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三章 夏の匂い

四 焦燥感【2】

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 コーヒーショップは、今日も賑わっている。
 店内はほぼ満席で、テーブルはなんとか確保できた。
 ふたりとも期間限定のモンブランフラペチーノを選んで、私はわずかな抵抗でミルクと生クリームを無脂肪でカスタムしておいた。


「あ、めっちゃモンブランだ!」


 先にフラペチーノを飲み始めた真菜は、一口目で目を見開いた。


「本当だ。なんか、フラペチーノっていうかケーキ?」


 私も口をつけたあとで、心底共感する。
 ミルクも生クリームも無脂肪にしたのに、充分すぎるほど甘い。
 フラペチーノとは思えないくらいモンブランそっくりで、ケーキを飲んでいる気さえした。


「おいし~! 疲れた体に沁みわたって生き返る~」

「真菜の言い方、なんかおばあちゃんみたい」

「女子高生だって疲れるでしょ! 毎日朝から夕方近くまで授業受けて、放課後は補修やバイト、宿題もがっつりあるしさー」

「確かに」

「これで受験生になったらもっと忙しくなると思うと、今から憂鬱なんだけど」


 ため息をついた彼女に、「だね」と頷く。
 それよりも、私の場合は理系か文系か決めなければいけないんだけれど。


「嫌なこと思い出しちゃった……」

「あー、希望調査?」

「うん。理系は嫌いだから文系がいいけど、志望校によってはそうもいかないし」

「でも、美波は成績上がってるし、どっちでも大丈夫じゃない?」

「だからって、苦手な選択はしたくないじゃん」

「なるほど。そりゃそうだ」


 まずは進路。
 それを決めないことには、理系か文系かなんて決めようがない。
 なんとなくでもいいから、とにかく大学に進学するのか、それとも真菜のように専門学校にするのかでも、全然違ってくるだろう。


「輝先輩と同じ学校を受けたりしないの?」

「え~、どうだろ……。っていうか、私、先輩の進路知らないんだよね」

「え? なんで? 彼氏の進路だよ?」

「そうなんだけどさ……」


 フラペチーノを飲んで、ため息を漏らす。


「ほら、先輩ってけがで陸上を辞めてるじゃん? 先輩、陸上で進学を決めるつもりだったみたいで、たぶん他にやりたいことはないんだよね」


 最近の輝先輩の様子を思い返してみても、進路が決まった素振りはない。
 むしろ、どんどん悩んでいるように見える。


「私もそうだったから気持ちがわかるの。だから、やっぱり訊きづらくて……」

「そっか」


 彼も私も、お互いの傷には触れない。
 前に一度、少しだけ話をしたけれど……。輝先輩が選手としてはもう走れない、ということしか知らないままだった。


「先輩からは話そうとはしない感じ?」

「うん」

「じゃあ、訊きづらいね。訊いても怒ったりはしないだろうけど……」

「でも、きっとプレッシャーとかになるじゃん? 私も、水泳のことは訊かれたくなかったし、今でも訊かれたくないし……。そういうのが全部わかるから、やっぱり話しにくいよ」


 もし彼が話してくれるのなら、私は喜んで聞く。
 輝先輩のことなら知りたいし、彼が話したいと思ってくれるのなら嬉しいから。


 だけど、きっと今はまだそうじゃないんだ。
 私が輝先輩にすべてを打ち明けられていないように、彼もたぶんまだ話す覚悟がないんだと思う。


「待つの?」

「……うん、そのつもり」

「偉いね、美波」

「そんなことないよ。本当は早く知りたいもん。でも、触れられたくない気持ちは誰よりもわかるつもりだから……」

「そっかぁ」


 真菜は息を深く吐くと、にっこりと笑った。


「早く話してくれるといいね」

「うん」

(そうだよ、先輩。私はちゃんと聞かせてほしいんだよ)


 寂しい気持ちを流し込むように、フラペチーノを飲み干した。

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