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三章 夏の匂い
一 知らなかった夏休みの幸せ【5】
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(なにこれ……)
胸の奥が苦しい。
甘く締めつけられるようで嫌じゃないけれど、なんだか切なく震えているみたい。
輝先輩の顔をちゃんと見ることができない。
ドキドキする鼓動が落ち着かなくて、なんだか急に恥ずかしくなって……。視線が交わるのが少しだけ怖くて、今まで彼の前でどんな顔をしていたのかわからない。
普通に笑っていた時間も、他愛のない会話も、くだらない冗談も、全部ちゃんと覚えている。
それなのに、どうしてあんな風に振る舞えていたのかがわからなくなった。
「……美波?」
「っ……」
「どうした? もしかして怒った?」
肩を跳ねさせてしまったことをごまかすように、必死に下手な笑みを繕う。
「そ、そういえばさ、なんで観覧車だったの?」
「え?」
「ほら、他にもまだ乗ってないやつがあったのに、観覧車を選んだから! 高いところが好きとか?」
明るい雰囲気にしたつもりだったのに、声が微かに上ずった。
輝先輩に気づかれていないことを祈る私を、彼が真っ直ぐ見つめた。
「美波に言いたいことがあって」
「言いたいこと……?」
「うん。今日はちゃんと話そうって決めてきたから」
思わず身構えてしまう。
(もう遊ぶのをやめよう? それとも、二学期に入ったら受験に専念するから、学校以外では会えなくなる?)
考えられる限りのことを想像すると、私にとってはどれも嫌な話ばかり。
心が急降下していくのがわかって、つい唇を噛みしめかけた。
「……俺、美波のこと、女の子として見てるから」
直後、輝先輩が緊張した様子で静かに告げた。
「……ん? う、うん……? 私、これでも一応女子だけど……」
「は? いや、そうじゃなくてさ……」
いつになく歯切れが悪い彼を前に、自然と小首を傾げてしまう。
「……だからさ」
「うん?」
「俺、美波のことが好きなんだけど」
小さく頷いて、言葉の真意を探る。
「………………うん?」
たっぷりの沈黙を要したあとで、思い切り首をひねってしまった。
(え? ……今、好き、って言った……よね?)
「ッ……!? えっ? ええっ! う、うそでしょ!」
「なんでうそなんだよ! うそだとしたら、ここまでベッタベタのシチュエーションで言うかよ! クソ恥ずかしいだろ!」
目を真ん丸にする私には、どうしても輝先輩の言葉が信じられない。
「う、うそだぁ……」
だけど、さっきよりもずっとずっとドキドキして、とにかく恥ずかしくてたまらなくて、そんな言葉しか出てこなかった。
「うそじゃない」
そんな私を見据える視線が、痛いほど真剣で。しかも、彼の顔は夕日のせいじゃない赤に染まっていて。
「……そう、ですか」
うそじゃないんだと思わされた。
途端、心臓が体を突き破りそうなほど大きく鳴って、頬が急激に熱くなった。
「っ、や……だって……先輩、そんなそぶりとかないし……」
「……それは、美波にその気がないってわかってたからだよ」
「で、でも……」
「受験を控えた夏休みに、好きでもない奴とここまで頻繁に会うかよ」
「だ、だって、それは……今までできなかったことをするためで……」
「っていう口実な」
私がたじろげばたじろぐほど、輝先輩は冷静になっていくように見える。
「あれもうそじゃないけど、美波を誘う口実の方が大きかったし」
反して、私は彼の話を聞けば聞くだけ混乱して、平常心なんて取り戻せないどころか、遥か彼方に消えてしまった。
「……で?」
「で?」
「いや、だから美波の返事は?」
「えっ? い、今……?」
「完全に眼中になかったんだろうし、今すぐに付き合ってとは言わない。でも、可能性が全然ないなら、俺としては諦める努力をしなきゃいけないっていうか……」
「あき、らめる……?」
「そりゃそうだろ。付き合えないからって、しつこくして嫌われたくはないし」
ほんの少し前に告白したのと同じ唇で、〝諦める〟なんて悲しいことを言う。
「だから、絶対に無理なら今のうちに振って」
「でも、いきなり……だし」
思考がグチャグチャでなにから考えればいいのかわからない私を置いて、彼はもう覚悟を決めたような顔をしている。
そんな風にいられるのが、なんだか嫌だった。
「それはごめん。でも、これ以上ただの友達のままでいるのは嫌だったんだ。それに、美波のことばかり考えて、最近は勉強に身が入らなくなってるっていうか……」
「え?」
「あ、いや! これは俺の問題だな! 別に美波のせいじゃないから!」
(そんなに私のことを考えてくれてるんだ……)
そう思った瞬間、胸の奥から突き上げてきたのは喜びだった。
どんなことを考えているのか。
どれくらい考えているのか。
全部聞かせてほしい、なんて思ってしまう。
輝先輩がそんなに想ってくれていることが嬉しい。
彼の気持ちをもっと聞きたい。
わがままなほどの欲が出たことに気づいた時。
(あ、そっか……。そうだったんだ……)
ふと、たどりついてしまった。
数分前の戸惑いの意味に、そしてドキドキの正体に。
振る舞い方がわからなかったことも、『友達』や『親友』という言葉や『男女の友情は信じない』と言われてムカついたことも。
私の心が理解できた途端、すべてのつじつまが合うことに気づいたんだ。
胸の奥が苦しい。
甘く締めつけられるようで嫌じゃないけれど、なんだか切なく震えているみたい。
輝先輩の顔をちゃんと見ることができない。
ドキドキする鼓動が落ち着かなくて、なんだか急に恥ずかしくなって……。視線が交わるのが少しだけ怖くて、今まで彼の前でどんな顔をしていたのかわからない。
普通に笑っていた時間も、他愛のない会話も、くだらない冗談も、全部ちゃんと覚えている。
それなのに、どうしてあんな風に振る舞えていたのかがわからなくなった。
「……美波?」
「っ……」
「どうした? もしかして怒った?」
肩を跳ねさせてしまったことをごまかすように、必死に下手な笑みを繕う。
「そ、そういえばさ、なんで観覧車だったの?」
「え?」
「ほら、他にもまだ乗ってないやつがあったのに、観覧車を選んだから! 高いところが好きとか?」
明るい雰囲気にしたつもりだったのに、声が微かに上ずった。
輝先輩に気づかれていないことを祈る私を、彼が真っ直ぐ見つめた。
「美波に言いたいことがあって」
「言いたいこと……?」
「うん。今日はちゃんと話そうって決めてきたから」
思わず身構えてしまう。
(もう遊ぶのをやめよう? それとも、二学期に入ったら受験に専念するから、学校以外では会えなくなる?)
