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お品書き【二】 どら焼き ~居場所を失くした者~
どら焼き ~居場所を失くした者~【14】
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「人間の記憶を消すのは、あるべき場所にお帰りになられたあとで思い出して再びここを訪れないようにするため、でございます。魂や、ときには神様までもがお客様になるこの屋敷に、無防備な人間がそう何度も訪れては魂が引きずられてしまうこともあるのです」
「えっと……つまり、魂が引きずられるのはダメってことなんだよね?」
「はい。まだ命あるお客様の魂が他のお客様やこの屋敷と密になった場合、人の魂はもとの場所に戻れなくなります」
「え、じゃあ……」
「ご想像されている通りだと思います」
一気に不安に侵され、心臓が嫌な音を立てる。
冷汗を掻いたような気がしたとき、コンくんが口を開いた。
「魂がもとの場所に戻れなくなれば、必然的に体は動きません。そして、戻る術を失くした魂は、本人の意思とは関係なくこの世を彷徨い続けることになるのです」
「今までにそういう人がいたことはあるの……?」
「ひかり様の前にいらっしゃったふたりのお客様は、天寿を全うされました。私が聞いている限りでは、私が来る前にも魂が彷徨ったお客様はいないようです」
答えを聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。
不安は色々あるけれど、前例がないのなら〝そうなる〟可能性はそんなに高くないはずだ、と思ったから。
ところが、コンくんもギンくんも神妙な顔つきで、少なくとも安堵感を抱かせてくれそうにはない。
つい雨天様を見ると、雨天様は息を小さく吐いた。
「ひかりには、私がさきほど守護の術をかけたが、さほど強いものではない。私が少しでも離れれば効力は弱まるし、お客様に触れることがあれば魂があっという間に引きずられてしまうこともある」
穏やかじゃない内容に、ゾッとしてしまう。
長生きしたいと強く思っているとか、大きな夢があるとかじゃないけれど、少なくともそんなホラーな展開にはなりたくない。
「全然安全じゃないじゃん! むしろ、危険なままってこと?」
「私の傍にいれば守ってやれる。だが、一刻も早くこことの縁を失くしてしまう方がいいだろう」
「じゃあ、結局はどうすればいいの?」
縋る私に、雨天様は「コン」と口にした。
コンくんはお馴染みの明るい返事をすると、「ひかり様」と私の名前を呼んで笑みを向けてきた。
「さきほど我々で話し合ったのですが、ひとまずこちらでお過ごしになってください。そうすれば、雨天様が解決策を見つけてくださるでしょう」
「見つからなかったら?」
「そんなことはありえません。雨天様は神様ですから」
半信半疑の私に、コンくんが胸を張る。
ギンくんもコンくんの言葉に大きく頷いていて、雨天様は瞳を柔らかく緩めていた。
雨天様たちの瞳や態度が、〝大丈夫だ〟と言っている。
知らないうちに、よくわからない上にありえない状況に陥ってしまっていたのに、不思議と三人のことは素直に信じることができた。
「わかった、信じるよ」
おばあちゃんの家に泊まるつもりだったけれど、なにか予定があったわけじゃない。
こっちには友人もいないし、実家は千葉にあって、親戚だってすぐに会いに行けるような距離にはいない。
まるで最初からこうなることが決まっていたのかと思うほど、今の私が頼れる場所は雨天様たちしかいなかったのだ。
もっとも、こんな話をしたって誰にも信じてもらえないだろうけれど。
「ひかり様がお帰りになりたいときは、コンとギンがお供いたします。なにかお困りのことがあれば、なんでもおっしゃってくださいね」
「あ、じゃあ、荷物は取りに行きたいかな……。でも、一緒に行ってくれるのは雨天様じゃないの? 雨天様から離れない方がいいんだよね?」
「いいえ、それは……」
眉を下げたコンくんを見て、ハッとする。
悪気があったわけじゃないけれど、きっと傷つけてしまったと感じたから。
「あ、違うの! コンくんとギンくんを信用してないわけじゃないんだよ? でも、さっき雨天様の傍にいた方がって……」
