金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫

文字の大きさ
上 下
49 / 69
お品書き【五】 上生菓子 ~神様からの贈り物~

上生菓子 ~神様からの贈り物~【3】

しおりを挟む
「頑張る、か……。まぁ、来年には就活を始めなきゃいけないしね」

「ん? ……ああ、就職活動というやつか」

「うん、そう。就活は憂鬱だけど、社会人になるのは嫌じゃないし、頑張らなきゃとは思ってるんだけど……」


 そこで言葉とともに足を止めると、隣を歩いていた雨天様も立ち止まった。
 少し待ってもなにも言わない私に、「どうした?」と優しい声が届く。


「私、夢とか目標がないんだ……」


 兄と姉はとても優秀で、難関中学を受験して一流大学に入り、それぞれ誰もが知っている外資系の有名企業に就職した。
 反して私は、中学受験に失敗し、高校もごく普通の県立に通い、大学だってそこそこの偏差値のところに入学するのが精一杯だった。


「友達の中には私と同じように『目標がない』って言ってる子もいるんだけど、うちはお兄ちゃんとお姉ちゃんが優秀でね。私だけ出来が悪かったの……」


 両親の期待を寄せられていた兄たちとは違い、私は勉強に関しては早々に見切りをつけられていたことは知っている。
 期待に満ちた瞳を向けられなくなったときには、子ども心にそれなりに傷ついた。


「高校も大学も普通よりもいいところには行けたけど、第一志望には届かなくて……。両親のことは、今までに何度もがっかりさせたと思う」


 だからと言って、両親から特別ひどい扱いをされたり、罵られたりしたことはないけれど……。大学進学を機に家を出るまではずっと、両親と顔を合わせるたびに自身の不甲斐なさを申し訳なく思い、息が詰まってしまいそうだった。


「兄弟の出来はよくて、ふたりとも超一流企業に勤めてて、両親はいつも自慢してた。でも、私だけ外で褒められることはほとんどなかったんだ」


 家の中では『頑張ったね』と言ってくれるけれど、外では褒められた記憶はない。
 親戚からは兄や姉と比較されることも多くて、いつも息が苦しかった。


「でもね、おばあちゃんだけは私をたくさん褒めてくれたんだ」


『宿題をちゃんとして偉いわね』
『好き嫌いせずに食べてすごいじゃない』
『ひかりちゃんがお手伝いしてくれて助かるわ』


 どれもこれも、取るに足らないようなことばかり。
 だけど、些細なことでも褒めてくれるおばあちゃんだけは、私のことをちゃんと見てくれていると思えて、物心ついたときには心の拠り所になっていた。


「だから、長期休みになるとおばあちゃん家で過ごせるのが嬉しくて、いつも金沢に来てた」


 両親の期待が薄れていく中で、おばあちゃんだけは最後に会ったときですら私のことを褒めてくれた。
 本当に些細なことばかりだったけれど、大学生になっても私のことをちゃんと見てくれるおばあちゃんに何度救ってもらったかわからない。


「おばあちゃんとの時間が、私の一番の心の支えみたいなものだったと思う」


 とても思いやりがあって、たくさん褒めてくれて、いつも笑顔で明るくて。
 いつからか、私はおばあちゃんみたいな人になりたいと思うようになっていた。


「おばあちゃんのおかげでグレたりしなかったし、両親と大喧嘩したこととかもなかったんだけど、両親とはずっとぎこちないときとかもあったんだ。でも、ひとり暮らしをするようになってからは、いい距離感で付き合えるようになったとは思う」


 離れてみたことで両親がいることへのありがたみみたいなものを何度も感じたし、期待をされていなくても人並みに大事にされていたんだということにも気づけた。
 離れて暮らしているからこそ、実家に帰ったときには今までよりも向き合って話すことも増えた。


「実家に帰っても、前ほど息苦しさみたいなものは感じないし。それに、お兄ちゃんとお姉ちゃんは昔から優しいしね」


 おばあちゃん家の方が居心地はいいとは思うけれど、実家も決して悪くはない。
 そんな風にまで思えるようになっただけでも、ひとり暮らしをしてよかった。


「そうか」

「うん。ただ……」


 安堵混じりの笑みを落とした雨天様が、心配そうに私を見つめてくる。
 暗くなり過ぎないように、少しだけ笑って見せた。


「私はちゃんとした夢も目標もないし、就活でまた両親をがっかりさせるかもしれないって思うと……すごく怖いんだ」


 おばあちゃんが心配しないように、しっかり頑張ろう。
 そう思うようにしても、これから先のことを考えると不安しか出てこない。


「もう子どもじゃないのに、なんだか情けないよね」


 笑っていたいのに、負の感情に負けてしまいそう。
 そんな気持ちを隠して乾いた笑いを上げた私を、雨天様が「ひかり」と静かに呼んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蛇のおよずれ

深山なずな
キャラ文芸
 平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。  ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

非公開とさせていただきました(しばらくはお知らせのため残しますが、のちに削除いたします)

双葉
キャラ文芸
 キャラ文芸大賞に応募していた本作ですが、落選したため非公開とさせていただきました。夢である書籍化を目指して改稿し、別の賞へチャレンジいたします。  審査員の皆さま、読者として読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

ナマズの器

螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。 不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

千里香の護身符〜わたしの夫は土地神様〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
ある日、多田羅町から土地神が消えた。 天候不良、自然災害の度重なる発生により作物に影響が出始めた。人口の流出も止まらない。 日照不足は死活問題である。 賢木朱実《さかきあけみ》は神社を営む賢木柊二《さかきしゅうじ》の一人娘だ。幼い頃に母を病死で亡くした。母の遺志を継ぐように、町のためにと巫女として神社で働きながらこの土地の繁栄を願ってきた。 ときどき隣町の神社に舞を奉納するほど、朱実の舞は評判が良かった。 ある日、隣町の神事で舞を奉納したその帰り道。日暮れも迫ったその時刻に、ストーカーに襲われた。 命の危険を感じた朱実は思わず神様に助けを求める。 まさか本当に神様が現れて、その危機から救ってくれるなんて。そしてそのまま神様の住処でおもてなしを受けるなんて思いもしなかった。 長らく不在にしていた土地神が、多田羅町にやってきた。それが朱実を助けた泰然《たいぜん》と名乗る神であり、朱実に求婚をした超本人。 父と母のとの間に起きた事件。 神がいなくなった理由。 「誰か本当のことを教えて!」 神社の存続と五穀豊穣を願う物語。 ☆表紙は、なかむ楽様に依頼して描いていただきました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

処理中です...