永遠のファーストブルー

河野美姫

文字の大きさ
上 下
9 / 19
永遠のファーストブルー

しおりを挟む
「もう帰ってきちゃったの?」


 パラソルの下にいる空野のところに戻ると、彼女はつまらなさそうにため息をついた。


「たいして泳げない上に海が好きでもないのに、ひとりでどうしろっていうんだ」

「なんだ、残念。おもしろいハプニングとか期待してたのになぁ」


 空野は肩を落としつつも、不機嫌な様子はない。満悦しているわけじゃなくても、苦笑する姿からは不満を抱えている風でもなかった。


「僕はハプニングに遭わなくてよかったと思ってるよ」


 言葉を返しながらポケットから出したものを、彼女に膝の上にポンと投げる。


「なにこれ?」

「波打ち際で拾ったんだ」


 小さな白い巻貝を摘まんだ空野が、小さな子どものように無邪気に笑う。


「日暮くんって、こういうことする人なんだ」

「別に他意はないから。たまたま見つけただけだよ」


 本当にそれだけだ。病気に同情したとか、彼女に喜んでほしいとか、そんな気持ちはない。
 僕にはそう思うほど空野との接点はないし、彼女を喜ばせる必要もないのだから。


「だったら、いちいち拾ってこなくてもよかったと思うけど」

「いらないなら捨ててくるよ」

「そんなこと言ってない。これは今日の思い出にちゃんと持って帰るよ」


 空野は明るい笑顔で言うと、スカートのポケットから出したハンカチに大切そうに包んだ。眉を寄せていた僕は、ガラクタを宝物のように扱う彼女に居心地が悪くなる。


「……着替えてくる」

「あ、私も一緒に行く」


 立ち上がった空野から僕の荷物を受け取り、レンタルしたバスタオルを肩にかける。
海水浴に来た人たちで賑わう浜辺を歩きながら、隣で海に視線を遣る彼女を髪が潮風になびくのを見ていた。






 着替えを済ませて水着とバスタオルを返却すると、空野は日陰に立っていた。
 遠目に見ても、彼女の様子がおかしいことに気づく。慌てて駆け寄ると、僕を見上げる顔が青ざめていた。


「空野……! 体調が悪いのか!?」


 ずっと笑顔だったから、空野が病人だということを忘れかけていた。
正確には、まだ病気に関しては半信半疑の部分もあり、彼女に振り回されていたのもあいまって、そこまで気が回っていなかった。


「大丈夫……。ちょっと暑かったから、貧血気味なだけだと思う」

「大丈夫なわけないだろ。家に連絡して、迎えに――」

「いい! 平気だからっ……!」


 必死の形相で訴えかけてくる空野に、思わず怯んでしまう。 
 彼女の家に連絡して、家族に迎えてきてもらうべきだ。けれど、正論にたどり着いた思考とは裏腹に、心がそれを留めてくる。


「お願い……家には連絡しないで……。少し休めばよくなるから」


 泣きそうな顔を向けられて、僕は頷くことしかできなかった。


「とにかく座った方が……」


 砂の上に敷けるものを探してみるけれど、そういったものは見当たらない。咄嗟に制服のシャツを脱いだ僕は、砂の上にそれを置いた。

「この上に座って」

「でも……」

「いいから。ちょっと汗かいてるけど、他に敷けるものがないからこれで我慢して」


 戸惑う空野を制すると、彼女は「ありがとう」と力なく微笑んだ。
 空野を置いて海の家に走り、ペットボトルの飲み物を二本買って彼女のもとに戻る。


「スポドリと水、どっちがいい? 飲めるならスポドリの方がいいと思うけど」


 息を吐きながらも頷いた空野に、蓋を開けたペットボトルを手渡す。彼女が口をつけたのを横目に、リュックから下敷きを出して扇いだ。


 気休めかもしれないけれど、なにもしないよりはマシだと自身に言い聞かせ、空野に風を送る。彼女はお礼を呟くと、ペットボトルを顔に当てていた。


 空野が病気だなんて今もまだ信じられないけれど、目の前の彼女を見ているともう疑いようもなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら、真夏のメランコリー

