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お品書き【二】 どら焼き ~居場所を失くした者~
どら焼き ~居場所を失くした者~【13】
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「さきほどのような形が、お茶屋敷にいらしたお客様のあるべき去り方なのです」
雨天様とギンくんがテーブルの上を片付け、コンくんが玄関にかけてあるという暖簾をしまったあと、再び客間に全員が揃った。
そして、例によって雨天様の命令で、コンくんが説明をしてくれることになった。
「光って消えるのが?」
「いいえ、消えると言うと少し語弊があります。我々の前からは消えましたが、お客様自身が消えるのではなく、あるべき場所に帰るのです。例えば、さきほどのお客様は恐らく主の魂がある場所へ、死んだ者なら天国か地獄へ……という風に」
「どこに行くかは、コンくんたちはわかるの?」
「いいえ。それは、我々が知るべきことではないのです。ただし、人間のお客様の場合にはわかります」
コンくんは、「ひかり様のように」と笑顔で付け足し、ギンくんを見たあとで視線を私に戻した。
「ひかり様は、記憶こそなかったはずですが、きちんとご自身でお帰りになっています。私とギンはそっとその後をつけ、ひかり様が家の中に入ったあとで記憶を消す術をかけました」
「そういえば、ここから帰ったときのことはまったく覚えてないんだよね」
「それが普通なのです。むしろ、それだけしか忘れていないのは奇跡だと思ってください」
コンくんは気まずそうに笑うと、雨天様をチラリと見た。
雨天様は私たちの話は聞いているけれど、口を挟もうとする様子はない。
「ひかり様の心が癒え切っていなくても、本来なら我々のことも屋敷でのことも、自力で思い出すことはないはずでした。理由は我々にもわかりませんが、私は恐らく心の傷以外にもなにかあるのではないかと思っております」
「え? そうなの?」
「はい。ですが、こちらは憶測の域を出ませんので、今はお忘れください」
「あ、うん……」
私が雨天様たちのことを思い出せた理由は気になるけれど、コンくんたちがわからないことを私がわかるはずがない。
頷くしかなかった私は、ひとまず話題を変えた。
「さっきのお客様は、心の傷が癒えたの?」
「綺麗さっぱりとはいかなくても、癒えたからこそあるべき場所にお帰りになられたのです。その行先はわかりませんが、笑って行かれたのできっと大丈夫でしょう」
「そういうものなんだ」
コンくんの言葉は、妙に説得力があった。
あのお客様の最後の表情はとても穏やかだったし、主のもとに行けたらいいなと思う。
「つまり、ここにいらっしゃるお客様は、基本的に〝人ではない者〟なのです。神様や死者、さきほどのように神使ということもありますが、いずれも決して人とは違います」
「でも、人も来るんだよね。だって、確か……」
雨天様とコンくんの会話を思い出して訊けば、コンくんは「はい」と小さく頷いた。
「確かに、人間のお客様もお越しになられることはございます。ひかり様の前に人間のお客様がいらっしゃったのは、八十年ほど前でした。その前は、百十年近く前のことです」
「え? そんなに?」
「雨天様は、昔はもう少し人間のお客様もいらっしゃったとおっしゃっていましたが、私とギンがおもてなしをさせていただいた人間のお客様は、ひかり様で三人目でございます」
ということは、つまりこの屋敷に人間が来ることはほとんどない。
むしろ、平均寿命を生きたとしても人生約九十年の人間目線から言えば、八十年ぶりとか百十年ぶりとか、〝ほとんど〟なんて言えるレベルですらないと思う。
「人が来るのはレアなんだね」
「れあ?」
「え? ああ、えっと……珍しい、みたいな意味かな」
「ああ、そうです。とても珍しいですよ」
首を傾げたコンくんに意味を伝えれば、コンくんは笑顔で肯定した。
コンくんは、続けて「とにかく」と前置きをし、私を真剣な瞳で見つめた。
「それほどまでに、人が足を踏み入れる確率は少ないのです。理由は、私の声は人に届くことがほとんどないというのはもちろん、人以外の者ばかりが出入りをするこの屋敷に人が足を踏み入れるというのは危ういからでございます」
危ういという言葉にたじろいだものの、あまり不安はなかった。
なぜなら、今はちっともそんな感じなんてしないから。
雨天様とギンくんがテーブルの上を片付け、コンくんが玄関にかけてあるという暖簾をしまったあと、再び客間に全員が揃った。
そして、例によって雨天様の命令で、コンくんが説明をしてくれることになった。
「光って消えるのが?」
「いいえ、消えると言うと少し語弊があります。我々の前からは消えましたが、お客様自身が消えるのではなく、あるべき場所に帰るのです。例えば、さきほどのお客様は恐らく主の魂がある場所へ、死んだ者なら天国か地獄へ……という風に」
「どこに行くかは、コンくんたちはわかるの?」
「いいえ。それは、我々が知るべきことではないのです。ただし、人間のお客様の場合にはわかります」
コンくんは、「ひかり様のように」と笑顔で付け足し、ギンくんを見たあとで視線を私に戻した。
「ひかり様は、記憶こそなかったはずですが、きちんとご自身でお帰りになっています。私とギンはそっとその後をつけ、ひかり様が家の中に入ったあとで記憶を消す術をかけました」
「そういえば、ここから帰ったときのことはまったく覚えてないんだよね」
「それが普通なのです。むしろ、それだけしか忘れていないのは奇跡だと思ってください」
コンくんは気まずそうに笑うと、雨天様をチラリと見た。
雨天様は私たちの話は聞いているけれど、口を挟もうとする様子はない。
「ひかり様の心が癒え切っていなくても、本来なら我々のことも屋敷でのことも、自力で思い出すことはないはずでした。理由は我々にもわかりませんが、私は恐らく心の傷以外にもなにかあるのではないかと思っております」
「え? そうなの?」
「はい。ですが、こちらは憶測の域を出ませんので、今はお忘れください」
「あ、うん……」
私が雨天様たちのことを思い出せた理由は気になるけれど、コンくんたちがわからないことを私がわかるはずがない。
頷くしかなかった私は、ひとまず話題を変えた。
「さっきのお客様は、心の傷が癒えたの?」
「綺麗さっぱりとはいかなくても、癒えたからこそあるべき場所にお帰りになられたのです。その行先はわかりませんが、笑って行かれたのできっと大丈夫でしょう」
「そういうものなんだ」
コンくんの言葉は、妙に説得力があった。
あのお客様の最後の表情はとても穏やかだったし、主のもとに行けたらいいなと思う。
「つまり、ここにいらっしゃるお客様は、基本的に〝人ではない者〟なのです。神様や死者、さきほどのように神使ということもありますが、いずれも決して人とは違います」
「でも、人も来るんだよね。だって、確か……」
雨天様とコンくんの会話を思い出して訊けば、コンくんは「はい」と小さく頷いた。
「確かに、人間のお客様もお越しになられることはございます。ひかり様の前に人間のお客様がいらっしゃったのは、八十年ほど前でした。その前は、百十年近く前のことです」
「え? そんなに?」
「雨天様は、昔はもう少し人間のお客様もいらっしゃったとおっしゃっていましたが、私とギンがおもてなしをさせていただいた人間のお客様は、ひかり様で三人目でございます」
ということは、つまりこの屋敷に人間が来ることはほとんどない。
むしろ、平均寿命を生きたとしても人生約九十年の人間目線から言えば、八十年ぶりとか百十年ぶりとか、〝ほとんど〟なんて言えるレベルですらないと思う。
「人が来るのはレアなんだね」
「れあ?」
「え? ああ、えっと……珍しい、みたいな意味かな」
「ああ、そうです。とても珍しいですよ」
首を傾げたコンくんに意味を伝えれば、コンくんは笑顔で肯定した。
コンくんは、続けて「とにかく」と前置きをし、私を真剣な瞳で見つめた。
「それほどまでに、人が足を踏み入れる確率は少ないのです。理由は、私の声は人に届くことがほとんどないというのはもちろん、人以外の者ばかりが出入りをするこの屋敷に人が足を踏み入れるというのは危ういからでございます」
危ういという言葉にたじろいだものの、あまり不安はなかった。
なぜなら、今はちっともそんな感じなんてしないから。
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