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お品書き【三】 栗羊羹 ~神様たちと過ごす日々~
栗羊羹 ~神様たちと過ごす日々~【6】
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「おかえり」
「ただいま帰りました!」
「ひかりも、おかえり」
「えっと……ただいま」
「コン、材料は台所へ。猪俣様はお元気だったか?」
「ええ、相変わらずでございました」
お屋敷に着くと、雨天様が優しい笑みで出迎えてくれ、台所に向かいながらコンくんの話を楽しそうに聞いていた。
その様子を見て、ますます不思議な気持ちになってしまう。
コンくんいわく、実は雨天様と猪俣さんは会ったことはないのだとか。
理由は、雨天様はお屋敷の敷地内から出られないし、猪俣さんはお屋敷の場所を知らないから……らしい。
ここにはコンくんの声に呼ばれれば来ることができるとはいえ、簡単に足を踏み入れられる場所じゃないとは聞いている。
そして、必ずしもコンくんの声が聞こえるわけじゃない、とも。
ただ、猪俣さんに関して言えば、代々このお屋敷との縁があるのだし、なによりもコンくんの姿が見えるのだから、お屋敷に来られそうなものなのに。
コンくんに尋ねてみたところ、それとここに入れるというのはまた別の問題らしい。
なんだか納得できるようなできないような、なんとも言えない気持ちだったけれど……。用意されていたおいしい昼食を食べている間も、雨天様がコンくんに色々と訊いているところを見ると、そういうものなんだと納得するしかなかった。
「さて、ひかり。片付けが済んだら、今度は私が庭を案内しよう」
「え? いいの? 仕込みとかあるんじゃないの?」
「猪俣様への手土産の栗羊羹が、今宵の甘味なのだ。あとは冷やしておくだけだし、私もひかりと少し話がしたい」
ニッコリと微笑まれて、その綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。
初めてお屋敷に来てから今日までの三日間は、怒涛の日々だったからあまり意識する余裕がなかったけれど、雨天様には人間離れした美しさがある。
銀糸のような髪、涼しげなのに力強い切れ長の瞳、高い鼻。
よく見れば右の瞳の下には小さな泣きぼくろがあって、それがまた雨天様の秀麗さを際立たせているような気がした。
「私では不服か?」
「ううん、全然! えっと……よろしくお願いします」
「ああ」
私が頭を小さく下げると、雨天様が瞳をそっと緩めた。切れ長の双眸が柔らかな優しさを灯し、やっぱり吸い込まれてしまいそうな気持ちになる。
「でしたら、片付けは我々がいたしますので、おふたりはお庭へ」
そんな私を余所にギンくんが笑顔で提案してくれ、私は片付けもさせてもらえないまま、雨天様に促されて……。雨天様を追って、玄関へと向かうことになった。
「ああ、ひかり。傘はいらないよ」
「でも、外は雨が……」
「だから、私の傘に入りなさい」
雨天様は、玄関で自分の折り畳み傘を手にした私を制すると、立てかけてあった赤い和傘を持った。
珍しいものを間近で見せられた私は、ついそれに見入ってしまう。
「蛇の目傘だ。柄は木棒で、こうして藤が巻いてある」
「触ってみてもいい?」
「ああ、持ってみるか? 少し重いが」
「うん、持ちたい」
そっと渡された蛇の目傘を、どこか慎重な気持ちで受け取る。ずっしりとした重みがあるけれど、鮮やかな色に目を奪われた。
蛇の目傘の赤い和紙には白い輪が施され、そこに沿うように梅の花が描かれている。内側に張られた糸は〝飾り糸〟というらしく、和傘の美しさに感嘆のため息が漏れてしまった。
「ただいま帰りました!」
「ひかりも、おかえり」
「えっと……ただいま」
「コン、材料は台所へ。猪俣様はお元気だったか?」
「ええ、相変わらずでございました」
お屋敷に着くと、雨天様が優しい笑みで出迎えてくれ、台所に向かいながらコンくんの話を楽しそうに聞いていた。
その様子を見て、ますます不思議な気持ちになってしまう。
コンくんいわく、実は雨天様と猪俣さんは会ったことはないのだとか。
理由は、雨天様はお屋敷の敷地内から出られないし、猪俣さんはお屋敷の場所を知らないから……らしい。
ここにはコンくんの声に呼ばれれば来ることができるとはいえ、簡単に足を踏み入れられる場所じゃないとは聞いている。
そして、必ずしもコンくんの声が聞こえるわけじゃない、とも。
ただ、猪俣さんに関して言えば、代々このお屋敷との縁があるのだし、なによりもコンくんの姿が見えるのだから、お屋敷に来られそうなものなのに。
コンくんに尋ねてみたところ、それとここに入れるというのはまた別の問題らしい。
なんだか納得できるようなできないような、なんとも言えない気持ちだったけれど……。用意されていたおいしい昼食を食べている間も、雨天様がコンくんに色々と訊いているところを見ると、そういうものなんだと納得するしかなかった。
「さて、ひかり。片付けが済んだら、今度は私が庭を案内しよう」
「え? いいの? 仕込みとかあるんじゃないの?」
「猪俣様への手土産の栗羊羹が、今宵の甘味なのだ。あとは冷やしておくだけだし、私もひかりと少し話がしたい」
ニッコリと微笑まれて、その綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。
初めてお屋敷に来てから今日までの三日間は、怒涛の日々だったからあまり意識する余裕がなかったけれど、雨天様には人間離れした美しさがある。
銀糸のような髪、涼しげなのに力強い切れ長の瞳、高い鼻。
よく見れば右の瞳の下には小さな泣きぼくろがあって、それがまた雨天様の秀麗さを際立たせているような気がした。
「私では不服か?」
「ううん、全然! えっと……よろしくお願いします」
「ああ」
私が頭を小さく下げると、雨天様が瞳をそっと緩めた。切れ長の双眸が柔らかな優しさを灯し、やっぱり吸い込まれてしまいそうな気持ちになる。
「でしたら、片付けは我々がいたしますので、おふたりはお庭へ」
そんな私を余所にギンくんが笑顔で提案してくれ、私は片付けもさせてもらえないまま、雨天様に促されて……。雨天様を追って、玄関へと向かうことになった。
「ああ、ひかり。傘はいらないよ」
「でも、外は雨が……」
「だから、私の傘に入りなさい」
雨天様は、玄関で自分の折り畳み傘を手にした私を制すると、立てかけてあった赤い和傘を持った。
珍しいものを間近で見せられた私は、ついそれに見入ってしまう。
「蛇の目傘だ。柄は木棒で、こうして藤が巻いてある」
「触ってみてもいい?」
「ああ、持ってみるか? 少し重いが」
「うん、持ちたい」
そっと渡された蛇の目傘を、どこか慎重な気持ちで受け取る。ずっしりとした重みがあるけれど、鮮やかな色に目を奪われた。
蛇の目傘の赤い和紙には白い輪が施され、そこに沿うように梅の花が描かれている。内側に張られた糸は〝飾り糸〟というらしく、和傘の美しさに感嘆のため息が漏れてしまった。
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