永遠のファーストブルー

河野美姫

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永遠のファーストブルー

十一

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「僕が空野に対して迷惑に感じてるのは、空野の身勝手な振る舞いについてだ。勝手に病院に付き合わせたり、急に学校帰りに海に引っ張られたり、無理に泳がされたり……。そういうところは本当に迷惑だと思ってる」


 歯に衣着せない僕に、空野は目を真ん丸にした。大きな瞳がさらに大きくなっても、彼女に構わずに言葉を被せる。


「僕は学校に友達がいないような日陰者だ。でも、ひとりが好きだし、別にそれでいい。ただ、平穏な学校生活を脅かされそうな今は、自己中な空野に対して不満を持ってる」


 予想だにしていなかったのか、空野はぽかんとしていた。僕は至って平常心だというように足を組み、彼女から目を逸らして前を向く。
 すっかり海は見えなくなった窓の向こうには、のどかな街並みが流れていた。


「……そっか」


 小さく零された言葉が鼓膜に届き、心臓が跳ね上がる。彼女の表情が見えないことに不安はあったけれど、まだ視線を横に向けることはできなかった。


「変なの」
 すると、ふふっと笑った空野は、なにがおかしいのかクスクスと声を上げた。驚いて隣を見れば、彼女の肩が震えている。


 呆気に取られていた僕は、ハッとして平静を装う。笑みを零した瞳にすべてを見透かされているようで、居心地が悪くなった。


「日暮くん、ありがとう」 


 そんな僕に投げかけられたのは、場違いなお礼。なぜそんな言葉をかけられるのかわからない僕を余所に、正面の窓を見遣った空野は笑みを浮かべている。


「そら――」

「次の駅で降りなきゃ。あ、今日は送ってくれなくていいから」


 疑問を解消したい僕を遮った彼女が、明るく言い放った。


「……そうしたいのは山々だけど、今さらそんなことできないだろ。途中で倒れられても責任取れないから、空野が家に入るまで見届ける」


 けれど、淡々と返せば、空野は一瞬だけ目を見開いたあと、嬉しそうに破顔した。


「日暮くんは名誉を守らないといけないんだもんね」


 本当は、今の僕の頭の中にはそんな考えはなかった。
 それでも、空気を読んで「そうだよ」と答えると、彼女が「尾行が上手かったらよかったのにね」なんて冗談を飛ばした。






 空野の家の前に着いたときには、周囲は夕焼けに染まり始めていた。
 振り向いた彼女にバッグを渡せば、代わりにポケットから出した紙を二枚持たされた。
 手のひらほどの大きさの紙は、有名な遊園地の入園チケットだった。


「明後日の日曜日、朝十時にそこで待ってる」

「は……?」

「日暮くんが来てくれるまで待ってるね」

「……え、いや! ちょっと、空野!」


 思考が追いつかない僕に、空野は「またね」と言い置いて玄関のドアの向こう側に消えてしまった。
 手の中にあるチケットは二枚。それはつまり、僕と彼女の分ということだ。


 僕が遊園地に行かなければ空野は入園できないけれど、彼女は僕が行くまで待つつもりだろう。


(いやいや、なんでこうなるんだ……)


 あれだけきつい言い方をしたから、僕を相棒にするのは諦めると思っていた。そのためには、僕がストーカーではないという誤解を解かなければいけなかったものの、そこはもうどうにかなる気がしている。


 ところが、空野は僕に怯むことも気を悪くすることもなかったのか、とんだものを預けて帰ってしまった。
 スマホで呼び出したところで、彼女が出てくるとは思えない。だからといってインターホンを押せば、本人以外が出てくる可能性がある。


(いっそポストに……!)


 ハッとして目の前にあるポストに手を伸ばしたけれど、直後に手が止まってしまう。
 もう関わらない方がいい。入院するかどうかは空野が決めることだとはいえ、このまま彼女に振り回されて行動を共にし、もしなにかあっても責任は取れない。


〝あのとき〟痛い思いをした僕は、この先ずっと事なかれ主義でいようと決めた。その気持ちは変わらないのに、なぜかチケットから手が離せない。


(ああ、もうっ!)


 駅に向かって歩く僕の手の中には、空野の思惑通り二枚の紙切れが収まっていた。

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