「あ、いいえ。そういうことではないのです。ひかり様がおっしゃりたいことはわかっておりますので、お気遣いは無用でございます」
すぐに笑顔になったコンくんは、ギンくんと顔を見合わせたあとで、ふたりとも雨天様を見た。ふたりは、まるで雨天様の様子を窺うように、困惑顔をしていた。
「よい。私が説明しよう」
雨天様は息を吐くと、私を見た。それから、おもむろに開口した。
「えっと……つまり、魂が引きずられるのはダメってことなんだよね?」
「はい。まだ命あるお客様の魂が他のお客様やこの屋敷と密になった場合、人の魂はもとの場所に戻れなくなります」
「え、じゃあ……」
「ご想像されている通りだと思います」
一気に不安に侵され、心臓が嫌な音を立てる。
冷汗を掻いたような気がしたとき、コンくんが口を開いた。
「魂がもとの場所に戻れなくなれば、必然的に体は動きません。そして、戻る術を失くした魂は、本人の意思とは関係なくこの世を彷徨い続けることになるのです」
「今までにそういう人がいたことはあるの……?」
「ひかり様の前にいらっしゃったふたりのお客様は、天寿を全うされました。私が聞いている限りでは、私が来る前にも魂が彷徨ったお客様はいないようです」
答えを聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。
不安は色々あるけれど、前例がないのなら〝そうなる〟可能性はそんなに高くないはずだ、と思ったから。
ところが、コンくんもギンくんも神妙な顔つきで、少なくとも安堵感を抱かせてくれそうにはない。
つい雨天様を見ると、雨天様は息を小さく吐いた。
「ひかりには、私がさきほど守護の術をかけたが、さほど強いものではない。私が少しでも離れれば効力は弱まるし、お客様に触れることがあれば魂があっという間に引きずられてしまうこともある」
穏やかじゃない内容に、ゾッとしてしまう。
長生きしたいと強く思っているとか、大きな夢があるとかじゃないけれど、少なくともそんなホラーな展開にはなりたくない。
「全然安全じゃないじゃん! むしろ、危険なままってこと?」
「私の傍にいれば守ってやれる。だが、一刻も早くこことの縁を失くしてしまう方がいいだろう」
「じゃあ、結局はどうすればいいの?」
縋る私に、雨天様は「コン」と口にした。
コンくんはお馴染みの明るい返事をすると、「ひかり様」と私の名前を呼んで笑みを向けてきた。
「さきほど我々で話し合ったのですが、ひとまずこちらでお過ごしになってください。そうすれば、雨天様が解決策を見つけてくださるでしょう」
「見つからなかったら?」
「そんなことはありえません。雨天様は神様ですから」
半信半疑の私に、コンくんが胸を張る。
ギンくんもコンくんの言葉に大きく頷いていて、雨天様は瞳を柔らかく緩めていた。
雨天様たちの瞳や態度が、〝大丈夫だ〟と言っている。
知らないうちに、よくわからない上にありえない状況に陥ってしまっていたのに、不思議と三人のことは素直に信じることができた。
「わかった、信じるよ」
おばあちゃんの家に泊まるつもりだったけれど、なにか予定があったわけじゃない。
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まるで最初からこうなることが決まっていたのかと思うほど、今の私が頼れる場所は雨天様たちしかいなかったのだ。
もっとも、こんな話をしたって誰にも信じてもらえないだろうけれど。
「ひかり様がお帰りになりたいときは、コンとギンがお供いたします。なにかお困りのことがあれば、なんでもおっしゃってくださいね」
「あ、じゃあ、荷物は取りに行きたいかな……。でも、一緒に行ってくれるのは雨天様じゃないの? 雨天様から離れない方がいいんだよね?」
「いいえ、それは……」
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「あ、いいえ。そういうことではないのです。ひかり様がおっしゃりたいことはわかっておりますので、お気遣いは無用でございます」
すぐに笑顔になったコンくんは、ギンくんと顔を見合わせたあとで、ふたりとも雨天様を見た。ふたりは、まるで雨天様の様子を窺うように、困惑顔をしていた。
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