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四章 さよなら、真夏のメランコリー

一 再び傷ついた心【2】

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「美波?」


 慌てて駆け寄ってきた輝先輩の目が見られない。
 しばらくの沈黙のあと、宮里先輩が息を小さく吐いた。


「あー……えっと、またな」


 彼が足早に立ち去ると、再び沈黙に包まれる。


「美波……俺……」

「いつから……?」


 気まずそうな輝先輩を遮る。
 私の声は、自分でも驚くほど低かった。


「え?」

「……いつから、目標を見つけてたの?」

「……美波と話すようになる前には、もう……」

(なにそれ……)


 おかしくて、虚しくて、嘲笑のような笑みが零れる。


「だったら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

「それは……」

「同情してくれた? まだ立ち直れない私を見てると、安心できた?」

「ッ、違う!」

「先輩は私が可哀想だから一緒にいたの?」


 こんな風に言いたくないのに、嫌な言葉ばかりが口から落ちていく。


「美波! そうじゃない!」

「じゃあ、なに!? だったら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

「だから、それは……言おうとはしてたんだ」


 さっきの話を聞けば、彼が悩んでいたのはわかる。
 そして、私を傷つけたくなくて言えなかったんだ……ということも。
 だけど、今はそれを素直に受け止められない。


「っ……」


 唇を噛みしめるのが一瞬遅れたせいで、あっという間に込み上げてきた涙が頬を伝った。


「美波……」

「触らないで……」


 伸びてきた手を、反射的に払いのけてしまう。
 ぶつかった手が痛くて、余計に泣きたくなった。


「どうして……」


 ずっと、輝先輩は一番の理解者だと思っていた。
 居場所がなかった学校で、彼だけが私の痛みをわかってくれていると思っていた。


 似たような理由で傷つき、過去から立ち直れていない。
 自分の生活のすべてとも言えるほどのものを失い、進むべき道がわからなくなる。
 同じ絶望を味わったもの同士、私たちは同じ痛みを抱えている。


 そんな風に思っていたのに……。

「先輩はもう、私なんかよりずっと前を歩いてたんだね……」

 裏切られたような気持ちにさえなってしまう。


「美波……。俺だって、すぐに前を向けたわけじゃ――」

「でも、もう立ち直ってたんでしょ?」

「……そう、かもしれない」

「じゃあ、私とは違うじゃん」

(違う……。こんな風に言いたいわけじゃない)


 輝先輩の進路が決まっていないことは、本当に心配だった。
 心から、彼の受験が上手くいくことを願っていた。
 それも本心なのに、過去と今の感情がちぐはぐになっていく。


「先輩……本当は、私の気持ちなんてわかってくれてなかったんじゃないの……?」

「え……?」


 止まらない涙ごと怒りをぶつければ、輝先輩の顔が強張った。
 その直後、私は足を踏み出した。


「美波!」


 私を呼ぶ彼を見ないまま、咄嗟にこの場を離れる。
 走れないけれど、それでも必死に足を動かした。


(なんで……? なんで、まだ傷ついてるふりなんてしたの……?)


 癒されていった日々が、まるで偽物みたいに思えてしまう。
 くだらないやり取りも、ふざけ合ったことも、笑い合っていたことも……。今は、全部がうそだったように感じてしまう。


 裏切りとは違う。
 きっと、輝先輩はそういうつもりじゃなかったんだと思う。


 それでも、グチャグチャの心の中に広がっていくのは、虚しさと悲しみばかり。
 彼に渡すつもりだったお守りの入った袋を落としたことに気づいたのは、電車に飛び乗ったあとのことだった。

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