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お品書き【一】 あんみつ ~銀の光に導かれて~
あんみつ ~銀の光に導かれて~【6】
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「さぁさ、お客様。今宵の雨は冷えますゆえ、中へどうぞ。ご案内させていただきましたら、すぐに温かいお茶をお持ちいたします」
ペコリと頭を下げる姿は可愛らしいけれど、子どもだとは思えないくらいに丁寧で、言葉遣いにも所作にも目を見張ってしまう。
靴を脱いでその子の背中を追う私は、どこに連れて行かれるのかわからないまま長い廊下を歩きながら、自分が置かれている状況を把握しようと努めていた。
「改めまして、ひかり様。雨天様のお茶屋敷へ、ようこそお越しくださいました」
「え? あ、はい……。えっと……」
客間らしい広い部屋に通されると、一旦部屋から出て行ったコンくんはすぐに温かいほうじ茶を持って来てくれた。
九谷焼らしき湯呑みからは、お茶の香りを漂わせる優しい湯気が立っている。
「私は、コンと申します。カタカナでコンでございます。そして、さきほどの男性は雨天様です」
「ウテン様……?」
「晴天や雨天――つまり、雨の天気と書いて雨天様です」
変わった名前だということは、思っただけで口にはできなかった。それよりも、あの風貌の方がよほど気になる。
「それから、他には私とよく似たギンという者がおります。ギンはお台所を担当しており、私はお客様をご案内するのがお役目です。ちなみに、ギンも性別で言えば私と同様ですので、ここにいる者はみな、男です」
性別のくだりは変な説明だな、と思いつつも、丁寧に教えてくれたことにお礼を言うと、コンくんは笑顔で「これも私のお仕事です」と笑った。
「コンくんって、何年生? 言葉遣いとかすごく丁寧だし、誰に教えてもらったの? 雨天……さん?」
「……〝コンくん〟ですか?」
確かめるように私の呼び方をそのまま繰り返したコンくんは、程なくしてフフッと笑った。
「ひかり様、私は子どもではありませんよ」
「え?」
クスクスと笑いながら紡がれた言葉に、思わず眉間に皺が寄る。決してバカにしているような口調ではなかったけれど、コンくんの言葉を信じられなかった。
「だ、だって……」
そんなはずはないじゃない、と言おうとした唇は、コンくんの可愛らしい笑みに止められてしまう。
コンくんは、「そうですよねぇ」なんて言いながら、少し釣り目がちな瞳をゆるりと丸めた。
「私は……人間で言うと、御年二百歳にはなりますね」
「は? ごめんね、それはちょっと……」
信じられない、とまでは言わなかったものの、コンくんが私の意図を読んだように微笑んでいる。
私の言いたいことを理解しているような表情は、とても子どもとは思えないけれど、『二百歳』なんて言ってのけるところは子どもの冗談だとしか思えなかった。
「なんと申し上げたらよいのかわかりませんが、私もギンも雨天様も、ひかり様とは違うのです」
「違う?」
「はい。その、なんと言いますか……いわゆる、人間という生き物からは外れてしまいます」
「ん?」
首を捻り過ぎて、どこかの筋がおかしくなってしまいそう。それくらい、コンくんの話は理解しがたかった。
「私とギンは、雨天様の神使。……そして、雨天様は神様です」
「か、かみ、さま?」
嘘でしょう、っていう言葉は、声にならなかったかもしれない。
信じられないという気持ちは間違いなくあるのに、なぜかそう言い切れなかったから。
神様だなんて言われて素直に信じる人が、この世にどれくらいいるだろう。少なくとも、私は少数派じゃないはず。
「えっと、コンくん……神使とか神様とか、コンくんが考えた冗談なの?」
「ひかり様、これは冗談ではないのですが……。うーん、やっぱり人間のお客様に説明するのは難しいですねぇ」
温かかったほうじ茶は、すっかり湯気を失っている。香りも弱まっていたけれど、いつの間にか喉が渇いていたことに気づき、そっと湯呑みに口づけた。
「あ、おいしい……」
「加賀特産の棒ほうじ茶でございます」
思わず零れた素直な感想に、悩むように眉を寄せていたコンくんが嬉しそうな顔をする。
どこか得意げな笑みは、やっぱりあどけなくて子どもにしか見えなかった。