河野美姫
青春
傷だらけだった夏に、さよならしよう。 水泳選手として将来を期待されていた牧野美波は、不慮の事故で選手生命を絶たれてしまう。 夢も生きる希望もなくした美波が退部届を出した日に出会ったのは、同じく陸上選手としての選手生命を絶たれた先輩・夏川輝だった。 同じ傷を抱えるふたりは、互いの心の傷を癒すように一緒に過ごすようになって――? 傷だらけの青春と再生の物語。 *アルファポリス* 2023/4/29~2023/5/25 ※こちらの作品は、他サイト様でも公開しています。

俺と公園のベンチと好きな人

藤谷葵
青春
斉藤直哉は早川香澄に片想い中 公園のベンチでぼんやりと黄昏ているとベンチに話しかけられる 直哉はベンチに悩みを語り、ベンチのおかげで香澄との距離を縮めていく

ハヤテの背負い

七星満実
青春
父の影響で幼い頃から柔道に勤しんできた沢渡颯(さわたりはやて)。 その情熱は歳を重ねるたびに加速していき、道場の同年代で颯に敵う者は居なくなった。 師範からも将来を有望視され、颯は父との約束だったオリンピックで金メダルを獲るという目標に邁進し、周囲もその実現を信じて疑わなかった。 時は流れ、颯が中学二年で初段を取得し黒帯になった頃、道場に新しい生徒がやってくる。 この街に越して来たばかりの中学三年、新哲真(あらたてっしん)。 彼の柔道の実力は、颯のそれを遥かに凌ぐものだったーー。 夢。親子。友情。初恋。挫折。奮起。そして、最初にして最大のライバル。 様々な事情の中で揺れ惑いながら、高校生になった颯は全身全霊を込めて背負う。 柔道を通して一人の少年の成長と挑戦を描く、青春熱戦柔道ストーリー。

真っ白のバンドスコア

夏木
青春
親父みたいに、プロのバンドとして絶対にデビューしてやる! そう意気込んで恭弥が入学した羽宮高校には軽音楽部がなかった。 しかし、多くのプロが通ってきたバンドコンテストの出場条件は「部活動であること」。 まずは軽音楽部を作るために、与えられた条件を満たさなければならない。 バンドメンバーを集めて、1つの曲を作る。 その曲が、人を変える。 それを信じて、前に進む青春×バンド物語!

Scissors link(シザーリンク)

伽藍 瑠為
青春
主人公、神鳥 切(コウドリ セツ)は過去の惨劇から美容師になる事を決意した。 そして、美容師になる為に通う学園はカットバトルが有名な名門だった。 全国大会センシビリティへ向け始まったバトル祭で様々な強敵とバトルをし、挫折や苦難を友情と努力で乗り越え、過去からの因果の渦に抗い全国大会へ向け進む物語。 壮絶なバトルあり、友情あり、涙あり、感動ありの美容師小説。

ダブルシャドウと安心毛布

青春
貴方の事から目が離せない。 それは良い意味なのか悪い意味なのか。

文化研究部

ポリ 外丸
青春
 高校入学を控えた5人の中学生の物語。中学時代少々難があった5人が偶々集まり、高校入学と共に新しく部を作ろうとする。しかし、創部を前にいくつかの問題が襲い掛かってくることになる。 ※カクヨム、ノベルアップ+、ノベルバ、小説家になろうにも投稿しています。

花霞にたゆたう君に

冴月希衣@商業BL販売中
青春
【自己評価がとことん低い無表情眼鏡男子の初恋物語】 ◆春まだき朝、ひとめ惚れした少女、白藤涼香を一途に想い続ける土岐奏人。もどかしくも熱い恋心の軌跡をお届けします。◆ 風に舞う一片の花びら。魅せられて、追い求めて、焦げるほどに渇望する。 願うは、ただひとつ。君をこの手に閉じこめたい。 表紙絵:香咲まりさん ◆本文、画像の無断転載禁止◆ No reproduction or republication without written permission 【続編公開しました!『キミとふたり、ときはの恋。』高校生編です】

処理中です...