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一章 溺れる人魚姫
四 夏の足音【1】
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原宿の裏通りにある小さなクレープ屋さんは、大繁盛していた。
「わぁー! トロピカルアイスクレープがデラックスだよ、美波!」
一時間も行列に並ぶことになるとは思っていなかったけれど、真菜があまりにも生き生きした顔で言うから笑ってしまう。
「意味わかんないけど、言いたいことはなんとなくわかるよ」
「美波もデラックスにすればよかったのにー」
「いや、その大きさは食べ切れないし」
「こんなの、余裕だって! クレープなんて飲み物みたいなものじゃん」
「え、どこが……?」
チョコバナナを選んだ私は、自分の手の中にある大きなクレープを見た。
このお店のクレープは、生クリームがたっぷり入っているのが売りらしい。
私のクレープはもちろん、彼女のクレープにはお茶碗に山盛り二杯分くらいの生クリームが入っている。
「生クリームって飲み物っぽくない?」
「ごめん、それは意味わかんない」
真菜が「えーっ!」と言いながらも朗らかに笑う。
いつも通りに明るい彼女の雰囲気が、私の心を和ませてくれた。
「あっちで食べようよ」
少し歩いて、ガードレールに腰掛ける。
「こんなところで食べていいの? 邪魔にならない?」
「端っこだし、平気でしょ。それに、みんなわりとここに座ってるし」
真菜の言葉通り、確かにガードレールには学生たちが並んでいる。
私たちのようにクレープを手にしている人もいれば、クレープ屋の並びにあるアイスクリーム屋のアイスを手にしている人もいる。
数人でたむろしている男子の中には、コンビニのおにぎりを食べている人もいた。
さらには、行き交う人たちは私たちのことなんて気にしていない。
「放課後の買い食いなんて、美波は高校に入って初めてじゃない?」
彼女の問いに、小さく頷く。
学校がある日は、いつも部活で帰りが遅くて寄り道なんてできなかった。
テスト週間で部活がない日は、日頃部活にばかり力を入れていた分、勉強するだけで精一杯だった。
春休みも夏休みも冬休みも部活はあって、こうして遊ぶ時間なんてなかった。
時間があったとしても、体作りのために間食や甘いものは極力控えていた。
たとえば、間食するのならおにぎりやフルーツが多かったし、クレープを買い食いするなんて考えたこともない。
それが私にとっての日常だった。
きっと、流行を追うのが好きな高校生から見れば、つまらない生活だろう。
だけど、私は練習こそつらくても、つまらないと思ったことはなかった。
どんな時でもずっと、根底には『水泳が好き』という気持ちがあったから……。
「これからはこうやって買い食いしようよ! 私、中学の時からずっと、美波とこんな風に寄り道とかしてみたかったんだ」
「うん……」
私の放課後には、もう予定がない。
部活に注いでいたすべての時間を持て余している今、ごく普通に誘ってくれる真菜の優しさが心に沁みた。
感じているのは、まだ素直な喜びだけじゃないけれど……。それでも、ひとりぼっちでいるよりはこんな風に遊んでくれる相手がいる方がいいと思う。
無理にでも笑っている間は、水泳への未練や未恵から言われた言葉をどうにか心の奥に押し込めていられるから……。
「これ食べたらさー、とりあえずカラオケ行くでしょ? 次はアイスも食べに行きたいね! あと、フラペチーノのと~」
「そんなに?」
「今日じゃなくて今度ってことね! 美波と行きたいお店、いっぱいあるんだもん」
「真菜と遊んでたら太りそうなんだけど」
「そしたら、ふたりでダイエットする?」
「クレープ食べながらする話じゃないね」
真菜と顔を見合わせて、クスクスと笑う。
(大丈夫……。ちゃんと笑える)
彼女といれば、嫌なことはあまり思い出さなくて済む。
退部届を出した日のことも昨日のことも言えなかったけれど、今はこうして笑っていられる時間が私を救ってくれるようだった。
真菜は、本当に飲み物かと思うような勢いでクレープを食べている。
一方、私は半分くらい食べたところでお腹が膨れてきた。
「美波、もしかしてもう食べられない?」
「そんなことないけど、思ったより生クリームが多くてきついかも」
ずっと水泳をやってきた私は、女子にしてはよく食べる方だと思う。
ただ、甘い物を滅多に食べてこなかったせいか、生クリームたっぷりのクレープを完食するのは少しばかり厳しかった。
「うーん、私もさすがにお腹いっぱいだしなぁ……」
「大丈夫だよ、ちゃんと食べるから」
満腹に近づいてきたけれど、食べ切れないほどじゃない。
「でも、生クリームが飲み物っていうのはやっぱりわからない」
「そう? 私、生クリームなら飲めそうなんだけどなー」
彼女は無類のスイーツ好きだ。
クレープを始め、パンケーキやパフェなんかを食べ歩くのが趣味だと、口癖のように言っている。
週に三回のバイト代のほとんどは、スイーツに消えていくみたい。
私には考えられないけれど、真菜の選んだお店だけあってクレープはおいしかった。
だから、お腹が膨れて来ても、食べ進めるペースはあまり変わっていない。
「あ、あとであそこのゲーセンでプリ撮ろうよ!」
