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お品書き【五】 上生菓子 ~神様からの贈り物~
上生菓子 ~神様からの贈り物~【5】
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「楽しむ権利、かぁ……。うん……人生って面倒くさいなって思うこともあるけど、ちゃんと頑張らなきゃね」
「人生とは、人の生き様だ。人はみな、脆く儚い。そして、ときには醜い一面もあるものだ。それでも、前を向いて生きようともがく姿は凛と美しい」
私を見据える瞳が、そろりと緩められる。
そのまま、おもむろに続きが紡がれた。
「つらくて苦しい日も数え切れないほどあるだろうが、いつか天寿を全うしたとき、笑っていられればよいのだ」
麗しいという言葉がぴったりの笑みは、雨天様の相貌をいっそう美しく見せ、瞳を奪われてしまった。
やっぱり、もっとここにいたかったな、と思ってしまう。
決して口にはしないけれど、心の中ではその想いが強く主張していた。
美しくて優しい神様と可愛い神使たちとの、たったの二週間。
信じられないことばかりの日々は、私の心に優しく寄り添ってくれていた。
だからこそ、余計に名残惜しくなるのだろうけれど、最後にこうして雨天様と話せてよかった。
寂しさを隠すことはできなくても、きっと笑顔でお別れを言えると思うから。
「ひかりなら、大丈夫だ」
「雨天様がそう言うのなら、そうなのかな」
「ああ。ひかりがあるべき場所に帰っても、私はここからずっとひかりのことを見守っている」
「え?」
小首を傾げると、雨天様は足元にあった小さな水たまりに視線を落とした。
雨天様が手を翳すと、いつかのようにひがし茶屋街の景色が映る。
「こうして私が映せるのは、なにもひがし茶屋街だけではないのだ」
「そうなの?」
「人間のお客様の場合、その者が天寿を全うするまで姿を見ることができる」
目を小さく見開いた私に、雨天様は頷く。
その眼差しを受け止めながら、私も視線を落とした。
そういえば、雨天様は前に来た人間のお客様が天寿を全うしたことを知っていた。
そのときは深く考えなかったけれど、つまりそういうこと。
私からは見えなくても、雨天様からは私のことが見えるのは、少しだけ不公平だと思ってしまった。
それでも、心の中にわずかに残っていた不安が溶けていく。
「じゃあ、ますます頑張らないといけないね。雨天様やコンくんやギンくんが、心配しないように」
「そうしてもらえると、こちらとしては気を揉む必要がなくてありがたいな」
おどけて見せると、雨天様の表情に安堵が混じった。
私が思っているよりもずっと、雨天様は私のことを心配してくれているのかもしれない。
「だが、いつもいつも頑張る必要はないのだぞ」
「たまには息抜きしろってこと?」
「ああ。そもそも、人間はなんでもかんでも頑張り過ぎだからな。長い人生を生きるのだから、毎日午後に茶を飲む時間を持つくらいでちょうどよい」
「でも、忙しいときにお茶なんて飲めないんだよ」
「だったら、なにかひとつ後回しにすればよいではないか」
「えー……」
「えー、ではない。神様がこう言っておるのだぞ?」
フン、と鼻を鳴らすように言い切った雨天様に、思わず噴き出してしまう。
だけどきっと、雨天様の言う通りだと思った――。
「人生とは、人の生き様だ。人はみな、脆く儚い。そして、ときには醜い一面もあるものだ。それでも、前を向いて生きようともがく姿は凛と美しい」
私を見据える瞳が、そろりと緩められる。
そのまま、おもむろに続きが紡がれた。
「つらくて苦しい日も数え切れないほどあるだろうが、いつか天寿を全うしたとき、笑っていられればよいのだ」
麗しいという言葉がぴったりの笑みは、雨天様の相貌をいっそう美しく見せ、瞳を奪われてしまった。
やっぱり、もっとここにいたかったな、と思ってしまう。
決して口にはしないけれど、心の中ではその想いが強く主張していた。
美しくて優しい神様と可愛い神使たちとの、たったの二週間。
信じられないことばかりの日々は、私の心に優しく寄り添ってくれていた。
だからこそ、余計に名残惜しくなるのだろうけれど、最後にこうして雨天様と話せてよかった。
寂しさを隠すことはできなくても、きっと笑顔でお別れを言えると思うから。
「ひかりなら、大丈夫だ」
「雨天様がそう言うのなら、そうなのかな」
「ああ。ひかりがあるべき場所に帰っても、私はここからずっとひかりのことを見守っている」
「え?」
小首を傾げると、雨天様は足元にあった小さな水たまりに視線を落とした。
雨天様が手を翳すと、いつかのようにひがし茶屋街の景色が映る。
「こうして私が映せるのは、なにもひがし茶屋街だけではないのだ」
「そうなの?」
「人間のお客様の場合、その者が天寿を全うするまで姿を見ることができる」
目を小さく見開いた私に、雨天様は頷く。
その眼差しを受け止めながら、私も視線を落とした。
そういえば、雨天様は前に来た人間のお客様が天寿を全うしたことを知っていた。
そのときは深く考えなかったけれど、つまりそういうこと。
私からは見えなくても、雨天様からは私のことが見えるのは、少しだけ不公平だと思ってしまった。
それでも、心の中にわずかに残っていた不安が溶けていく。
「じゃあ、ますます頑張らないといけないね。雨天様やコンくんやギンくんが、心配しないように」
「そうしてもらえると、こちらとしては気を揉む必要がなくてありがたいな」
おどけて見せると、雨天様の表情に安堵が混じった。
私が思っているよりもずっと、雨天様は私のことを心配してくれているのかもしれない。
「だが、いつもいつも頑張る必要はないのだぞ」
「たまには息抜きしろってこと?」
「ああ。そもそも、人間はなんでもかんでも頑張り過ぎだからな。長い人生を生きるのだから、毎日午後に茶を飲む時間を持つくらいでちょうどよい」
「でも、忙しいときにお茶なんて飲めないんだよ」
「だったら、なにかひとつ後回しにすればよいではないか」
「えー……」
「えー、ではない。神様がこう言っておるのだぞ?」
フン、と鼻を鳴らすように言い切った雨天様に、思わず噴き出してしまう。
だけどきっと、雨天様の言う通りだと思った――。
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