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四章 さよなら、真夏のメランコリー

二 雪と溶けていく不安【1】

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 憂鬱なまま迎えた、大みそかの夜。


 不意に短く鳴ったスマホが、ラインの受信を知らせた。
 通知を見ると、輝先輩から。


【ずっと返事できなくてごめん。明日会えない?】


 慌てて画面をタップして開けば、そう書かれてあった。
 すぐに承諾の返事をして、返信を待つ。


 五分もせずに、【じゃあ初詣に行かない?】と誘われた。
 喧嘩と言うのが正しいのかはわからないけれど、今の私たちはきっと初詣に行くような状況じゃない。
 それでも、とりあえず彼に会えるならなんでもよかった。


 迷うことなく快諾して、待ち合わせ場所を決める。
 参拝する神社は、学校の最寄り駅から十分ほどのところに決まった。






 翌朝。
 私は念入りに身支度を整えた。


 今日は寒くなるという予報が出ていたから、できるだけ暖かい格好で。
 だけど、輝先輩に会う時にはやっぱり可愛い服を着ていたくて、雪のように真っ白なニットに膝丈よりも少しだけ短いスカートにした。


 コートも、ニットに合わせてオフホワイトにする。
 気持ち程度だけ厚さのある黒いタイツにショートブーツを履いて、マフラーと手袋で防寒対策をして。
 真菜とお揃いで買ったバッグを持って、緊張感を抱えながら家を出た。


 待ち合わせ場所は、学校の最寄り駅にした。
 知り合いに会うかもしれない……と思ったけれど、今は彼とどんな風に話せばいいのかを考えることで精一杯で、そんなことはすぐにどうでもよくなった。


 駅に着くと、輝先輩の姿が見えた。
 彼がちゃんと来てくれたことにホッとする。
 まだ緊張でいっぱいなのに、なんだか胸が詰まって泣きそうになってしまった。


「美波」


 輝先輩がすぐに私に気づいて、優しい笑みを浮かべた。
 心なしか、彼も安堵しているように見える。


「あけましておめでとう、って言うべき?」

「そう、なのかな? えっと、あけましておめでとう」

「うん、おめでとう」


 ぎこちない挨拶に、どちらともなく小さく笑ってしまう。
 ふたりの間にある気まずさが、ほんの少しだけ溶けた気がした。


「行くか」

「うん」


 いつもなら繋ぐ手をどうすればいいのかと一瞬悩んだけれど、すぐに輝先輩が左手を差し出してきた。
 やっぱり涙が込み上げてしまいそうになる。


 なんとかこらえて微笑み、おずおずとその手を握った。
 初めて手を繋いだ時よりも、ずっとずっと緊張して。だけど、あの時よりももっと嬉しかった。


 あいにくの曇り空からは、今にも雨が降り出しそうだった。
 予報では雪だと言っていた。


 ただ、東京の中でも私たちが住んでいる地域はあまり降ることがない。
 ところが、神社に着くまでにも、空はいっそうどんよりとしていく。
 その様子を見ていると、まるでバッグに入れている折り畳み傘が出番を待っているように思えた。


 神社は思っていたほど混んではいなかった。
 屋台からは、香ばしい匂いやベビーカステラの甘い匂いが漂ってくる。


「腹減ってない?」

「空いてる」

「お参りのあとで食べるか」

「うん」

「今一番食べたいのは鍋だけど」

「あ、ちょっとわかるかも」


 まだ少しだけぎこちなさはある。
 それでも、こうして話していると笑みが零れることもあって、会った時と比べればいつもの雰囲気に近づいていっている気がした。


 お参りする人たちの列に並んで、輝先輩と肩を並べる。


(輝先輩の受験が上手くいきますように。あと……ちゃんと仲直りできますように)


 五円のお賽銭でふたつも願い事をするのは、図々しかったかもしれない。
 そう思ったけれど、神頼みしたくなった。


 屋台で適当に食べたいものを買って、近くにある公園に行くことにした。
 途中、コンビニで温かいフルーツティーとカフェオレも調達したけれど、公園に着く頃には少しだけ冷めていた。


「さっむ……!」

「どこか室内に行く?」

「でも、これ食べてからじゃないとなぁ。カラオケも満喫も持ち込みできないし、そもそも混んでて入れなさそうだし。とりあえず冷める前に食べようか」

「そうだよね」


 首を竦めながら頷き、近くにあったベンチに座る。
 まだ温かいたこ焼きを半分ずつ食べて、冷めたフランクフルトとベビーカステラを仲良く分けると、空腹はだいぶ落ち着いた。


 このままどこかに移動するべきかと考えながらも、行き先が思い浮かばない。
 手持ち無沙汰のようにペットボトルを握っているだけ。
 すっかり温くなったフルーツティーと同じように、きっと彼のカフェオレも冷めてしまっているに違いない。


(言わなきゃ……)


 そう決意して口を開いた時。

「ごめん!」
「あのっ……!」

 輝先輩と私の声が、綺麗に重なった。


 思わず顔を見合わせ、一瞬遅れて小さく噴き出してしまった。


「これ、俺のために用意してくれたんだよな?」


 程なくして彼がコートのポケットから取り出したのは、私が落としたお守り。
 ちゃんと渡したかった人に届いたことが嬉しくて、鼻の奥がツンと痛んだ。


「うん……」

「ありがとう」


 微笑んだ輝先輩の声は、いつも通り優しい。
 それだけで、安堵感に包まれていく。


「ちゃんと話したいし、謝らせてほしい」

「うん……。私も、ちゃんと謝りたい」


 首を縦に振った彼は、どこかホッとしたような表情になった。
 私も顔の力が抜けたことに気づいて、自分で思っていた以上に緊張していたんだと思った。

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