32 / 34
四章 龍神のつがい
四、龍神のつがい【1】
しおりを挟む
風が吹き抜けていく。
焼け跡が広がる痛々しい丘に残った花が揺れ、甘い香りがふわりと舞った。
「また、大事なものを失うかと思った……」
切なげに落とされた声に、凜花の胸の奥が締めつけられる。
大きな手が、凜花の存在を確かめるようにそっと頬に触れた。
「ここに来るまで何度も凜花を失うことを想像して、怖くてたまらなかった……」
弱々しく微笑む様も美しい。
そんな聖は、天界に住むすべての龍を統べる龍神。
龍たちは、彼に畏怖と尊敬の念を抱いている。
けれど、聖にもこうして弱い部分はある。
凜花は、誰にも見せられない彼の心の脆い部分を守ってあげたい……と思った。
「私はいなくなったりしないよ」
「凜花……」
「だって、あなたとずっと一緒に生きていくと決めたから」
聖が言葉を失くして瞠目する。
凜花は、彼を見つめて穏やかに微笑んだ。
「龍のつがいがどういうものか、ずっとわからなかったけど……魂で求め合うって意味が、ようやくわかった気がするの」
火焔の炎に焼き尽くされそうだったあのとき、凜花の中に芽生えたのは激情のような想いだった。
「私は聖さんの傍にいたい」
聖の心が欲しい。
彼とずっと一緒に生きていきたい。
そんな想いが、胸の奥から突き上げて。それなのに、もうこの気持ちを伝えられないかと思うと、後悔でいっぱいになった。
「なにも持ってない私だけど、あなたを守りたいと思うし、あなたの隣で一緒に歩んでいきたい」
自分が凜の身代わりだって構わない。
凜の魂も含めて自分なのだと、凜花はすべてを受け入れる覚悟を決めたのだ。
「だから、凜さんの魂ごと私を受け入れてほしい」
凜花の鼓動はドキドキと高鳴っているのに、想いを紡ぐことに抵抗はなかった。
ただ伝えたくて、伝えなければいけない気がして……。駆け出すように想いが溢れる心が止まらなくて、伝えずにはいられなかった。
「私、聖さんのことが好きです。誰よりもなによりも、あなたが大切です」
恋心を知らなかった日々が嘘のように、胸の奥が甘やかに締めつけられる。
高鳴る鼓動も、確かな恋情も、もう止まらない。
聖のことが好きだと、心が全力で叫んでいる。
迷いも戸惑いも不安すらも覆い尽くすように、凜花の胸の中は彼への愛おしさでいっぱいだった。
「だから、私を聖さんのつがいにしてください」
真っ直ぐな瞳でそう告げたとき、もうなにも怖くはなかった。
「凜花」
聖の瞳がたわむ。
嬉しそうに、幸せそうに、ほんの少しだけ泣きそうに。
「俺はもうずっと前から凜花を愛している」
けれど、彼の双眸には迷いはなく、ひたむきな想いを紡いでくれた。
「俺のつがいはたったひとり――凜花以外にはいない」
真剣な面持ちになった聖が、凜花の頬に触れたままの右手に軽く力を込める。
「凜花、この命が尽きても俺と共に……魂で求め合う、たったひとりのつがいよ」
美しい顔が、そっと近づいてくる。
瞳を伏せるようにした彼を見ていたいのに、このあと起こることを予感して鼓動が跳ねる。
なにも知らない凜花だが、ごく自然と瞼を落とした。
そして、優しい香りがふわりと鼻先をくすぐった刹那。
聖と凜花の唇が、そっと重なった。
その瞬間、ふたりはまばゆい光に包まれた。
泣きたくなるほど穏やかで優しくて、ずっと昔から知っていたような温もりが心に広がっていく。
ふたりの首筋には、小さな紋様のようなものが浮かび上がった。
「凜の花か」
「え?」
彼は右側に、凜花は左側に、それぞれ凜の花の絵が刻まれている。
「つがいとなった証に浮かぶものだ。紋様はつがい同士によって違う」
紋様が浮かんだ場所だけ、ほんのりと温かかった。
凜花が手を伸ばして聖の紋様に触れると、彼も凜花の頬を撫でていた手で浮かんだばかりの凜の花に触れ、どちらからともなく微笑み合った。
「俺たちらしいと言えばそうかもしれない」
「うん。凜さんが大好きだった花だもんね。今は私にとっても大好きな花だから、私たちにぴったりだと思う」
