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お品書き【五】 上生菓子 ~神様からの贈り物~
上生菓子 ~神様からの贈り物~【10】
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コンくんの姿が見えなくなったのは、部屋の掃除が終わる頃だった。
「コンくん、終わったよ!」
雑巾で窓を拭き終わって振り返ると、コンくんの姿が見当たらなかった。
部屋から出ていったとは思わなかったのは、コンくんは黙ってそんなことはしないから。
「コンくん……?」
確かめるように読んでみても、声が聞こえない。
返事をしてくれたはずのコンくんの姿を想像して、意図せずに涙が込み上げてきそうになったとき、開けていた襖の向こうに雨天様が現れた。
「ひかり、客間においで」
「雨天様……」
私の表情を見てすべてを悟ったような顔をして視線を下げた雨天様の傍には、きっとコンくんがいるんだろう。
雨天様は、コンくんの背丈の辺りで頭を撫でるような仕草をすると、私に笑みを向けた。
「コンならここにいる。だから、なにもそんな顔をすることはない」
「うん……」
「ほら、客間に行こう。ギンが待っておる」
唇を噛みしめて頷くと、雨天様が優しく私の手を引いた。
その手は、さっき私の手を握ってくれたコンくんの体温と同じように、とても温かかった。
今日はどうして居間じゃないのか、という疑問の答えはすぐにわかった。
今夜のお客様は私だから――だ。
「ひかりは、そこに座りなさい」
「うん」
指差されたのは、一度だけ座ったことがある場所。
お客様がいつも座っている席には、私が初めてここに来た夜にお客様として迎え入れてもらった日以来、座ることはなかった。
正座をすると、膝から下に畳の感触が触れる。
真正面には、雨天様が腰を下ろした。
テーブルの上には四人分の甘味とお茶が用意されているけれど、私の目にはもう雨天様の姿しか見えない。
いつもの場所に座っているはずのコンくんとギンくんの姿を想像すると、胸が詰まるような思いがした。
「ようこそ、我がお茶屋敷へ。今宵の甘味は、上生菓子でございます」
そんな私を見つめた雨天様が、笑顔でそう切り出した。
下ろした視線の先には、淡い緑の上生菓子が漆塗りのような艶やかな黒いお皿の上に載っている。
「そちらは、スズランに見立てたものでございます」
「え?」
よく見ると、淡い緑の上生菓子には、小さな白い花が縦に三つ並んでいる。
少しだけ斜めに並べられているのは、スズランの花が咲いている姿を思い起こさせた。
「それから、私のものは雨を、そちらの神使のものはどちらも青空に見立てたものでございます」
コンくんとギンくんのお皿には、深い青と乳白色のような白が混じっている。
雨天様のものは、少しくすんだような白をベースに淡い青が練り込まれ、波紋のようなデザインになっていた。
「これらの四つをすべて合わせると、ひとつの物語が完成いたします」
スズラン、雨、青空。そして、大切な思い出。
「お客様の大切な思い出でもあり、私たちを結びつけてくれた宝物を、今宵の甘味にいたしました」
それは、子どもの頃におばあちゃんに買ってもらったお気に入りの傘。
四つの上生菓子を合わせると、〝雨の日に青空にスズランの花畑が広がっている〟というひとつの物語になる。
「……っ」
今日はもうずっと笑顔でいたかったのに、こんなに粋な演出をされてしまったら、我慢できなくなる。
泣かせないでよ……と思うのに、涙と笑顔が同時に零れた私の心は温かな幸せに包まれていた。
「雨天様、コンくん、ギンくん」
顔を上げて、三人を見渡す。コンくんとギンくんの姿は見えないままだけれど、ふたりとも雨天様と同じように笑顔でいるような気がした。
「今日まで本当にありがとうございました」
深々と頭を下げ、はっきりとした声音で言葉を紡ぐ。
それから、いつもギンくんが座っている方を見た。
「ギンくん、毎日おいしいご飯やおやつを作ってくれて、本当にありがとうございました。私、ギンくんがお料理してる姿を見るのが楽しみだったんだ。これからも、お客様たちのために頑張ってね」
笑顔に感謝を込め、ギンくんの姿を想像すれば、いつものように笑ってくれているような気がした。
コンくんほど話す機会はなかったけれど、努力家のギンくんには感謝と励ましの言葉を伝えておきたかった。
「コンくん、毎日たくさん話せて本当に楽しかったよ。掃除も洗濯もお遣いも、コンくんと一緒にできてよかった。色々教えてくれて本当にありがとうございました。これからも、傷ついたお客様をここに導いてあげてね」
今度はコンくんがいる方を向いて、気持ちを言葉に変えた。
きっと、泣いているんだろうなと思って鼻の奥がツンと痛んだけれど、笑顔だけは崩さなかった。
そして、再び雨天様を見つめ、もう一度頭を下げる。
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