考えられる限りのことを想像すると、私にとってはどれも嫌な話ばかり。
心が急降下していくのがわかって、つい唇を噛みしめかけた。
「……俺、美波のこと、女の子として見てるから」
直後、輝先輩が緊張した様子で静かに告げた。
「……ん? う、うん……? 私、これでも一応女子だけど……」
「は? いや、そうじゃなくてさ……」
いつになく歯切れが悪い彼を前に、自然と小首を傾げてしまう。
「……だからさ」
「うん?」
「俺、美波のことが好きなんだけど」
小さく頷いて、言葉の真意を探る。
「………………うん?」
たっぷりの沈黙を要したあとで、思い切り首をひねってしまった。
(え? ……今、好き、って言った……よね?)
「ッ……!? えっ? ええっ! う、うそでしょ!」
「なんでうそなんだよ! うそだとしたら、ここまでベッタベタのシチュエーションで言うかよ! クソ恥ずかしいだろ!」
目を真ん丸にする私には、どうしても輝先輩の言葉が信じられない。
「う、うそだぁ……」
だけど、さっきよりもずっとずっとドキドキして、とにかく恥ずかしくてたまらなくて、そんな言葉しか出てこなかった。
「うそじゃない」
そんな私を見据える視線が、痛いほど真剣で。しかも、彼の顔は夕日のせいじゃない赤に染まっていて。
「……そう、ですか」
うそじゃないんだと思わされた。
途端、心臓が体を突き破りそうなほど大きく鳴って、頬が急激に熱くなった。
「っ、や……だって……先輩、そんなそぶりとかないし……」
「……それは、美波にその気がないってわかってたからだよ」
「で、でも……」
「受験を控えた夏休みに、好きでもない奴とここまで頻繁に会うかよ」
「だ、だって、それは……今までできなかったことをするためで……」
「っていう口実な」
私がたじろげばたじろぐほど、輝先輩は冷静になっていくように見える。
「あれもうそじゃないけど、美波を誘う口実の方が大きかったし」
反して、私は彼の話を聞けば聞くだけ混乱して、平常心なんて取り戻せないどころか、遥か彼方に消えてしまった。
「……で?」
「で?」
「いや、だから美波の返事は?」
「えっ? い、今……?」
「完全に眼中になかったんだろうし、今すぐに付き合ってとは言わない。でも、可能性が全然ないなら、俺としては諦める努力をしなきゃいけないっていうか……」
「あき、らめる……?」
「そりゃそうだろ。付き合えないからって、しつこくして嫌われたくはないし」
ほんの少し前に告白したのと同じ唇で、〝諦める〟なんて悲しいことを言う。
「だから、絶対に無理なら今のうちに振って」
「でも、いきなり……だし」
思考がグチャグチャでなにから考えればいいのかわからない私を置いて、彼はもう覚悟を決めたような顔をしている。
そんな風にいられるのが、なんだか嫌だった。
「それはごめん。でも、これ以上ただの友達のままでいるのは嫌だったんだ。それに、美波のことばかり考えて、最近は勉強に身が入らなくなってるっていうか……」
「え?」
「あ、いや! これは俺の問題だな! 別に美波のせいじゃないから!」
(そんなに私のことを考えてくれてるんだ……)
そう思った瞬間、胸の奥から突き上げてきたのは喜びだった。
どんなことを考えているのか。
どれくらい考えているのか。
全部聞かせてほしい、なんて思ってしまう。
輝先輩がそんなに想ってくれていることが嬉しい。
彼の気持ちをもっと聞きたい。
わがままなほどの欲が出たことに気づいた時。
(あ、そっか……。そうだったんだ……)
ふと、たどりついてしまった。
数分前の戸惑いの意味に、そしてドキドキの正体に。
振る舞い方がわからなかったことも、『友達』や『親友』という言葉や『男女の友情は信じない』と言われてムカついたことも。
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