さよなら、真夏のメランコリー

河野美姫

文字の大きさ
上 下
37 / 54
三章 夏の匂い

三 夜空の下のファーストキス【2】

しおりを挟む

   * * *


 九月の第二日曜日は、朝から晴天だった。


 前日までの三日間は雨が続き、天気が心配でたまらなかった。
 朝方まで雨はやまなかったみたいだけれど、お祭りが無事に開催されることになって心底嬉しかった。


「美波! 悪い、待った?」

「ううん、私も今来たとこだよ」


 こんなやり取りがなんだかカップルっぽいな、と感じてキュンとした。
 本当は十五分前に着いていたけれど、それは言わなくていいや……と思うくらいには今日の私は浮かれている。


「浴衣、着てきたんだな」

「う、うん……」


 頷きながら、輝先輩の反応が気になって視線を泳がせてしまう。
 紺地にひまわりの花が施された浴衣は、九月に入ってすぐに買ったもの。
 明るい黄色のひまわりが彼の金髪みたいで、一目見た瞬間に迷わず選んでいた。


「似合う」

「……本当に?」


 サラッと褒めてくれた輝先輩を見上げれば、彼が大きく頷いてみせる。


「うん。美波って、ひまわりって感じがするし」

「え? ……どこが?」


 夏らしいひまわりの花は、いつだって太陽に向かって咲いている。
 うじうじ悩んで前に進めずにいる私とは正反対に思えて、輝先輩の言葉が不思議だった。


「どこって……まぁ、なんとなく?」


 彼の答えははっきりしなかったけれど、それでもなんだか嬉しかった。
 私が輝先輩の髪色からひまわりを連想したように、彼も同じように感じてくれたのかもしれないと思うと、以心伝心みたいに思えたのだ。


 お祭りの会場は、私の家の最寄り駅から七駅。
 電車を降りると手を取られ、人混みに身を任せるように歩いていく。


 今日の輝先輩は、カジュアル系ブランドのTシャツにデニム。
 シンプルな服装だけれど、白いスニーカーとも合っている。
 人混みに紛れると、彼の髪色はひときわ目立った。


「美波、なに食べたい?」

「わたがしとたこ焼き! あと、ヨーヨーが欲しい」

「わたがしって、お腹膨れないだろ」

「いいの。こういう時しか食べる機会ないもん」

「はいはい。あとで買おうな」

「……今、子ども扱いしたでしょ」

「してないしてない」


 悪戯に笑う輝先輩につられて、小さく噴き出してしまう。
 こんな些細なやり取りが楽しくて、彼とふたりで笑顔が絶えない。


 屋台から漂う、たこやきソースの香ばしさやベビーカステラの甘さ。
 たくさんの食べ物が混ざり合ったそれは、なんだか幸せの匂いみたいだった。


 行き交う人たちやカラフルなのぼり。
 沈んでいく夕日に反して、屋台の灯りが目立つ河川敷。


 お祭りは初めてじゃないのに、ひとつひとつが新鮮で、キラキラして見える。
 輝先輩も楽しそうで、そんな彼を見て私ももっと楽しくなる。


 焼きそばの屋台に並んで、その隣で売っていたたこ焼きも買ってくれた。
 どっちも半分こして、次はフランクフルトを買った輝先輩から一口もらって。私が食べたかったふわふわの大きなわたがしも、笑い合いながら仲良く分けた。


 かき氷はいちごとブルーハワイを選んで、一口ずつ交換したりして。そのあとは、彼が黄色のヨーヨーを獲ってくれた。
 むきになった射的は、私はなにも獲れなかったけれど、輝先輩はシュールな猫のマスコットを撃ち落としていた。
 あんまり可愛くはなかったけれど、彼がくれたものだというだけで宝物になった。


 ごく普通のカップルと同じように夏の醍醐味を満喫する私たちが、心に似たような傷を抱えているなんてきっと誰も思わない。
 普通の人と同じようにお祭りを楽しめていることが、なんだか無性に嬉しかった。


「そろそろ花火始まるな」

「うん。混んできたね」


 持ってきていたシートの上で肩を並べているけれど、周囲はたくさんの人たちで溢れている。
 どこからこんなに集まってきたのか……と思うくらい。


 熱気を感じて蒸し暑い。
 だけど、人が増えるにつれて、ワクワクしていった。


 それから程なくして、ヒュー……と高い音が鳴り、夜空に大輪の花が咲いた。
 打ちあがった花火の音とともに、あちこちから歓声が上がる。


「おおー」

「わぁっ! 始まったね!」


 輝先輩と私も、満面の笑みで顔を見合わせた。


 色とりどりの花火。
 上がっては消え、また視界を彩る。
 絶えず咲くカラフルな花たちは、そのたびに藍色の空に吸い込まれていった。


 目がくらむような光の中、そっと隣を見る。
 夜空に向けら荒れた彼の視線は、ただひたすらに真っ直ぐだった。


 好き。


 思わずそう言いたくなったくらい、横顔がとても綺麗で。
 想いが込み上げてきただけなのに、なんだか涙が溢れ出してしまいそうだった。


 人々の歓声。
 耳をつんざく花火の音。


 夏風に混じった微かな火薬の匂い。
 花が咲くたびに輝先輩の顔に光が差して、私の瞳を捉えて離さない。


「美波? どうかした?」

「……ううん、綺麗だなって」

「うん、そうだな」


 微笑んだ彼が、私の右手をそっと握る。
 手のひらから伝わってきた体温すら愛おしくて、胸がきゅうっと詰まる。


 花火が上がるたびに手を離したくなくなって、このままずっと一緒にいたいと思った。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

水やり当番 ~幼馴染嫌いの植物男子~

高見南純平
青春
植物の匂いを嗅ぐのが趣味の夕人は、幼馴染の日向とクラスのマドンナ夜風とよく一緒にいた。 夕人は誰とも交際する気はなかったが、三人を見ている他の生徒はそうは思っていない。 高校生の三角関係。 その結末は、甘酸っぱいとは限らない。

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜

八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」 「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」 「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」 「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」 「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」 「だって、貴方を愛しているのですから」  四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。  華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。  一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。  彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。  しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。  だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。 「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」 「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」  一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。  彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

バッサリ〜由紀子の決意

S.H.L
青春
バレー部に入部した由紀子が自慢のロングヘアをバッサリ刈り上げる物語

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

処理中です...