クレープをかじりながら、彼女が指差した斜め前に視線を遣った時。
「美波?」
ゲームセンターの自動ドアから、輝先輩が出てきた。
「わぁー! トロピカルアイスクレープがデラックスだよ、美波!」
一時間も行列に並ぶことになるとは思っていなかったけれど、真菜があまりにも生き生きした顔で言うから笑ってしまう。
「意味わかんないけど、言いたいことはなんとなくわかるよ」
「美波もデラックスにすればよかったのにー」
「いや、その大きさは食べ切れないし」
「こんなの、余裕だって! クレープなんて飲み物みたいなものじゃん」
「え、どこが……?」
チョコバナナを選んだ私は、自分の手の中にある大きなクレープを見た。
このお店のクレープは、生クリームがたっぷり入っているのが売りらしい。
私のクレープはもちろん、彼女のクレープにはお茶碗に山盛り二杯分くらいの生クリームが入っている。
「生クリームって飲み物っぽくない?」
「ごめん、それは意味わかんない」
真菜が「えーっ!」と言いながらも朗らかに笑う。
いつも通りに明るい彼女の雰囲気が、私の心を和ませてくれた。
「あっちで食べようよ」
少し歩いて、ガードレールに腰掛ける。
「こんなところで食べていいの? 邪魔にならない?」
「端っこだし、平気でしょ。それに、みんなわりとここに座ってるし」
真菜の言葉通り、確かにガードレールには学生たちが並んでいる。
私たちのようにクレープを手にしている人もいれば、クレープ屋の並びにあるアイスクリーム屋のアイスを手にしている人もいる。
数人でたむろしている男子の中には、コンビニのおにぎりを食べている人もいた。
さらには、行き交う人たちは私たちのことなんて気にしていない。
「放課後の買い食いなんて、美波は高校に入って初めてじゃない?」
彼女の問いに、小さく頷く。
学校がある日は、いつも部活で帰りが遅くて寄り道なんてできなかった。
テスト週間で部活がない日は、日頃部活にばかり力を入れていた分、勉強するだけで精一杯だった。
春休みも夏休みも冬休みも部活はあって、こうして遊ぶ時間なんてなかった。
時間があったとしても、体作りのために間食や甘いものは極力控えていた。
たとえば、間食するのならおにぎりやフルーツが多かったし、クレープを買い食いするなんて考えたこともない。
それが私にとっての日常だった。
きっと、流行を追うのが好きな高校生から見れば、つまらない生活だろう。
だけど、私は練習こそつらくても、つまらないと思ったことはなかった。
どんな時でもずっと、根底には『水泳が好き』という気持ちがあったから……。
「これからはこうやって買い食いしようよ! 私、中学の時からずっと、美波とこんな風に寄り道とかしてみたかったんだ」
「うん……」
私の放課後には、もう予定がない。
部活に注いでいたすべての時間を持て余している今、ごく普通に誘ってくれる真菜の優しさが心に沁みた。
感じているのは、まだ素直な喜びだけじゃないけれど……。それでも、ひとりぼっちでいるよりはこんな風に遊んでくれる相手がいる方がいいと思う。
無理にでも笑っている間は、水泳への未練や未恵から言われた言葉をどうにか心の奥に押し込めていられるから……。
「これ食べたらさー、とりあえずカラオケ行くでしょ? 次はアイスも食べに行きたいね! あと、フラペチーノのと~」
「そんなに?」
「今日じゃなくて今度ってことね! 美波と行きたいお店、いっぱいあるんだもん」
「真菜と遊んでたら太りそうなんだけど」
「そしたら、ふたりでダイエットする?」
「クレープ食べながらする話じゃないね」
真菜と顔を見合わせて、クスクスと笑う。
(大丈夫……。ちゃんと笑える)
彼女といれば、嫌なことはあまり思い出さなくて済む。
退部届を出した日のことも昨日のことも言えなかったけれど、今はこうして笑っていられる時間が私を救ってくれるようだった。
真菜は、本当に飲み物かと思うような勢いでクレープを食べている。
一方、私は半分くらい食べたところでお腹が膨れてきた。
「美波、もしかしてもう食べられない?」
「そんなことないけど、思ったより生クリームが多くてきついかも」
ずっと水泳をやってきた私は、女子にしてはよく食べる方だと思う。
ただ、甘い物を滅多に食べてこなかったせいか、生クリームたっぷりのクレープを完食するのは少しばかり厳しかった。
「うーん、私もさすがにお腹いっぱいだしなぁ……」
「大丈夫だよ、ちゃんと食べるから」
満腹に近づいてきたけれど、食べ切れないほどじゃない。
「でも、生クリームが飲み物っていうのはやっぱりわからない」
「そう? 私、生クリームなら飲めそうなんだけどなー」
彼女は無類のスイーツ好きだ。
クレープを始め、パンケーキやパフェなんかを食べ歩くのが趣味だと、口癖のように言っている。
週に三回のバイト代のほとんどは、スイーツに消えていくみたい。
私には考えられないけれど、真菜の選んだお店だけあってクレープはおいしかった。
だから、お腹が膨れて来ても、食べ進めるペースはあまり変わっていない。
「あ、あとであそこのゲーセンでプリ撮ろうよ!」
クレープをかじりながら、彼女が指差した斜め前に視線を遣った時。
「美波?」
ゲームセンターの自動ドアから、輝先輩が出てきた。
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