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お品書き【五】 上生菓子 ~神様からの贈り物~
上生菓子 ~神様からの贈り物~【7】
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「その傘、私の……」
「え?」
雨天様が、ゆっくりと目を見張った。
視線が落とされ、手元の傘と私を交互に見ている。
特別珍しいデザインじゃないし、似たようなものならたくさんあるとも思う。
まだ半信半疑だったけれど、雨天様に歩み寄りながら確信が強くなっていくのがわかった。
雨天様の手から、傘を受け取る。
裏側に付いている小さなタグを確認した直後、懐かしい字が視界に飛び込んできて胸が詰まり、思わず泣きそうになった。
「やっぱり……」
丁寧な文字が記しているのは、【さくらばひかり】という名前。
これを書いてくれたのがおばあちゃんだということは、十五年近く経った今でもちゃんと覚えていた。
「こんなところに名前が書いてあったなんて、今まで気づかなかった……」
傘には、ネームタグが付いている。
だけど、わざわざメーカー名が記されたタグの裏に書いてあるのは、おばあちゃんがうっかり間違ってしまったから。
おばあちゃんは、子育てしていた頃、服やバッグの洗濯表示のタグに子どもたちの名前を書いていたらしい。
その癖で、こんなところに書いてしまうという失敗をしたおばあちゃんに、私は膨れっ面で抗議をした。
「ひかりは、この傘をどうしたのか覚えているか?」
「うん……。ずっと忘れてたけど、今ちゃんと思い出した」
この傘は、おばあちゃんに買ってもらったもの。
おばあちゃん家に泊まりに来たときにお気に入りの傘が壊れてしまい、おばあちゃんは泣いている私に傘を買いに行くことを提案してくれた。
スイートピーの折り畳み傘を買ったときのように、ふたりで随分と悩んで、いくつもの傘を広げた。
そして、何本目かの傘を広げたとき、おばあちゃんが満面の笑みになった。
『まぁ、ひかりちゃん! 見て! この傘、とっても素敵よ! まるで青空にお花畑が広がっているみたい。雨の日が楽しくなっちゃうわね!』
青空のような水色に、可愛らしいスズラン。
まるで空から白い花が降ってくるようなデザインとおばあちゃんの言葉で、私はすぐにこの傘が欲しくなってしまった。
『これがいい! ひかり、これにする!』
『あら、そう?』
『だって、雨の日でも楽しくなるんでしょ?』
『えぇ、そうね。じゃあ、これにしちゃいましょう』
『うん! ひかり、ずっと大切にするね!』
嬉しくてたまらなかった私は、とびきりの笑顔でおばあちゃんにそう言った。
おばあちゃんはとても嬉しそうにしていて、そのあとで変な場所に名前を書かれたことなんてすぐに気にならなくなるくらい、お気に入りになった。
「すごく嬉しくて、本当に大切にしてたんだ。でもね、その次の年の夏休みに失くしちゃったの……」
「失くしたのは、このひがし茶屋街だったのだろう」
私の言葉に、雨天様は確信を持ったような口調を返してきた。
コクリと首を縦に振り、傘をそっと撫でる。
ひがし茶屋街で迷子になったとき、心細さをごまかすようにこの傘をしっかりと握っていた。
だけど、誰かに道を教えてもらったあと、きっと安心感から無意識のうちに傘の柄から手を放してしまったんだろう。
そして、それを拾い、今日まで大切に預かってくれていた人がいた。
今、私の目の前に……。
「え?」
雨天様が、ゆっくりと目を見張った。
視線が落とされ、手元の傘と私を交互に見ている。
特別珍しいデザインじゃないし、似たようなものならたくさんあるとも思う。
まだ半信半疑だったけれど、雨天様に歩み寄りながら確信が強くなっていくのがわかった。
雨天様の手から、傘を受け取る。
裏側に付いている小さなタグを確認した直後、懐かしい字が視界に飛び込んできて胸が詰まり、思わず泣きそうになった。
「やっぱり……」
丁寧な文字が記しているのは、【さくらばひかり】という名前。
これを書いてくれたのがおばあちゃんだということは、十五年近く経った今でもちゃんと覚えていた。
「こんなところに名前が書いてあったなんて、今まで気づかなかった……」
傘には、ネームタグが付いている。
だけど、わざわざメーカー名が記されたタグの裏に書いてあるのは、おばあちゃんがうっかり間違ってしまったから。
おばあちゃんは、子育てしていた頃、服やバッグの洗濯表示のタグに子どもたちの名前を書いていたらしい。
その癖で、こんなところに書いてしまうという失敗をしたおばあちゃんに、私は膨れっ面で抗議をした。
「ひかりは、この傘をどうしたのか覚えているか?」
「うん……。ずっと忘れてたけど、今ちゃんと思い出した」
この傘は、おばあちゃんに買ってもらったもの。
おばあちゃん家に泊まりに来たときにお気に入りの傘が壊れてしまい、おばあちゃんは泣いている私に傘を買いに行くことを提案してくれた。
スイートピーの折り畳み傘を買ったときのように、ふたりで随分と悩んで、いくつもの傘を広げた。
そして、何本目かの傘を広げたとき、おばあちゃんが満面の笑みになった。
『まぁ、ひかりちゃん! 見て! この傘、とっても素敵よ! まるで青空にお花畑が広がっているみたい。雨の日が楽しくなっちゃうわね!』
青空のような水色に、可愛らしいスズラン。
まるで空から白い花が降ってくるようなデザインとおばあちゃんの言葉で、私はすぐにこの傘が欲しくなってしまった。
『これがいい! ひかり、これにする!』
『あら、そう?』
『だって、雨の日でも楽しくなるんでしょ?』
『えぇ、そうね。じゃあ、これにしちゃいましょう』
『うん! ひかり、ずっと大切にするね!』
嬉しくてたまらなかった私は、とびきりの笑顔でおばあちゃんにそう言った。
おばあちゃんはとても嬉しそうにしていて、そのあとで変な場所に名前を書かれたことなんてすぐに気にならなくなるくらい、お気に入りになった。
「すごく嬉しくて、本当に大切にしてたんだ。でもね、その次の年の夏休みに失くしちゃったの……」
「失くしたのは、このひがし茶屋街だったのだろう」
私の言葉に、雨天様は確信を持ったような口調を返してきた。
コクリと首を縦に振り、傘をそっと撫でる。
ひがし茶屋街で迷子になったとき、心細さをごまかすようにこの傘をしっかりと握っていた。
だけど、誰かに道を教えてもらったあと、きっと安心感から無意識のうちに傘の柄から手を放してしまったんだろう。
そして、それを拾い、今日まで大切に預かってくれていた人がいた。
今、私の目の前に……。
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