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お品書き【五】 上生菓子 ~神様からの贈り物~
上生菓子 ~神様からの贈り物~【6】
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それからは、ひと言も交わさずにセミの鳴き声を浴びていた。
本当は言いたいことがたくさんあったけれど、どれも言葉にする必要はないほど、もう不安はなかったから。
「そろそろ戻ろうか」
「うん……」
雨天様から切り出されるのを予感して身構えていたのに、いざお屋敷に戻る時間になるとまた寂しさが強くなる。
つい声は小さくなったけれど、なんとか笑顔で歩き出せた。
随分と奥の方まで来てしまっていたから、お屋敷に戻るには少し時間が掛かる。
ただ、それでもお互いに言葉は交わさなかった。
刻一刻と、太陽が傾いていく。
肩を並べて歩き、玄関が見えてきた頃、雨天様が「そういえば」と口にした。
「結局、なぜひかりがここに足を踏み入れることができたのか、わからずじまいだったな」
「あっ……」
「コンにも調べさせていたのだが、私もコンもその答えを見つけることができなかった」
「じゃあ、たまたまだった、とか?」
「ここに来るまでにいくつものきっかけが必要ではあるから、そういった意味では偶然が重なったとは言えるであろう。だが、その前提として、ここに深いゆかりが必要なのだ」
会話を交わしながら、首をさらに捻ってしまった。
「まぁよい。ときにはそのような縁があってもよい、と思うことにしよう」
「お屋敷を守る神様がそんな感じでいいの?」
「……今回は特別だ」
「じゃあ、雨天様たちに会えた私は、他のお客様よりもラッキーだったのかもしれないね」
満面の笑みで言えば、雨天様が柔らかな面持ちで頷いた。
そして、私の頭をポンと撫でた。
「その笑顔を忘れるでないぞ。ひかりは笑っている方が可愛いからな」
なんだかキザな神様だ。
神様じゃなければうっかり恋に堕ちていたかもしれないけれど、私は照れ隠しで「善処する」とだけ返した。
「……ああ、傘をしまい忘れていたな」
私の気持ちを見透かすように笑った雨天様が、不意に視線を縁側に続く道へと遣った。
そこには、複数の傘が並べられていた。
「なんだ、コンの奴。全部干しているのか」
雨天様はひとり言のように言ってから、そちらに向かい、地面に置かれている傘を一本持った。
広げてある傘を畳むのを見て、私も同じように傘を手に取る。
微笑んだ雨天様に笑みを返し、ふたりで傘を片付けていった。
「まったく、なぜ今日に限って全部干したのだ」
「というか、どうしてこんなにあるの?」
「猪俣様は、和傘を作るのが趣味でな。よく手作りの傘を贈ってくれるのだ」
猪俣さんの意外な趣味の話を聞いて、思わず手にした傘をまじまじと見つめてしまった。
高級品にしか見えないそれは、趣味で作ったというのが信じられないくらいのクオリティーだった。
「使い切れないほどあるから、ときどきこうしてすべての傘を干しておくのだ」
色とりどりの和柄は、目を楽しませてくれる。
ザッと十本以上はあった和傘の最後の一本を閉じたあと、少し離れた場所にある傘が視界に入った。
もしかしたら、風に押されてしまったのかもしれない。
そんな風に考えたとき、その一本だけ和傘じゃないことに気づいた。
「ん? ああ、あの傘まで出していたのか」
淡い水色に、白いスズラン。
どこかで見たような気がして、雨天様が手に取った傘から目が離せない。
「それって、子ども用の傘だよね?」
「ああ、そのようだな。わけあって、たまたま私が預かることになったのだ」
ぶわりと、背筋が粟立つような感覚が全身に走る。
それを感じながら、ゆっくりと唇を動かした。
本当は言いたいことがたくさんあったけれど、どれも言葉にする必要はないほど、もう不安はなかったから。
「そろそろ戻ろうか」
「うん……」
雨天様から切り出されるのを予感して身構えていたのに、いざお屋敷に戻る時間になるとまた寂しさが強くなる。
つい声は小さくなったけれど、なんとか笑顔で歩き出せた。
随分と奥の方まで来てしまっていたから、お屋敷に戻るには少し時間が掛かる。
ただ、それでもお互いに言葉は交わさなかった。
刻一刻と、太陽が傾いていく。
肩を並べて歩き、玄関が見えてきた頃、雨天様が「そういえば」と口にした。
「結局、なぜひかりがここに足を踏み入れることができたのか、わからずじまいだったな」
「あっ……」
「コンにも調べさせていたのだが、私もコンもその答えを見つけることができなかった」
「じゃあ、たまたまだった、とか?」
「ここに来るまでにいくつものきっかけが必要ではあるから、そういった意味では偶然が重なったとは言えるであろう。だが、その前提として、ここに深いゆかりが必要なのだ」
会話を交わしながら、首をさらに捻ってしまった。
「まぁよい。ときにはそのような縁があってもよい、と思うことにしよう」
「お屋敷を守る神様がそんな感じでいいの?」
「……今回は特別だ」
「じゃあ、雨天様たちに会えた私は、他のお客様よりもラッキーだったのかもしれないね」
満面の笑みで言えば、雨天様が柔らかな面持ちで頷いた。
そして、私の頭をポンと撫でた。
「その笑顔を忘れるでないぞ。ひかりは笑っている方が可愛いからな」
なんだかキザな神様だ。
神様じゃなければうっかり恋に堕ちていたかもしれないけれど、私は照れ隠しで「善処する」とだけ返した。
「……ああ、傘をしまい忘れていたな」
私の気持ちを見透かすように笑った雨天様が、不意に視線を縁側に続く道へと遣った。
そこには、複数の傘が並べられていた。
「なんだ、コンの奴。全部干しているのか」
雨天様はひとり言のように言ってから、そちらに向かい、地面に置かれている傘を一本持った。
広げてある傘を畳むのを見て、私も同じように傘を手に取る。
微笑んだ雨天様に笑みを返し、ふたりで傘を片付けていった。
「まったく、なぜ今日に限って全部干したのだ」
「というか、どうしてこんなにあるの?」
「猪俣様は、和傘を作るのが趣味でな。よく手作りの傘を贈ってくれるのだ」
猪俣さんの意外な趣味の話を聞いて、思わず手にした傘をまじまじと見つめてしまった。
高級品にしか見えないそれは、趣味で作ったというのが信じられないくらいのクオリティーだった。
「使い切れないほどあるから、ときどきこうしてすべての傘を干しておくのだ」
色とりどりの和柄は、目を楽しませてくれる。
ザッと十本以上はあった和傘の最後の一本を閉じたあと、少し離れた場所にある傘が視界に入った。
もしかしたら、風に押されてしまったのかもしれない。
そんな風に考えたとき、その一本だけ和傘じゃないことに気づいた。
「ん? ああ、あの傘まで出していたのか」
淡い水色に、白いスズラン。
どこかで見たような気がして、雨天様が手に取った傘から目が離せない。
「それって、子ども用の傘だよね?」
「ああ、そのようだな。わけあって、たまたま私が預かることになったのだ」
ぶわりと、背筋が粟立つような感覚が全身に走る。
それを感じながら、ゆっくりと唇を動かした。
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