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永遠のファーストブルー
九
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「もう帰ってきちゃったの?」
パラソルの下にいる空野のところに戻ると、彼女はつまらなさそうにため息をついた。
「たいして泳げない上に海が好きでもないのに、ひとりでどうしろっていうんだ」
「なんだ、残念。おもしろいハプニングとか期待してたのになぁ」
空野は肩を落としつつも、不機嫌な様子はない。満悦しているわけじゃなくても、苦笑する姿からは不満を抱えている風でもなかった。
「僕はハプニングに遭わなくてよかったと思ってるよ」
言葉を返しながらポケットから出したものを、彼女に膝の上にポンと投げる。
「なにこれ?」
「波打ち際で拾ったんだ」
小さな白い巻貝を摘まんだ空野が、小さな子どものように無邪気に笑う。
「日暮くんって、こういうことする人なんだ」
「別に他意はないから。たまたま見つけただけだよ」
本当にそれだけだ。病気に同情したとか、彼女に喜んでほしいとか、そんな気持ちはない。
僕にはそう思うほど空野との接点はないし、彼女を喜ばせる必要もないのだから。
「だったら、いちいち拾ってこなくてもよかったと思うけど」
「いらないなら捨ててくるよ」
「そんなこと言ってない。これは今日の思い出にちゃんと持って帰るよ」
空野は明るい笑顔で言うと、スカートのポケットから出したハンカチに大切そうに包んだ。眉を寄せていた僕は、ガラクタを宝物のように扱う彼女に居心地が悪くなる。
「……着替えてくる」
「あ、私も一緒に行く」
立ち上がった空野から僕の荷物を受け取り、レンタルしたバスタオルを肩にかける。
海水浴に来た人たちで賑わう浜辺を歩きながら、隣で海に視線を遣る彼女を髪が潮風になびくのを見ていた。
着替えを済ませて水着とバスタオルを返却すると、空野は日陰に立っていた。
遠目に見ても、彼女の様子がおかしいことに気づく。慌てて駆け寄ると、僕を見上げる顔が青ざめていた。
「空野……! 体調が悪いのか!?」
ずっと笑顔だったから、空野が病人だということを忘れかけていた。
正確には、まだ病気に関しては半信半疑の部分もあり、彼女に振り回されていたのもあいまって、そこまで気が回っていなかった。
「大丈夫……。ちょっと暑かったから、貧血気味なだけだと思う」
「大丈夫なわけないだろ。家に連絡して、迎えに――」
「いい! 平気だからっ……!」
必死の形相で訴えかけてくる空野に、思わず怯んでしまう。
彼女の家に連絡して、家族に迎えてきてもらうべきだ。けれど、正論にたどり着いた思考とは裏腹に、心がそれを留めてくる。
「お願い……家には連絡しないで……。少し休めばよくなるから」
泣きそうな顔を向けられて、僕は頷くことしかできなかった。
「とにかく座った方が……」
砂の上に敷けるものを探してみるけれど、そういったものは見当たらない。咄嗟に制服のシャツを脱いだ僕は、砂の上にそれを置いた。
「この上に座って」
「でも……」
「いいから。ちょっと汗かいてるけど、他に敷けるものがないからこれで我慢して」
戸惑う空野を制すると、彼女は「ありがとう」と力なく微笑んだ。
空野を置いて海の家に走り、ペットボトルの飲み物を二本買って彼女のもとに戻る。
「スポドリと水、どっちがいい? 飲めるならスポドリの方がいいと思うけど」
息を吐きながらも頷いた空野に、蓋を開けたペットボトルを手渡す。彼女が口をつけたのを横目に、リュックから下敷きを出して扇いだ。
気休めかもしれないけれど、なにもしないよりはマシだと自身に言い聞かせ、空野に風を送る。彼女はお礼を呟くと、ペットボトルを顔に当てていた。
