60 / 69
お品書き【五】 上生菓子 ~神様からの贈り物~
上生菓子 ~神様からの贈り物~【14】
しおりを挟む
ひがし茶屋街は、相変わらずたくさんの人で賑わっていた。
ちょうど夏休みシーズンだから、観光客らしき人たちがいつも以上に多い。
残念ながらゆっくり回れそうになくて、お土産もここで見るのは難しそうだとすぐに悟る。
仕方なく、金沢駅の構内にあるお土産屋さんで調達することにした。
何度も見た景色だけれど、今日は一段と懐かしさを感じる。これからしばらくは、ここを訪れる機会はないからなのかもしれない。
けれど、就活が上手くいけば大学を卒業する頃にはまた来よう。
将来のことを考えた途端に不安も芽生えたものの、悩むくらいならなんでもいいから行動に移そうと思えた。
(私って、こんなに前向きだったっけ?)
ネガティブとまでは言わなくても、こんなにポジティブ思考でもなかったはず。
それなのに今は、なんでもいいから新しいことに挑戦してみたいという気持ちが強かった。
習い事や新しいバイトを始めてみるのもいいかもしれないし、英会話や留学なら高校生のときから興味があった。
バイトなら、和菓子屋さんで働いてみたい。
(あれ? どうして和菓子屋さんなんだろう?)
特に興味があったわけじゃないものが自然と浮かんだことに小首を傾げたとき、頬にぽつりと冷たいものが当たった。
冷たい雫は、雨粒だと気づく。
傘を差し始めた周囲の人たちと同じように折り畳み傘を出そうとした瞬間、手に持っていた小さな傘と自分で作ったばかりのスズランの花束が視界に入ってきた。
一瞬だけ悩んだけれど、お気に入りの折り畳み傘と同じくらい大切な青い傘を広げてみた。
ひがし茶屋街からバス停までは、そう遠くはない。
子ども用の傘だけれど、道行く人たちは加賀百万石の美しい城下町に夢中で、私の傘なんてたいして眼中にないはず。
「まぁいっか」
微かな笑い声と誰にも聞こえないくらいのひとり言を零し、懐かしさを纏った小さな傘を差すことにした。
曇り空と雨を隠すように頭上で広げた傘は、まるで青空からスズランの花を降らせているみたい。
『ひかりちゃん、金沢を含む北陸地方の一部には〝弁当忘れても傘忘れるな〟って言い伝えがあるくらいなのよ。だから、とびきり可愛い傘を持っておく方がいいと思わない?』
この傘を買うとき、私よりも真剣に選んでいたおばあちゃんは、確かそんなことを言っていた。
それを思い出して空を仰げば、おばあちゃんが嬉しそうにしているような気がして、自然と笑みが零れ落ちていた。
『ひかり、幸せであれ』
誰かがそう囁いたことも、この雨が神様からの贈り物だということも、私は気づいていなかったけれど……。おばあちゃんが大好きだった雨に優しく見送られるように、たくさんの温かい思い出が詰まったひがし茶屋街を後にした――。
ちょうど夏休みシーズンだから、観光客らしき人たちがいつも以上に多い。
残念ながらゆっくり回れそうになくて、お土産もここで見るのは難しそうだとすぐに悟る。
仕方なく、金沢駅の構内にあるお土産屋さんで調達することにした。
何度も見た景色だけれど、今日は一段と懐かしさを感じる。これからしばらくは、ここを訪れる機会はないからなのかもしれない。
けれど、就活が上手くいけば大学を卒業する頃にはまた来よう。
将来のことを考えた途端に不安も芽生えたものの、悩むくらいならなんでもいいから行動に移そうと思えた。
(私って、こんなに前向きだったっけ?)
ネガティブとまでは言わなくても、こんなにポジティブ思考でもなかったはず。
それなのに今は、なんでもいいから新しいことに挑戦してみたいという気持ちが強かった。
習い事や新しいバイトを始めてみるのもいいかもしれないし、英会話や留学なら高校生のときから興味があった。
バイトなら、和菓子屋さんで働いてみたい。
(あれ? どうして和菓子屋さんなんだろう?)
