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二章 憂鬱な夏

四 初めての気持ち【1】

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 夏休みに入って十日が過ぎ、暦は八月になった。


「わっ……! ちょっとは手加減してよ!」

「勝負事に手加減はないんだよ」

「大人げないよ!」

「なんとでも言え」


 ニカッと笑った輝先輩に、ムッとして眉を寄せる。
 エアーホッケーで大敗した私は、「つまんない」と投げやりに吐き捨てた。


 今日、彼とやってきたのはゲームセンター。
 シューティングゲームや音ゲーに始まり、UFOキャッチャーでお菓子を獲ったあと、エアーホッケーでジュースを賭けて勝負することになった。


 ところが、輝先輩は予想以上に上手くて三点しか取れなかった。
 歯が立たないとは、まさにこのこと。
 上機嫌の彼を前に、深いため息が漏れた。


「ジュース買ってくる」

「俺、コーラ」


 にっこりと笑われて、自動販売機に向かう。


 予定がなかったはずの夏休み。
 たくさん遊ぶ約束をして同じバイト先で働いている真菜よりも一緒に過ごしているのは、もしかしたら輝先輩なのかもしれない。


 彼と過ごしているのは不思議だったけれど、誘われると断る理由もない。
 そんな状況のせいか、こうして会っていた。


(親友より一緒にいるって……おかしい気もするんだけどね)


 自動販売機でコーラを買い、自分の分も購入しようとしたところで、後ろからお金を入れられた。


「え、なに?」

「どれがいいの?」

「……ピーチティーだけど」


 輝先輩はピーチティーのボタンを押すと、「ん」とペットボトルを差し出した。


「これは俺の奢り」

「それ、勝負の意味あった?」

「美波と一緒にいると楽しいからいいんだよ」


 笑顔でそんな風に言われて、胸の奥がむずがゆくなる。


「ごち」


 ピーチティーの代わりにコーラを受け取った彼は、ペットボトルの蓋を開けると、おいしそうにグビグビ飲んだ。


「……ありがとう」


 私は、なんだかソワソワして落ち着かない心を隠し、視線を逸らす。
 よく飲んでいるはずのピーチティーが、今日は普段よりも甘く感じた。


「そろそろ行くか」

「うーん……」

「さっさと課題終わらせて、後半はひたすら遊ぶんだろ?」

「そうだけど……いまいち気分が乗らないっていうか……」

「でも、美波はバイトがある日は『課題できなかった』って言うじゃん」

「それは……だって、まだバイトに慣れてないし」

「だから、これから一緒にやるんだよ」


 ため息を漏らしながらも、小さく頷く。


(でも、変なの……)


 輝先輩とは学年も違うし、友達というわけでもない。
 周りから見れば友達関係なのかもしれないけれど、私にとっては真菜のような関係性と同じようには思えない。
 なんていうか、彼とは同志のような感覚に近いのかもしれない。


「どうかした?」

「ううん、別に」


 ゲームセンターから図書館までは十五分。
 定期で移動できる私たちは、電車に乗って私の家の最寄り駅に向かう。


 前回同様、自習スペースで課題をこなそうというわけだ。
 今日はその前にゲームセンターで遊んだけれど、これも輝先輩の案だった。


 少しリフレッシュしてから課題を頑張ろう、と。
 どちらかといえば、ご褒美代わりに課題のあとで遊ぶべきなのかもしれないけれど、おかげで気分はすっきりした。


「……混んでるな」

「本当だ。夏休みだもんね」


 図書館の自習スペースは、学生たちでいっぱいだった。
 みんな、私たちと同じように課題をしに来たのかもしれない。


「どうしよう? 待つ? それとも、ファーストフードかファミレスでも行く?」


 彼は考えるようなそぶりを見せたあと、名案だと言わんばかりの顔をした。


「うちに来る?」

「えっ?」

「今日は親も兄貴もいないし、その方が静かだから集中できるだろ?」

「で、でも……」

「店だと混んでるかもしれないしな」


 確かに、それは充分にあり得る。
 夏休み真っ只中となれば、ファーストフードもファミレスも学生や家族連れで賑わっていてもおかしくはない。
 だけど、輝先輩の家に行くのはためらった。


「嫌?」

「そういうわけじゃ……」


 嫌かと言われれば、決してそんなことはない。
 ただ、理由は上手く答えられない気がする。


「じゃあ、そうしよう。考えてる時間も勿体ないし」


 そんな中、彼はさっさと決めると、「行こう」と笑顔を向けてきた。
 私はうっかり頷いてしまい、流されるままに図書館を出る。


 電車に乗って二駅。

「意外と近かったんだね」

 輝先輩の家とうちは二駅しか離れていないと、初めて知った。


「だろ? 俺も最初に美波の家を知った時は結構びっくりした。朝とか会ったことないのにな」


 そういえば、同じくらいの時間帯の電車に乗っているはず。
 それなのに、顔を合わせたことはない。
 登校時はともかく、下校時も一度も鉢合わせたことがなかった。


「そうだね。帰りは同じくらいの時間だし、会ってもおかしくないのに」

「ああ、それで言うと、俺は学校の近くでバイトしてるからな」

「そうなの?」

「駅の裏にある、『Sunsetサンセット』って店、知ってる?」

「ううん」

「ハワイと海をモチーフにしたカフェなんだけど、メニューはどれもうまいから今度おいで。なんか奢ってやるよ」

「じゃあ、いっぱい食べる」

「こら。ちょっとは遠慮しろ」


 彼と顔を見合わせ、クスクスと笑った。

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