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お品書き【四】 おはぎ ~別れるその日まで~

おはぎ ~別れるその日まで~【5】

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「おう、コン。またデートかい」

「お遣いにございます」

「相変わらずお堅いなぁ」


 近頃は、猪俣さんのところに行くと、決まって猪俣さんとコンくんがこんなやり取りをする。
 同じシーンの繰り返しに、私は今日も小さく笑った。


「本当は満更じゃないんだろう?」

「猪俣様はしつこいですよ」


 からかう猪俣さんと、決まったセリフを返すコンくんと、そんなふたりを見てクスクスと笑う私。
 三人の立ち位置が、すっかり定着してしまっている。


「本日は、小豆ともち米をお願いしておりましたが……」

「ああ、ちゃんと仕入れてある。小豆はいつもよりちょっといいものが手に入ったぞ」

「ありがとうございます」

「次の注文は?」

「明後日までに、和三盆をご用意いただけますか? それと、いつもの飴屋さんの水あめも」

「おいおい、和三盆は早めに言ってくれって言ってるだろう?」

「申し訳ございません。私も出かけに言いつけられたものですから」


 猪俣さんは盛大なため息をつきながらも、承諾してくれる。
 これも、もうすっかり見慣れた光景だ。


「こちらが今日の甘味でございます」

「今日はなんだ?」

「塩大福でございます」

「おぉ、それはいいな! 夏にぴったりだ!」


 コンくんに訊きながら風呂敷の中身を確認した猪俣さんが、パッと笑顔になった。
 今日一番の笑顔になったところを見ると、コンくんと同じように塩大福も好きみたい。


「ん? もうひとつ容れ物があるな」

「そちらは、奥様がお好きな豆大福でございます。どちらもおふたりで召し上がっていただけるよう、ふたつずつご用意させていただきました」

「ほう、気が利くじゃないか。あいつも喜ぶよ。豆大福は滅多に食えないからなぁ」

「猪俣様にはいつもお世話になっているからという、雨天様のお気持ちでございます。それと、豆大福はよい黒豆が手に入りにくいので滅多に作りませんが、奥様がご注文くださればいつでもお作りします、とご伝言です」

「ありがとうな」


 フッと寂しげな顔をした猪俣さんを見ていると、猪俣さんは「うちの奴、ちょっと入院してるんだ」と微笑した。


「え? 大丈夫なんですか?」


 思わず尋ねた私と、帰り支度をしていたコンくんは、お互いの顔を見合わせてしまう。
 猪俣さんの奥さんとは一度しか話したことがないけれど、とても優しくて穏やかな人だから、私はその一度会っただけでとても好きになった。


「ああ、ただの夏バテだ。どうも歳を取るとダメだよなぁ」

「あの……じゃあ、大丈夫なんですか?」

「入院は、念のためだとさ。昨日入院して、明日の朝に問題がなければ、午後には帰ってくる予定だ」

「よかった……」


 ホッと胸を撫で下ろすと、コンくんも安堵の息を吐いているところだった。
 奥さんが好きなのはコンくんも同じだし、お互いの顔にはきっと不安の色が濃く出ていたに違いない。


「まったく……。だから、言ったんだ! 昨日はちょっとしんどそうだったから、無理して買い物になんか行かなくていいって」

「体調が悪いのにお買い物に行かれたのですか?」


 手を止めたままのコンくんが眉を下げれば、猪俣さんが少しだけ気まずそうな顔をした。
 なんだろう、と思っていると、皺がたくさん刻まれた顔が照れ臭そうに背けられ、太い指が頭をポリポリと掻いた。


「昨日は結婚記念日だったんだ」

「そうだったんですか? おめでとうございます!」

「この歳になっても、まだ祝うなんて言うから、こっちはいいって言ったんだけどさ。祝うって言って譲らないから、代わりに買い出しに行こうとしたら、それも止められたんだ」

「なにか理由でもあったんですか?」


 きっと、そうに違いないと思いながらも訊けば、猪俣さんは呆れ混じりに笑った。


「ホールのケーキを予約してたらしいんだ。ケーキなんて孫が遊びに来るときくらいしか買わないのに、今年はダイヤモンド婚式だったから早くから予約してたんだとさ」

「奥様はきっと、猪俣様とお祝いしたかったのでしょう」

「気持ちは嬉しいが、それを取りに行くために倒れられたら、こっちの寿命が縮むよ」


 コンくんの言葉に、猪俣さんが苦笑を零す。
 呆れたような物言いだけれど、奥さんを大切にしているのは表情を見ればわかった。


「別にケーキもプレゼントもいらないが、あいつがいなくなるのは勘弁だ。この歳で情けないが、あいつにはまだまだ長生きしてもらわないと困るからさ」

「でしたら、早くお見舞いに行って差し上げてください。我々はもうお暇しますので」

「コンくんの言う通りです。きっと、奥さんは猪俣さんが来られるのを待ってるはずですから」

「いや、それなら午後から――」

「それはいけませんよ!」
「そんなのダメですよ!」


 猪俣さんの話を遮った私たちは、同じようなセリフを口にしていて、思わずまた顔を見合わせていた。
 目配せで察し合い、再び猪俣さんに視線を戻す。


「わかったよ。この大福を持っていけば、あいつもすぐに元気になるだろうしな」


 程なくして、フッと笑った猪俣さんは、二種類の大福を見下ろして頷いた。
 奥さんが無事に退院したと聞いたのは、翌々日に品物を取りに来たときだった――。

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