「それに、ここは凜の花に時期になると、一面に凜の花が咲くんだ」
すべてが示し合わさったようだった。
偶然でもあり、必然でもあり、そして運命だとも感じた。
「これからなにがあっても凜花を離さない」
「うん」
「生涯大切にすると誓う」
凜花が瞳を緩めると、聖が額に唇を落とし、そのまま頬にもくちづけた。
心が甘くてくすぐったいような感覚を覚えて、温かな幸せが溢れ出す。
ふたりは微笑み合い、惹かれ合うようにもう一度そっと唇を重ねた。
焼け跡が広がる痛々しい丘に残った花が揺れ、甘い香りがふわりと舞った。
「また、大事なものを失うかと思った……」
切なげに落とされた声に、凜花の胸の奥が締めつけられる。
大きな手が、凜花の存在を確かめるようにそっと頬に触れた。
「ここに来るまで何度も凜花を失うことを想像して、怖くてたまらなかった……」
弱々しく微笑む様も美しい。
そんな聖は、天界に住むすべての龍を統べる龍神。
龍たちは、彼に畏怖と尊敬の念を抱いている。
けれど、聖にもこうして弱い部分はある。
凜花は、誰にも見せられない彼の心の脆い部分を守ってあげたい……と思った。
「私はいなくなったりしないよ」
「凜花……」
「だって、あなたとずっと一緒に生きていくと決めたから」
聖が言葉を失くして瞠目する。
凜花は、彼を見つめて穏やかに微笑んだ。
「龍のつがいがどういうものか、ずっとわからなかったけど……魂で求め合うって意味が、ようやくわかった気がするの」
火焔の炎に焼き尽くされそうだったあのとき、凜花の中に芽生えたのは激情のような想いだった。
「私は聖さんの傍にいたい」
聖の心が欲しい。
彼とずっと一緒に生きていきたい。
そんな想いが、胸の奥から突き上げて。それなのに、もうこの気持ちを伝えられないかと思うと、後悔でいっぱいになった。
「なにも持ってない私だけど、あなたを守りたいと思うし、あなたの隣で一緒に歩んでいきたい」
自分が凜の身代わりだって構わない。
凜の魂も含めて自分なのだと、凜花はすべてを受け入れる覚悟を決めたのだ。
「だから、凜さんの魂ごと私を受け入れてほしい」
凜花の鼓動はドキドキと高鳴っているのに、想いを紡ぐことに抵抗はなかった。
ただ伝えたくて、伝えなければいけない気がして……。駆け出すように想いが溢れる心が止まらなくて、伝えずにはいられなかった。
「私、聖さんのことが好きです。誰よりもなによりも、あなたが大切です」
恋心を知らなかった日々が嘘のように、胸の奥が甘やかに締めつけられる。
高鳴る鼓動も、確かな恋情も、もう止まらない。
聖のことが好きだと、心が全力で叫んでいる。
迷いも戸惑いも不安すらも覆い尽くすように、凜花の胸の中は彼への愛おしさでいっぱいだった。
「だから、私を聖さんのつがいにしてください」
真っ直ぐな瞳でそう告げたとき、もうなにも怖くはなかった。
「凜花」
聖の瞳がたわむ。
嬉しそうに、幸せそうに、ほんの少しだけ泣きそうに。
「俺はもうずっと前から凜花を愛している」
けれど、彼の双眸には迷いはなく、ひたむきな想いを紡いでくれた。
「俺のつがいはたったひとり――凜花以外にはいない」
真剣な面持ちになった聖が、凜花の頬に触れたままの右手に軽く力を込める。
「凜花、この命が尽きても俺と共に……魂で求め合う、たったひとりのつがいよ」
美しい顔が、そっと近づいてくる。
瞳を伏せるようにした彼を見ていたいのに、このあと起こることを予感して鼓動が跳ねる。
なにも知らない凜花だが、ごく自然と瞼を落とした。
そして、優しい香りがふわりと鼻先をくすぐった刹那。
聖と凜花の唇が、そっと重なった。
その瞬間、ふたりはまばゆい光に包まれた。
泣きたくなるほど穏やかで優しくて、ずっと昔から知っていたような温もりが心に広がっていく。
ふたりの首筋には、小さな紋様のようなものが浮かび上がった。
「凜の花か」
「え?」
彼は右側に、凜花は左側に、それぞれ凜の花の絵が刻まれている。
「つがいとなった証に浮かぶものだ。紋様はつがい同士によって違う」
