って声を上げて泣いた。
わんわんと叫ぶように泣いた。


「コンに、ギンか。よい名前だ」


程なくして、優しい声の青年が瞳をたわませた。


「あなたは……?」

「私の名は雨天。ひがし茶屋街のこの屋敷に棲む、雨の神様だよ」


銀髪の美しい青年が笑う。
初めて見た神様とは全然違ったけれど、私は一目でこの神様を気に入った。
母のような、温かくて優しい匂いがしたからに違いない。


「今日からよろしく、コン、ギン。お前たちと私はずっと一緒だ」


嬉しかった。とても嬉しかった。
ギンとずっと一緒にいられることも、雨天様にお仕えできることも。


神様は言った。
母も言った。
『ふたりで一緒なら大丈夫』と。


今日から三人になった。
ふたりで一緒なら大丈夫。
それなら、三人で一緒ならきっともっと大丈夫だ。
もうなにも怖くない。


今宵の空には、月も星も見えない。
雪が降る凍てつくような夜だけれど、雨天様の銀の髪は月よりもキラキラと輝いていた――。



番外編 一【完】

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