空野が病気だなんて今もまだ信じられないけれど、目の前の彼女を見ているともう疑いようもなかった。
パラソルの下にいる空野のところに戻ると、彼女はつまらなさそうにため息をついた。
「たいして泳げない上に海が好きでもないのに、ひとりでどうしろっていうんだ」
「なんだ、残念。おもしろいハプニングとか期待してたのになぁ」
空野は肩を落としつつも、不機嫌な様子はない。満悦しているわけじゃなくても、苦笑する姿からは不満を抱えている風でもなかった。
「僕はハプニングに遭わなくてよかったと思ってるよ」
言葉を返しながらポケットから出したものを、彼女に膝の上にポンと投げる。
「なにこれ?」
「波打ち際で拾ったんだ」
小さな白い巻貝を摘まんだ空野が、小さな子どものように無邪気に笑う。
「日暮くんって、こういうことする人なんだ」
「別に他意はないから。たまたま見つけただけだよ」
本当にそれだけだ。病気に同情したとか、彼女に喜んでほしいとか、そんな気持ちはない。
僕にはそう思うほど空野との接点はないし、彼女を喜ばせる必要もないのだから。
「だったら、いちいち拾ってこなくてもよかったと思うけど」
「いらないなら捨ててくるよ」
「そんなこと言ってない。これは今日の思い出にちゃんと持って帰るよ」
空野は明るい笑顔で言うと、スカートのポケットから出したハンカチに大切そうに包んだ。眉を寄せていた僕は、ガラクタを宝物のように扱う彼女に居心地が悪くなる。
「……着替えてくる」
「あ、私も一緒に行く」
立ち上がった空野から僕の荷物を受け取り、レンタルしたバスタオルを肩にかける。
海水浴に来た人たちで賑わう浜辺を歩きながら、隣で海に視線を遣る彼女を髪が潮風になびくのを見ていた。
着替えを済ませて水着とバスタオルを返却すると、空野は日陰に立っていた。
遠目に見ても、彼女の様子がおかしいことに気づく。慌てて駆け寄ると、僕を見上げる顔が青ざめていた。
「空野……! 体調が悪いのか!?」
ずっと笑顔だったから、空野が病人だということを忘れかけていた。
正確には、まだ病気に関しては半信半疑の部分もあり、彼女に振り回されていたのもあいまって、そこまで気が回っていなかった。
「大丈夫……。ちょっと暑かったから、貧血気味なだけだと思う」
「大丈夫なわけないだろ。家に連絡して、迎えに――」
「いい! 平気だからっ……!」
必死の形相で訴えかけてくる空野に、思わず怯んでしまう。
彼女の家に連絡して、家族に迎えてきてもらうべきだ。けれど、正論にたどり着いた思考とは裏腹に、心がそれを留めてくる。
「お願い……家には連絡しないで……。少し休めばよくなるから」
泣きそうな顔を向けられて、僕は頷くことしかできなかった。
「とにかく座った方が……」
砂の上に敷けるものを探してみるけれど、そういったものは見当たらない。咄嗟に制服のシャツを脱いだ僕は、砂の上にそれを置いた。
「この上に座って」
「でも……」
「いいから。ちょっと汗かいてるけど、他に敷けるものがないからこれで我慢して」
戸惑う空野を制すると、彼女は「ありがとう」と力なく微笑んだ。
空野を置いて海の家に走り、ペットボトルの飲み物を二本買って彼女のもとに戻る。
「スポドリと水、どっちがいい? 飲めるならスポドリの方がいいと思うけど」
息を吐きながらも頷いた空野に、蓋を開けたペットボトルを手渡す。彼女が口をつけたのを横目に、リュックから下敷きを出して扇いだ。
気休めかもしれないけれど、なにもしないよりはマシだと自身に言い聞かせ、空野に風を送る。彼女はお礼を呟くと、ペットボトルを顔に当てていた。
空野が病気だなんて今もまだ信じられないけれど、目の前の彼女を見ているともう疑いようもなかった。
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