紋様が浮かんだ場所だけ、ほんのりと温かかった。
凜花が手を伸ばして聖の紋様に触れると、彼も凜花の頬を撫でていた手で浮かんだばかりの凜の花に触れ、どちらからともなく微笑み合った。
「俺たちらしいと言えばそうかもしれない」
「うん。凜さんが大好きだった花だもんね。今は私にとっても大好きな花だから、私たちにぴったりだと思う」
「それに、ここは凜の花に時期になると、一面に凜の花が咲くんだ」
すべてが示し合わさったようだった。
偶然でもあり、必然でもあり、そして運命だとも感じた。
「これからなにがあっても凜花を離さない」
「うん」
「生涯大切にすると誓う」
凜花が瞳を緩めると、聖が額に唇を落とし、そのまま頬にもくちづけた。
心が甘くてくすぐったいような感覚を覚えて、温かな幸せが溢れ出す。
ふたりは微笑み合い、惹かれ合うようにもう一度そっと唇を重ねた。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
マンドラゴラの王様
ミドリ
キャラ文芸
覇気のない若者、秋野美空(23)は、人付き合いが苦手。
再婚した母が出ていった実家(ど田舎)でひとり暮らしをしていた。
そんなある日、裏山を散策中に見慣れぬ植物を踏んづけてしまい、葉をめくるとそこにあったのは人間の頭。驚いた美空だったが、どうやらそれが人間ではなく根っこで出来た植物だと気付き、観察日記をつけることに。
日々成長していく植物は、やがてエキゾチックな若い男性に育っていく。無垢な子供の様な彼を庇護しようと、日々奮闘する美空。
とうとう地面から解放された彼と共に暮らし始めた美空に、事件が次々と襲いかかる。
何故彼はこの場所に生えてきたのか。
何故美空はこの場所から離れたくないのか。
この地に古くから伝わる伝承と、海外から尋ねてきた怪しげな祈祷師ウドさんと関わることで、次第に全ての謎が解き明かされていく。
完結済作品です。
気弱だった美空が段々と成長していく姿を是非応援していただければと思います。
紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭
響 蒼華
キャラ文芸
始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。
当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。
ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。
しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。
人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。
鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
戸惑いの神嫁と花舞う約束 呪い子の幸せな嫁入り
響 蒼華
キャラ文芸
四方を海に囲まれた国・花綵。
長らく閉じられていた国は動乱を経て開かれ、新しき時代を迎えていた。
特権を持つ名家はそれぞれに異能を持ち、特に帝に仕える四つの家は『四家』と称され畏怖されていた。
名家の一つ・玖瑶家。
長女でありながら異能を持たない為に、不遇のうちに暮らしていた紗依。
異母妹やその母親に虐げられながらも、自分の為に全てを失った母を守り、必死に耐えていた。
かつて小さな不思議な友と交わした約束を密かな支えと思い暮らしていた紗依の日々を変えたのは、突然の縁談だった。
『神無し』と忌まれる名家・北家の当主から、ご長女を『神嫁』として貰い受けたい、という申し出。
父達の思惑により、表向き長女としていた異母妹の代わりに紗依が嫁ぐこととなる。
一人向かった北家にて、紗依は彼女の運命と『再会』することになる……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる