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三章 夏の匂い

二 少しずつ癒えていく傷【3】

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 残りの夏休みも、とても充実していた。


 基本的にはバイト。
 真菜とシフトが被ることが多くて、だいたいはバイトのあとに遊んだ。


 といっても、スイーツを食べに行ったり、カラオケに行ったり、課題をしたり。パターンはいつも決まっている。
 真菜や菜々緒さんを含めたバイト先の数人でカフェにかき氷を食べに行ったこともあったし、そのままプリクラも撮りに行った。


 水泳をしていた頃は、こんな時間を過ごしたことは一度もない。
 毎日練習漬けだったし、スイーツを口にする機会もあまりなかった。


 そんな私が、〝普通の高校生〟のように過ごしているのは不思議だった。
 だけど、少し前では考えられないくらい、ちゃんと笑えていると思う。


「夏休みも今日で終わりかぁ……」

「あっという間だったね」


 バイトを終えて着替えを済ませ、スタッフ用の裏口に向かいながら嘆息した。
 同じタイミングで真菜もため息を吐いたから、ふたりで苦笑してしまう。


「あと一ヶ月くらい夏休みのままでいいのにー」

「わかる。バイトばっかりしてた気がするな」

「なに言ってんの! 美波は彼氏ができたでしょー」

「っ……! そうだけど……それはまた別っていうか……」


 彼女がじっとりとした目で見てくる。


「っていうか、真菜だって彼氏できたじゃん!」

「まぁね~」


 にこっと笑った真菜は、一週間ほど前に彼氏ができた。
 相手は、バイト先の三歳年上の大学生。
 先週、ふたりでお祭りに行ったのを機に、告白されて付き合うことになったのだとか。


 お祭りの日、私はうっかりバイトを入れてしまったのだけれど……。私のバイトが終わるのを待っていたようなタイミングで、彼女から電話がかかってきた。
 興奮と動揺でいっぱいだった真菜は、なんだかとても可愛かった。


「お祭り、美波と行けなかったのは残念だったけど」

「なに言ってんの。私と一緒だったら、木村きむら先輩と行けなかったでしょ」

「それはそれ」


 彼女は、「美波と浴衣着て行きたかったー」と残念そうにしている。


「っていうか、真菜が木村先輩のことが気になってたなんて知らなかったから、電話もらった時は本当にびっくりしたんだよ?」

「だって、好きの一歩手前? みたいな感じだったし」

「私には質問攻めしたくせに」

「へへへー」

「笑ってごまかしてもダメだからね」

「だから、美波には真っ先に電話で報告したでしょ? 美波は私が訊くまで教えてくれなかったから、それでおあいこだと思わない?」


 とりあえずそういうことにしておこう、と思う。


「そういえば、木村先輩を待たなくていいの?」


「うーん、駿太しゅんたくんが終わるまであと一時間あるしなぁ」


 真菜は迷うようなそぶりを見せつつも、ソワソワしているみたい。
 一緒に待とうか? と訊こうとしながら、裏口のドアを開けた時。

「美波、お疲れ」

 目の前に、輝先輩が立っていた。


「え? なんで?」

「バイトが早く終わったから一緒に帰ろうと思って。真菜ちゃんもお疲れ様」

「輝先輩もお疲れ様です」


 笑顔を交わし合うふたりを前に、私の心は驚きと喜びがない交ぜになった。
 彼は「俺も一緒に帰っていい?」と首を傾けた。


「それなら、ふたりで帰ってください。私も店で彼氏を待つので」

「そういえば、真菜ちゃん彼氏できたんだっけ」

「えへへー、そうなんですよ。そんなわけなので、私も彼氏を待つ口実になりますし、ふたりで帰ってください。美波もそれでいいよね?」

「え? あ、うん」


 彼女に笑みを向けられ、反射的に頷いてしまう。
 そのまま真菜はバックヤードに戻っていき、私は輝先輩を帰ることになった。


 夜の街を歩き出した私たちは、自然と手を繋いでいた。
 まだ少しだけぎこちないけれど、こんな風にすることも当たり前になりつつある。
 それがなんだかくすぐったくて、それ以上に嬉しくて。弾む鼓動を感じながら、ふと隣を見た。


 街の灯りが差す金髪は、いつも以上に光っている。
 キラキラとまばゆくて、見慣れた色なのに普段よりも綺麗だった。


「なに?」

「先輩の髪、すごく光ってるなって」

「ははっ、明るくしすぎてるしな。でも、これも夏休みが終わるまでかな」

「そうなの?」

「受験生だし、受験が終わるまでは黒に戻す」

「そっか」


 なんだか、ほんの少しだけ寂しかった。
 彼の髪の色は、出会った時からずっと好きだったから。


「なに? ちょっと残念そうじゃない?」

「うん、ちょっとね」

「お、素直だな。じゃあ、受験が終わったら、また金髪にしようかな」


 黒髪の頃の輝先輩は、いつもグラウンドを走っていた。
 その姿を気にしたことはあまりなかったけれど、ぼんやりと思い出せる。
 ただ、私の中にいる彼は、ひまわりや太陽のような色の髪をした姿なのだ。


「そういえば、夏休み中に水族館は行けなかったな」

「……だね。お互いバイト入れすぎたよね」

「俺、夏休みでいったんバイトを辞める予定だったから、めちゃくちゃシフト入れたんだよな。美波もほぼ毎日バイトしてるし、水族館は二学期に行くか」


「あのね」

「うん?」

「水族館は受験が終わってからでいいから、お祭りに行かない?」

「祭り?」

「うん。九月の第二日曜日にあるんだけど」


 都内のある場所で開催されるお祭りは、規模はそんなに大きくない。
 だけど、屋台はたくさん並ぶし、小規模ながらも花火も上がる。


「いいよ。でも、水族館はいいの?」

「先輩、受験生だし。とりあえず水族館は先輩の受験が終わってからでいい。でも、お祭りは夏しか行けないし」

「確かにそうだな。じゃあ、祭りに行こうか」

「うん!」


 真菜と木村先輩がお祭りで付き合うことになったと聞いて、少しだけ羨ましくなっていた。
 だから、輝先輩と一緒にお祭りに行けることになって、とても嬉しかった。


 学校が始まるのは憂鬱だけれど、一学期までよりも嫌じゃない。
 そんな風に思うのは、彼と過ごした夏休みの間に少しずつ、本当に少しずつだけれど、心の傷が癒えていったからかもしれない。


 あんなにも憂鬱だった夏が前ほど嫌じゃなくなっていることに気づいた今は、彼とのお祭りデートが待ち遠しかった。

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