特に興味があったわけじゃないものが自然と浮かんだことに小首を傾げたとき、頬にぽつりと冷たいものが当たった。
冷たい雫は、雨粒だと気づく。
傘を差し始めた周囲の人たちと同じように折り畳み傘を出そうとした瞬間、手に持っていた小さな傘と自分で作ったばかりのスズランの花束が視界に入ってきた。
一瞬だけ悩んだけれど、お気に入りの折り畳み傘と同じくらい大切な青い傘を広げてみた。
ひがし茶屋街からバス停までは、そう遠くはない。
子ども用の傘だけれど、道行く人たちは加賀百万石の美しい城下町に夢中で、私の傘なんてたいして眼中にないはず。
「まぁいっか」
微かな笑い声と誰にも聞こえないくらいのひとり言を零し、懐かしさを纏った小さな傘を差すことにした。
曇り空と雨を隠すように頭上で広げた傘は、まるで青空からスズランの花を降らせているみたい。
『ひかりちゃん、金沢を含む北陸地方の一部には〝弁当忘れても傘忘れるな〟って言い伝えがあるくらいなのよ。だから、とびきり可愛い傘を持っておく方がいいと思わない?』
この傘を買うとき、私よりも真剣に選んでいたおばあちゃんは、確かそんなことを言っていた。
それを思い出して空を仰げば、おばあちゃんが嬉しそうにしているような気がして、自然と笑みが零れ落ちていた。
『ひかり、幸せであれ』
誰かがそう囁いたことも、この雨が神様からの贈り物だということも、私は気づいていなかったけれど……。おばあちゃんが大好きだった雨に優しく見送られるように、たくさんの温かい思い出が詰まったひがし茶屋街を後にした――。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~
ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。
「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。
世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった!
次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で
幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──!
「この世に、幽霊事件なんてありえません」
幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の
ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
真理子とみどり沖縄で古書カフェ店をはじめました~もふもふや不思議な人が集う場所
なかじまあゆこ
キャラ文芸
真理子とみどり沖縄で古書カフェ店をはじめました!そこにやって来るお客様は不思議な動物や人達でした。
真理子はある日『沖縄で夢を売りませんか? 古書カフェ店の雇われ店長募集。もふもふ』と書かれている張り紙を見つけた。その張り紙を見た真理子は、店長にどうしてもなりたいと強く思った。
友達のみどりと一緒に古書カフェ店の店長として働くことになった真理子だけど……。雇い主は猫に似た不思議な雰囲気の漂う男性だった。
ドジな真理子としっかり者のみどりの沖縄古書カフェに集まる不思議な動物や人達のちょっと不思議な物語です。
どうぞよろしくお願いします(^-^)/
鬼と契りて 桃華は桜鬼に囚われる
しろ卯
キャラ文芸
幕府を倒した新政府のもとで鬼の討伐を任される家に生まれた桃矢は、お家断絶を避けるため男として育てられた。しかししばらくして弟が生まれ、桃矢は家から必要とされないばかりか、むしろ、邪魔な存在となってしまう。今更、女にも戻れず、父母に疎まれていることを知りながら必死に生きる桃矢の支えは、彼女の「使鬼」である咲良だけ。桃矢は咲良を少女だと思っているが、咲良は実は桃矢を密かに熱愛する男で――実父によって死地へ追いやられていく桃矢を、唯一護り助けるようになり!?
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒神と忌み子のはつ恋
遠野まさみ
キャラ文芸
神の力で守られているその国には、人々を妖魔から守る破妖の家系があった。
そのうちの一つ・蓮平の娘、香月は、身の内に妖魔の色とされる黒の血が流れていた為、
家族の破妖の仕事の際に、妖魔をおびき寄せる餌として、日々使われていた。
その日は二十年に一度の『神渡り』の日とされていて、破妖の武具に神さまから力を授かる日だった。
新しい力を得てしまえば、餌などでおびき寄せずとも妖魔を根こそぎ斬れるとして、
家族は用済みになる香月を斬ってしまう。
しかしその神渡りの神事の際に家族の前に現れたのは、武具に力を授けてくれる神・黒神と、その腕に抱かれた香月だった。
香月は黒神とある契約をしたため、黒神に助けられたのだ。
そして香月は黒神との契約を果たすために、彼の為に行動することになるが?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる