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お品書き【二】 どら焼き ~居場所を失くした者~
どら焼き ~居場所を失くした者~【6】
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「……うん、こんな感じかな。あとは覚えてないだけかもしれないけど、これで全部話したと思う」
説明が終わったことを伝えると、雨天様は何度か小さく頷いたあと、「傷が癒えなかったか」と苦笑を漏らした。
小首を傾げた私に、「コン」と声を掛けられたコンくんが「はい」と背筋を伸ばした。
「ひかり様、我々のことやここに辿り着いたいきさつは昨夜お聞きになりましたね。覚えていますか?」
「うん。コンくんの声に呼ばれて、雨天様が見えたから……」
昨夜の記憶を確認してきたコンくんは、「そうです」と笑った。
「ひかり様に私の声が届いたのは、ひかり様が深く傷ついておられたからなのです。私の声が魂に届きやすい状態というのがあるのですが、それは総じて心に深い傷を負っているときなのでございます。……お心当たりはおありでしょう」
疑問形ではなく、断言にも似た言い方に、小さく頷く。
心当たりはひとつしかなくて、それが答えだというのはわかっていた。
「おばあ様を失い、この辺りを彷徨っていたひかり様を見つけたのは私でございます。このときにはまだ、私の声が聞こえるかどうかはわかりませんでした。しかし、ひかり様は私の声を聞き、雨天様に会い、この屋敷に足を踏み入れられた」
「うん……」
「そうしてここにやって来た方を我々はお客様としてもてなし、甘味を味わっていただくひとときでお客様の傷ついた心を癒やし、お帰りになっていただきます」
「でも、私……昨日はどうやって帰ったのか覚えてないんだけど……」
「はい、そうでなければ困るのです」
「どういうこと?」
「心の傷が癒えた者は、必ずここで眠ってしまいます。そして、普通ならそのままお客様が本来あるべき場所に自力で帰られるのですが、人間だけはそうはいかないのです」
「うん? 人間だけは?」
「ああ、それについてはまたあとでご説明いたしますので、先にひかり様のことをお話してもよろしいですか?」
コンくんが眉を下げて微笑んだから、私は慌てて「うん」と返事をした。
「ひかり様をご自宅にお送りしたのは、私とギンです。本来は自力でお帰りになられるのが普通なのですが、人間だけは我々がお送りすることになっています。そして、きちんと送り届けたあと、ここでの記憶を消す術をかけるのです」
「だから、すぐに思い出せなかったってことなんだよね?」
「いえ、本来なら二度と思い出すことはないはずなのです。現に、八十年前に現れた人間は、この世を去るまで術にかかったままにございました」
「でも、私は思い出したよ?」
「正直、その理由は我々にもわからないのです。術は確かにかかっておりましたし、ギンとともにそれは確認しております。雨天様も術の形跡を見つけられたようですので、確かにかかっていたはずなのです。しかし……」
「ひかりは、再びここに来てしまった」
コンくんがためらったのを見計らうように、雨天様が口を挟んだ。
ギンくんは黙ったまま、私を見つめている。
「人間がここに来た場合、記憶を消してしまうのは再びここを訪れないようにするためなのだ」
「えっと、それってここには一度しか来ちゃいけないってこと?」
「一度しか、というわけではないが、決して何度も足を踏み入れてもよいような場所ではないな」
「ここが神様の家だから?」
「それもある。だが、もっと別の理由の方が強い」
雨天様は困り顔で微笑し、「百聞は一見に如かずか」とひとり言のように零した。
「もうすぐここにお客様がやって来る。この世の者ではない、まったく別の命だ。ひかりはここにいてよいが、決してその客に触れてはならない。わかったか?」
「は、はい……」
あまりに真剣な面持ちを向けられて、思わず喉をゴクリと鳴らして敬語で返事をしていた。すると、雨天様は瞳をそっと緩めた。
説明が終わったことを伝えると、雨天様は何度か小さく頷いたあと、「傷が癒えなかったか」と苦笑を漏らした。
小首を傾げた私に、「コン」と声を掛けられたコンくんが「はい」と背筋を伸ばした。
「ひかり様、我々のことやここに辿り着いたいきさつは昨夜お聞きになりましたね。覚えていますか?」
「うん。コンくんの声に呼ばれて、雨天様が見えたから……」
昨夜の記憶を確認してきたコンくんは、「そうです」と笑った。
「ひかり様に私の声が届いたのは、ひかり様が深く傷ついておられたからなのです。私の声が魂に届きやすい状態というのがあるのですが、それは総じて心に深い傷を負っているときなのでございます。……お心当たりはおありでしょう」
疑問形ではなく、断言にも似た言い方に、小さく頷く。
心当たりはひとつしかなくて、それが答えだというのはわかっていた。
「おばあ様を失い、この辺りを彷徨っていたひかり様を見つけたのは私でございます。このときにはまだ、私の声が聞こえるかどうかはわかりませんでした。しかし、ひかり様は私の声を聞き、雨天様に会い、この屋敷に足を踏み入れられた」
「うん……」
「そうしてここにやって来た方を我々はお客様としてもてなし、甘味を味わっていただくひとときでお客様の傷ついた心を癒やし、お帰りになっていただきます」
「でも、私……昨日はどうやって帰ったのか覚えてないんだけど……」
「はい、そうでなければ困るのです」
「どういうこと?」
「心の傷が癒えた者は、必ずここで眠ってしまいます。そして、普通ならそのままお客様が本来あるべき場所に自力で帰られるのですが、人間だけはそうはいかないのです」
「うん? 人間だけは?」
「ああ、それについてはまたあとでご説明いたしますので、先にひかり様のことをお話してもよろしいですか?」
コンくんが眉を下げて微笑んだから、私は慌てて「うん」と返事をした。
「ひかり様をご自宅にお送りしたのは、私とギンです。本来は自力でお帰りになられるのが普通なのですが、人間だけは我々がお送りすることになっています。そして、きちんと送り届けたあと、ここでの記憶を消す術をかけるのです」
「だから、すぐに思い出せなかったってことなんだよね?」
「いえ、本来なら二度と思い出すことはないはずなのです。現に、八十年前に現れた人間は、この世を去るまで術にかかったままにございました」
「でも、私は思い出したよ?」
「正直、その理由は我々にもわからないのです。術は確かにかかっておりましたし、ギンとともにそれは確認しております。雨天様も術の形跡を見つけられたようですので、確かにかかっていたはずなのです。しかし……」
「ひかりは、再びここに来てしまった」
コンくんがためらったのを見計らうように、雨天様が口を挟んだ。
ギンくんは黙ったまま、私を見つめている。
「人間がここに来た場合、記憶を消してしまうのは再びここを訪れないようにするためなのだ」
「えっと、それってここには一度しか来ちゃいけないってこと?」
「一度しか、というわけではないが、決して何度も足を踏み入れてもよいような場所ではないな」
「ここが神様の家だから?」
「それもある。だが、もっと別の理由の方が強い」
雨天様は困り顔で微笑し、「百聞は一見に如かずか」とひとり言のように零した。
「もうすぐここにお客様がやって来る。この世の者ではない、まったく別の命だ。ひかりはここにいてよいが、決してその客に触れてはならない。わかったか?」
「は、はい……」
あまりに真剣な面持ちを向けられて、思わず喉をゴクリと鳴らして敬語で返事をしていた。すると、雨天様は瞳をそっと緩めた。
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