「とりあえず、そろそろ甘味ができるはずですから、話はそれをいただきながらにいたしましょう」
コンくんは、その笑顔のまま気を取り直したように提案した。
ペコリと頭を下げる姿は可愛らしいけれど、子どもだとは思えないくらいに丁寧で、言葉遣いにも所作にも目を見張ってしまう。
靴を脱いでその子の背中を追う私は、どこに連れて行かれるのかわからないまま長い廊下を歩きながら、自分が置かれている状況を把握しようと努めていた。
「改めまして、ひかり様。雨天様のお茶屋敷へ、ようこそお越しくださいました」
「え? あ、はい……。えっと……」
客間らしい広い部屋に通されると、一旦部屋から出て行ったコンくんはすぐに温かいほうじ茶を持って来てくれた。
九谷焼らしき湯呑みからは、お茶の香りを漂わせる優しい湯気が立っている。
「私は、コンと申します。カタカナでコンでございます。そして、さきほどの男性は雨天様です」
「ウテン様……?」
「晴天や雨天――つまり、雨の天気と書いて雨天様です」
変わった名前だということは、思っただけで口にはできなかった。それよりも、あの風貌の方がよほど気になる。
「それから、他には私とよく似たギンという者がおります。ギンはお台所を担当しており、私はお客様をご案内するのがお役目です。ちなみに、ギンも性別で言えば私と同様ですので、ここにいる者はみな、男です」
性別のくだりは変な説明だな、と思いつつも、丁寧に教えてくれたことにお礼を言うと、コンくんは笑顔で「これも私のお仕事です」と笑った。
「コンくんって、何年生? 言葉遣いとかすごく丁寧だし、誰に教えてもらったの? 雨天……さん?」
「……〝コンくん〟ですか?」
確かめるように私の呼び方をそのまま繰り返したコンくんは、程なくしてフフッと笑った。
「ひかり様、私は子どもではありませんよ」
「え?」
クスクスと笑いながら紡がれた言葉に、思わず眉間に皺が寄る。決してバカにしているような口調ではなかったけれど、コンくんの言葉を信じられなかった。
「だ、だって……」
そんなはずはないじゃない、と言おうとした唇は、コンくんの可愛らしい笑みに止められてしまう。
コンくんは、「そうですよねぇ」なんて言いながら、少し釣り目がちな瞳をゆるりと丸めた。
「私は……人間で言うと、御年二百歳にはなりますね」
「は? ごめんね、それはちょっと……」
信じられない、とまでは言わなかったものの、コンくんが私の意図を読んだように微笑んでいる。
私の言いたいことを理解しているような表情は、とても子どもとは思えないけれど、『二百歳』なんて言ってのけるところは子どもの冗談だとしか思えなかった。
「なんと申し上げたらよいのかわかりませんが、私もギンも雨天様も、ひかり様とは違うのです」
「違う?」
「はい。その、なんと言いますか……いわゆる、人間という生き物からは外れてしまいます」
「ん?」
首を捻り過ぎて、どこかの筋がおかしくなってしまいそう。それくらい、コンくんの話は理解しがたかった。
「私とギンは、雨天様の神使。……そして、雨天様は神様です」
「か、かみ、さま?」
嘘でしょう、っていう言葉は、声にならなかったかもしれない。
信じられないという気持ちは間違いなくあるのに、なぜかそう言い切れなかったから。
神様だなんて言われて素直に信じる人が、この世にどれくらいいるだろう。少なくとも、私は少数派じゃないはず。
「えっと、コンくん……神使とか神様とか、コンくんが考えた冗談なの?」
「ひかり様、これは冗談ではないのですが……。うーん、やっぱり人間のお客様に説明するのは難しいですねぇ」
温かかったほうじ茶は、すっかり湯気を失っている。香りも弱まっていたけれど、いつの間にか喉が渇いていたことに気づき、そっと湯呑みに口づけた。
「あ、おいしい……」
「加賀特産の棒ほうじ茶でございます」
思わず零れた素直な感想に、悩むように眉を寄せていたコンくんが嬉しそうな顔をする。
どこか得意げな笑みは、やっぱりあどけなくて子どもにしか見えなかった。
「とりあえず、そろそろ甘味ができるはずですから、話はそれをいただきながらにいたしましょう」
コンくんは、その笑顔のまま気を取り直したように提案した。
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