さよなら、真夏のメランコリー

河野美姫

文字の大きさ
上 下
39 / 54
三章 夏の匂い

四 焦燥感【1】

しおりを挟む
 九月を駆け抜け、十月も終わる頃。
 夏の匂いはすっかり消え、秋へと移り変わりつつあった。


 私はバイトにも慣れ、学校よりもずっと楽しんでいる。
 だけど、あれだけ憂鬱だった学校も、前ほど嫌だとは思わない。


 夏休み前に退部届を出したこと。
 真菜がいつも一緒にいてくれること。
 少しずつ少しずつ、時間が経ったこと。


 そういう理由もあるけれど、一番は輝先輩のおかげ。
 彼と重ねた日々が、私の傷をゆっくりと癒してくれつつあるのかもしれない。


 輝先輩は、前にも増して受験勉強に励んでいる。
 夏休みと同時にバイトを辞めたあとは、家庭教師の日を増やした。


 週三日だった家庭教師の訪問が週五日になり、この間受けた模試の結果は結構よかったのだとか。
 ただ、まだ志望校は決まっていないみたい。
 学校でも家庭教師にも急かされて、昨日の電話で話した時には辟易している様子だった。


(先輩も、陸上で学校を選ぶつもりだったんだもん。困るよね)


 彼の気持ちがわかるから、同情めいた感覚を抱いてしまう。
 私だって早く進路を決めなければいけないけれど、輝先輩に比べれば私はまだ一年の猶予がある。
 そう思うと、ずっと気はラクだった。


(とはいえ、三年の選択授業はもうすぐ決めないといけないんだけど)


「美波、理系と文系どっちにするか決めたの?」

「まだ……」

「提出、明日までだよ?」


 うちの学校は、三年で理系と文系にきっぱり分かれる。
 今まではまんべんなくしていた授業が、三年になると同時に受験対策がされ、理系か文系かでクラスも変わる。


 その希望調査書の提出が明日までだったりする。
 そして、私の調査書はまだ名前とクラスの蘭しか埋まっていない。


「そうなんだけど、進路が決まってないから書けなくて……」

「うーん、確かに……。でも、これは仮の希望調査だし、今はとりあえず書いておけばいいんじゃない?」


 先生は、『この調査は三学期にもする』と言っていた。
 今回はとりあえず希望を訊くという形。
 仮決めみたいなもので、これで決定じゃなくていい……と。
 三学期に提出する調査書が、最終決定の場なのだとか。


「真菜は文系でしょ?」

「うん。専門だしね」

「私も文系がいいなぁ」

「じゃあ、今はそうしておけばいいんじゃない? 他のクラスにもまだ決めてないって子がいたよ」


 焦ってばかりだった心に、救いの手が差し伸べられたような気持ちになる。
 彼女を始め、クラスメイトの大半は、もうどちらにするか決まっている様子で、私だけが取り残されている気がしていた。


 そのせいで、焦燥感でいっぱいだった。
 だけど、クラスが違うとはいえ、同学年にまだ進路どころか理系か文系化も決まっていない子がいると知って、安堵感が芽生えた。


(こんなことで安心してる場合じゃないってわかってるけど……)


 頭で考えているのとは裏腹に、不安と焦りでいっぱいだった心に少しばかりの余裕ができる。


「よし! こういう時は甘いものだ!」

「え?」

「バイト前になんか食べに行こ!」

「また?」

「いいじゃん! アイスでもクレープでも、フラペチーノでもいいよ!」

「私、ちょっと太ったから甘いものは……」

「美波はもともと細すぎただけ! まだ標準体重になったくらいじゃないの?」


 話したことがない体重をずばり当てられて、ドキッとする。


「なんでわかるの……」

「勘? インフルエンサーの投稿とか見まくってるし」

「それでもすごいんだけど」

「まぁね~」


 明るく笑った真菜が、「ほら行こ!」と促してくる。
 少しだけ悩んだけれど、フラペチーノなら……と承諾した。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

水やり当番 ~幼馴染嫌いの植物男子~

高見南純平
青春
植物の匂いを嗅ぐのが趣味の夕人は、幼馴染の日向とクラスのマドンナ夜風とよく一緒にいた。 夕人は誰とも交際する気はなかったが、三人を見ている他の生徒はそうは思っていない。 高校生の三角関係。 その結末は、甘酸っぱいとは限らない。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜

八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」 「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」 「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」 「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」 「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」 「だって、貴方を愛しているのですから」  四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。  華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。  一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。  彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。  しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。  だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。 「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」 「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」  一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。  彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

バッサリ〜由紀子の決意

S.H.L
青春
バレー部に入部した由紀子が自慢のロングヘアをバッサリ刈り上げる物語

処理中です...