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お品書き【一】 あんみつ ~銀の光に導かれて~
あんみつ ~銀の光に導かれて~【8】
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「ご馳走様でした」
すっかり空になった器に名残惜しさを感じながらも、スプーンを置いてからしっかりと背筋を伸ばして手を合わせた。
こんなに丁寧に〝ご馳走様〟をしたのは、随分と久しぶりだったかもしれない。
「お粗末様」
「え?」
返ってきた声に前を見れば、綺麗な瞳が私を見つめて微笑んでいた。
真っ直ぐな双眸は、どこか嬉しそうに丸められている。
あんみつに夢中だった私は、いつから見られていたのかすらわからないけれど……。私の言葉で喜んでくれたことは、すぐに悟った。
「あの、とってもおいしかったです! こんなにおいしいあんみつは初めてで……! 特にあの蜜! ほうじ茶の蜜なんて初めて食べたけど、癖になるおいしさで、止まらなかったです!」
「ひかりの顔を見ていればわかるよ。なぁ、お前たち?」
「はい、もちろんでございます。ギンも私も、ひかり様のお顔を見れば、お気持ちが手に取るようにわかります」
「ええ、雨天様。ひかり様は、雨天様特製のあんみつを大層気に入られたようです。雨天様の弟子として、大変誇らしい気持ちでございます」
三人それぞれの言葉を返してくれたことに、心が少しだけくすぐったくなる。照れ臭いような感覚を隠すように、お茶を飲んだ。
「さて、ひかり。お前は、私たちをどう思う?」
「……神様と神使ですよね? まぁ、そんなの冗談でしょうけど」
「申し訳ございません、雨天様。コンでは信じていただけませんでした」
しょんぼりとした顔つきになったコンくんに、なんだか悪いことをしてしまったような気持ちになる。
自分自身の感覚が普通だと思っているけれど、もしかしてそうじゃないのだろうか。
「泣き言を言うな。ひかりを呼んだのはお前だろう」
「だって、雨天様! ひかり様ったら、あんなお顔で歩いておられて……!」
「ああ、いい。それ以上は言うな」
雨天様とコンくんのやり取りを見ながら、自分自身も当事者であることを自覚しなかったわけじゃないけれど、口を挟むのは憚られた。
そもそも、目の前で繰り広げられる会話を聞く限り、なにを言っても話が噛み合う気がしない。
ギンくんは、黙ったままコンくんの隣に座っている。ふたりはお揃いの赤い着物を着ていて、顔立ちや声の感じも似ていたから、まるで双子のようだった。
そんなことを考えていると、雨天様が私をじっと見つめた。
真っ直ぐな瞳が銀色だということに気づいたのは、彼と会ってからこんなにもしっかりと視線が絡んだのは初めてだったから。
「……仕方ない。コン、ギン」
程なくして、雨天様にため息混じりに呼ばれたふたりは、「はい」と声を揃えて立ち上がった。
「ひかり、コンとギンをよく見ておれ」
話し方が変だとか、コンくんの冗談に付き合うのが普通なのか……とか。
疑問はそれ以外にもたくさんあったけれど、一番違和感があるのは雨天様なんて呼ばれているこの人。
うっかり私も〝様〟なんて付けているけれど、ここがお店で私がお客さんなら、私が彼のことを様付けで呼ぶのは違和感しかない。
ただ、それを口にする前に、「ひかり様」とコンくんに声を掛けられてしまった。
「よーく見ていてくださいね!」
念を押すような口調に思わず頷くと、コンくんとギンくんは顔を見合わせたあと、後ろにクルリと宙返りをした。
あまりにも綺麗な宙返りを見せられて、自然と『わぁ、上手!』なんて言おうとしたとき。
「わぁ……へっ⁉」
マヌケな声が落下し、そのまま開いた口が塞がらなくなってしまった。
(ふたりの髪が伸びた……? いやいや、そういうレベルの話じゃ……!)
「ひかり様、我々が人間ではないことは信じていただけましたか?」
信じるもなにも、私の目の前にいたふたりは淡い栗色のような毛を身に纏い、尖った耳をピクピクさせて仲良く並んでちょこんと座っている。
その姿はどう見ても、狐にしか見えなかった。
すっかり空になった器に名残惜しさを感じながらも、スプーンを置いてからしっかりと背筋を伸ばして手を合わせた。
こんなに丁寧に〝ご馳走様〟をしたのは、随分と久しぶりだったかもしれない。
「お粗末様」
「え?」
返ってきた声に前を見れば、綺麗な瞳が私を見つめて微笑んでいた。
真っ直ぐな双眸は、どこか嬉しそうに丸められている。
あんみつに夢中だった私は、いつから見られていたのかすらわからないけれど……。私の言葉で喜んでくれたことは、すぐに悟った。
「あの、とってもおいしかったです! こんなにおいしいあんみつは初めてで……! 特にあの蜜! ほうじ茶の蜜なんて初めて食べたけど、癖になるおいしさで、止まらなかったです!」
「ひかりの顔を見ていればわかるよ。なぁ、お前たち?」
「はい、もちろんでございます。ギンも私も、ひかり様のお顔を見れば、お気持ちが手に取るようにわかります」
「ええ、雨天様。ひかり様は、雨天様特製のあんみつを大層気に入られたようです。雨天様の弟子として、大変誇らしい気持ちでございます」
三人それぞれの言葉を返してくれたことに、心が少しだけくすぐったくなる。照れ臭いような感覚を隠すように、お茶を飲んだ。
「さて、ひかり。お前は、私たちをどう思う?」
「……神様と神使ですよね? まぁ、そんなの冗談でしょうけど」
「申し訳ございません、雨天様。コンでは信じていただけませんでした」
しょんぼりとした顔つきになったコンくんに、なんだか悪いことをしてしまったような気持ちになる。
自分自身の感覚が普通だと思っているけれど、もしかしてそうじゃないのだろうか。
「泣き言を言うな。ひかりを呼んだのはお前だろう」
「だって、雨天様! ひかり様ったら、あんなお顔で歩いておられて……!」
「ああ、いい。それ以上は言うな」
雨天様とコンくんのやり取りを見ながら、自分自身も当事者であることを自覚しなかったわけじゃないけれど、口を挟むのは憚られた。
そもそも、目の前で繰り広げられる会話を聞く限り、なにを言っても話が噛み合う気がしない。
ギンくんは、黙ったままコンくんの隣に座っている。ふたりはお揃いの赤い着物を着ていて、顔立ちや声の感じも似ていたから、まるで双子のようだった。
そんなことを考えていると、雨天様が私をじっと見つめた。
真っ直ぐな瞳が銀色だということに気づいたのは、彼と会ってからこんなにもしっかりと視線が絡んだのは初めてだったから。
「……仕方ない。コン、ギン」
程なくして、雨天様にため息混じりに呼ばれたふたりは、「はい」と声を揃えて立ち上がった。
「ひかり、コンとギンをよく見ておれ」
話し方が変だとか、コンくんの冗談に付き合うのが普通なのか……とか。
疑問はそれ以外にもたくさんあったけれど、一番違和感があるのは雨天様なんて呼ばれているこの人。
うっかり私も〝様〟なんて付けているけれど、ここがお店で私がお客さんなら、私が彼のことを様付けで呼ぶのは違和感しかない。
ただ、それを口にする前に、「ひかり様」とコンくんに声を掛けられてしまった。
「よーく見ていてくださいね!」
念を押すような口調に思わず頷くと、コンくんとギンくんは顔を見合わせたあと、後ろにクルリと宙返りをした。
あまりにも綺麗な宙返りを見せられて、自然と『わぁ、上手!』なんて言おうとしたとき。
「わぁ……へっ⁉」
マヌケな声が落下し、そのまま開いた口が塞がらなくなってしまった。
(ふたりの髪が伸びた……? いやいや、そういうレベルの話じゃ……!)
「ひかり様、我々が人間ではないことは信じていただけましたか?」
信じるもなにも、私の目の前にいたふたりは淡い栗色のような毛を身に纏い、尖った耳をピクピクさせて仲良く並んでちょこんと座っている。
その姿はどう見ても、狐にしか見えなかった。
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